私の親友
おかしい。リンゴを一つ食べたのにもうお腹が減ったよ。
空腹を抑えながらアパートを出て最寄りの駅へ真っ直ぐに向かい、空飛ぶ列車へ乗り込んだ。
列車が急加速を行い時速200キロメートル以上のスピードを出すとワームホールを潜り抜けて宇宙へと飛び出す。
宇宙に築かれた大都市を列車が駆け抜け、10分も掛からずに目的地へ到着した。
列車を降りるといつもの光景が目に入る。
空気を逃がさない為のガラス張りになった魔法式が空を囲い、巨大なショッピングモールやビル群が立ち並ぶ巨大な大都市。
その場所から徒歩三分程度の場所にある噴水公園に向かい、大勢の人々で賑わいを見せる巨大な転移装置の中に入る。
スマートフォンで目的地を入力し、学校近くの転移装置へと私はワープした。そして、目の前に私の通う学校、「カワナン高校」が姿を見せる。
「おはよう!イーゼルちゃん!」
桜が吹き乱れる校門を潜り抜けると、1人の女子生徒が私に話しかけて来た。
桃色に所々黄金のメッシュが入った髪をウルフ姫カットにした美少女。
彼女の名前は「オーラ・シュナイダー」。
私の親友だ。
中学生の頃、友達が誰もおらずに孤立していた私だったが、オーラも孤立していた。
孤立していた者同士、何かと顔を合わせる機会が多く、いつの間にか意気投合して親友になっていた。
――そして、私と同じく「神」だ。
「おはよう!オーラ!あっ、いたたた……」
オーラの挨拶に応える為に元気よく返事をしたが、身体中の節々が痛みを上げる。
どうやら、基礎トレーニングの効果が早速出てるみたい。
「……?どうしたの?大丈夫?」
「う、うん。少し筋肉痛がね」
「ふぅ〜ん……」
教室に入ると、いつも座っている赤いふかふかのソファに腰掛けた。
私が通っている「カワナン高校」の教室は、ドリンクサーバーやアイククリームメーカーなどが完備されている、豪華な作りになっている。
「そういえば、オーラの権能ってどんな物だっけ?」
「私は「数を司る権能」だよ。数に関係する事象や概念を自在に操れるんだ」
「それって、何気にチートだよね」
「そうかなぁ?イーゼルちゃんの「鉄と空を司る権能」の方が凄いと思うよ」
例えば、コップにオレンジジュースを注ぐとする。
オーラはその「権能」を使ってオレンジジュースの物量を操る事で、無くなりかけたオレンジジュースを復活させる事が出来るのだ。
「あ、私のジュースも増やしてよ」
「いいよん♪」
オレンジジュースを飲んでいると、教授さんが入室して来て授業が始まった。
そのまま2時限目まで頑張ったが、既にお腹は空っぽだ。
(お腹減ったな。まぁ普段あんまり食べてないし空腹には慣れてるけど、限界まで運動するとこんなに違うんだな)
幸いこの「カワナン高校」の校風が緩やかで救われた。
授業中だけど私は徐に立ち上がり、教室の後ろに置いてあるお菓子置き場からお腹に溜まりそうな物を選んで机に持ってきた。
(お茶とお菓子で空腹を誤魔化そう……)
普段お菓子などは全く食べない私だから、隣に座っているオーラが不思議そうな目で見つめてくる。すると、小声でオーラが話し掛けてきた。
「イーゼルちゃん。今日は珍しいね」
「うん。まぁ色々あってね……」
「ふ~ん」
お菓子で空腹を紛らわして数時間後、ようやく午前の授業が終了した。オーラと共に立ち上がり「カワナン高校」校内にある食堂へと向かった。
食堂は非常に広く豪華な作りになっており、なんと全ての食事が無料だ。
貧乏暮らしの中で食費に困っている私には大助かり。
食券を発行して受付さんに渡すと食事が運ばれてくる。
メニューは様々で、和食から洋食、なんでも揃っている。
(早く食べたい早く食べたい早く食べたