転移魔法を拳闘で使う方法
次の日、学校を終えた私はアパートへ帰宅せずに、真っ直ぐ「ハワードジム」を目指した。
学校から「ハワードジム」までは約10分程度と速く到着する為、目一杯トレーニングに打ち込む事が出来る。
次は何を教えて貰えるのだろうと期待に胸を膨らませながら田んぼ道を気分良く歩いていた。
「あいたたっ!まだ筋肉痛が治らないや……」
昨日行った合計1万回のパンチやロードワークの影響で、私は全身筋肉痛に襲われていた。
腕を上げれば筋肉痙攣を起こし、足を動かせば腹筋や胸筋から激痛が走る。
これを毎日繰り返すのは辛そうだが、今は楽しい気持ちの方が勝っている。
「来たよ!シイラさん!」
「お、待ってたよイーゼル」
到着したジムへ元気よく入室すると、白髪長髪の美人姿なシイラさんが姿を見せた。
どうやら今の今までトレーニングをしていた様で、グローブを装着して身体から汗が流れ出ている。
「身体の調子はどうだい?」
「全身筋肉痛だよ。動くだけで痛いや」
「そうかい。成長してる証さね」
そう言ったシイラさんはグローブを脱着し、近くのベンチに置いてある箱を手に取り私へ差し出してきた。
果たしてこれは何だろうか。
「はいこれ」
「え?これは?」
「入会祝いのプレゼントさね。開けてご覧」
「え?頂いてもいいの?」
「いいさね。それに、そのプレゼントはイーゼルに必要な物だよ」
「私に?一体なんだろう……」
私は不思議に思いながらもシイラさんに手渡された黒い箱を開けてみたが、なんとそこには白い包装紙に包まれた青と白のシューズが入っていた。
「ボクシングシューズだよ。当面はそれを使っときな」
「え?こんな高そうな物、本当に貰ってもいいの!?」
「いいんだよ。それに、そのシューズはイーゼルの身体に合わせて選んだ靴さね。あんたが買いに行って失敗するのも嫌だろう?」
「わぁ……ありがとう!」
私は今までプレゼントという物を貰う機会があまり無かったので、とても感動してしまいシイラさんへ素直な気持ちを表した。
よくよくボクシングシューズを見てみると、デバイスでサイズが調節出来る機能まで搭載されている様だ。
作りもしっかりしてそうだし、こんなに高そうな物、しかも私の為に選んでくれたなんて本当に嬉しい。
「これがボクシングシューズか……」
「……」
(やれやれ。シューズ一つに目を輝かせちゃって。まだまだ子供だねぇ)
シイラさんは私の事を、なんだか優しい目で見ていた。
「さぁ!着替えて早速そのシューズへ履き替えておいで。今日はプロテストに向けた新しい技を教えるよ!」
「うん!ありがとう!……プロテスト?」
プロテストが何なのかは分からないけど、シイラさんがミットを装着して準備を初めていたので、私も学生服からジャージに着替えてトレーニングをする準備を整えた。
肝心のボクシングシューズの履き心地は非常に良く、まるで私の為に作られたみたいだ。
「シイラさん。プロテストってなに?」
「あんたねぇ……いや、いいさ。プロテストってのはプロボクサーになる為の試験さね」
「なるほど……え!?私が受けるの!?」
「当たり前だよ!プロボクサーのライセンス持ってなきゃ、そもそも試合すら出来ないんだよ!?」
「な、なるほど」
「そうさね……来月にはプロテストを受けて合格したいさね」
「ら、来月!?」
「なんだい」
「いや、速いんじゃないかなって」
「こういう事は速いに越した事は無いんだよ。それにね、プロテストなんて物はしっかり練習すれは誰でも受かるさね。心配なんてしなくて良いんだよ」
「分かったよ」
「もし受からないとしたら、トレーナーが無能か本人にやる気が無いかの二択さね」
「うわぁ。シイラさん毒舌だね」
「事実さね。さ、お喋りはここら辺にして、早速プロテストに向けたトレーニングを初めて行くよ」
「はい!」
私がシイラさんと共にジム内のリングへ上がると、ある変化に気が付いた。
リングの床に四角形の平面図形が書かれており、線が交わる点に対して丸いカラーシールが貼られている。
「今日から「転移ボクシング」の神髄、転移魔法を教えていくよ」
「動画で見た事あるよ。選手が瞬間移動していくやつでしょ?」
「ああ。あんた、「ワンツー」は忘れてないだろうね?」
「勿論だよ。今日も家で軽く練習してきたし」
「そりゃ良い心掛けさね。普通のボクシングならそれだけ練習すれば大丈夫だが、こと「転移ボクシング」においてはただ「ワンツー」を打っても相手に当たらないさね。瞬間移動する相手にパンチを確実にあてる技術、それがこれさね!」
「っ!?」
突然、目の前にシイラさんの拳が現れた。
私とシイラさんの物理的距離は2メートルは離れていて、もしシイラさんが私へパンチを打ったとしても、そもそも拳が届かない筈だ。
更に言うなら、シイラさんは恐らくパンチを打っていない。
その証拠に、目の前に現れた拳の奥にいるシイラさんはパンチを打ったフォームになっていないのだ。
「……これは何!?シイラさんパンチを打ってないよね!?」
「
「なるほど……良く見たらシイラさんの右拳が消滅している。つまり、転移魔法で右拳を私の目前へ転移させた……という事で合ってる?」
「察しが良いね。そういう事さ。あんた、転移魔法は使えるのかい?」
「うん。学校の授業で習ったから」
「そりゃ話が速いね。知っての通り、転移魔法は座標の認識が要となる魔法さね。今からイーゼルにはリングの床に貼られたカラーシールを使って、ひたすら転移魔法を繰り返して貰うよ。リング中央を原点として、縦軸がy、横軸がx、奥行きがzだよ」
「分かった」
「まずは私が手本を見せるよ。イーゼル、このミットを付けて顔の前に構えな」
シイラさんがミットを私に手渡してグローブへと装着し直した。
私はシイラさんの指示通りにミットを顔の前に構えたが、シイラさんのパンチを受ける事に緊張して身体が少々硬直してしまった。
「良く見ておき!」
「っ!?」
突如、シイラさんが目の前から消滅し、目にも止まらない速さでリング内を瞬間移動していく。
良く見るとリング内に貼られたカラーシールを目印にしてその地点にのみに転移を繰り返し、さらにはリングの上空にまでシイラさんは転移を繰り返している。
そんなシイラさんを良く観察していると、突然構えたミットに衝撃が走った。
それにびっくりして前方へと視線を移すと、シイラさんが横軸に瞬間移動を繰り返しながら「オーソドックス」を構えを取っている。
その姿に固唾を飲みミットへ力を入れてシイラさんのパンチへ覚悟を決めると、その瞬間にシイラさんが私を中央として円状に転移を繰り返していった。
そして、構えたミットへ数え切れない程の衝撃が走った。
「くぅっ……!」
ジム内にパパパパパパン!とミットが叩かれる音が鳴り響き、まるで掘削機で石を掘る様に連続的なジャブがミットへ繰り返されていく。
昨日シイラさんがサンドバッグに向けて放ったジャブよりは威力を抑えて手加減してくれてる様だけど、例え小さな力でも連続されれば積み重なって大きな威力へ変化していく。
その証拠に私はミットから伝わる威力から逃れようと足を後ろへ下げ、気が付くとリングロープが私の背に触れた事に気が付いた。
「と、まぁこんな感じさね」
「……早すぎて全く見えなかったよ」
「これを今月中には出来る様になって貰うよ。で、来月にはプロテストに合格と」
「……了解!」
私はシイラさんの圧倒的な技術を見て、やれるかどうかの不安より感動してテンションが上がっていた。
もしこの技術を私が身に付けたらどうなるのだろう?
そんな未来への期待感で早く練習したいという想いが強くなっていた。
「まずはカラーシールを目印にしてゆっくり転移をしていきな。いつ如何なる時も身体が反応する様に、数式を使わずに感覚で行うんだよ」
「え!?使っちゃダメなの?」
「当り前さね。実際の試合ではリングのサイズが決まっていないからね。このリングだけに慣れちまうと、他の場所で戦った時に転移が出来なくなっちまうんだよ」
「……なるほど。分かった!」
早速私は転移魔法を使用し、シイラさんの指示に従って順番にカラーシールの地点へと転移を始めた。
数式を使わず感覚のみで魔法を使うのはどうも難しく、まるで赤子が初めて立ち上がる時の様に、拙い動きで転移魔法を発動していく。
「そこじゃないよ。青いシールは後ろさね」
「あ……難しいな……」
「焦っちゃダメだよ。ゆっくり感覚を掴みな」
「はい!」
「次は緑!次は赤だよ!」
「はい!」
トレーニング開始から一時間後、大分感覚を掴めてきた私はシイラさんの指示に瞬時に対応して確実に転移魔法を使える様になっていた。
「イーゼル。次は転移魔法を使った後に「ワンツー」をしな。転移しても攻撃しなきゃ相手は倒れないからね!」
「はい!」
「よし。赤!」
シイラさんが指定する色のカラーシールへと転移をし、「ジャブ」と「ストレート」を組み合わせたコンビネーション、「ワンツー」を行っていく。
魔法を使いながら身体を動かすというのはどうも難しく、またも拙い動きに戻ってしまった。
さらに権能を使って肺や血液に酸素を生成しながらトレーニングを行っているので、神経がすり減り肉体的よりも精神的に疲れていく。
これは慣れるのに時間が掛かるかも。
「そこまで!」
「はぁっ!はぁっ!」
気が付けば一時間が経過し、転移魔法の扱いにも慣れる事が出来ていた。
自分の身体を転移させ、攻撃する時は拳のみを転移させ、それを権能を使いながら行う。
1度の動きで何個もやる事があるので最初こそ戸惑いがあるものの、慣れてしまえば意外と簡単だ。
(この小娘……もう転移魔法を使い熟しちまうとはね。普通は任意の場所に転移するだけでも半年は掛かるもんだけど、何者だい?)
シイラさんがどこか不思議な表情を浮かべているが、何かあったのだろうか?
「イーゼル。あんた高校生だったよね?」
「うん。そうだよ」
「どこの高校に通ってんだい?」
「え?「カワナン高校」だけど……」
「っ!?」
(ここいらで一番頭の良いエリート校じゃないかい!どうりで……)
「どうしたの?」
「いや、なんでもないさね。まさかあの「カワナン」に通ってるなんて、ちょっと驚いただけだよ」
「……?」
「なんだいその腑抜けた面は。もしかしてあんた、自分の通っている学校の凄さが分からないなんて言うんじゃないだろうね?」
「え?いや、そんな事言われても……たまたま学力に合いそうな場所だったから……」
「なんて小娘だい」
(確か「カワナン高校」の偏差値は九〇以上。ここいらの太陽系に住む学生達が一堂を介するエリート中のエリート校さね。もしかしてイーゼルって天才なんじゃないかい?)
先程からシイラさんが固まっているけど、私はどうすれば良いのだろうか?
そんな事を考えながら近くに置いてあったボトルに手を出し、水分補給をしてシイラさんの動きを待つのだった。
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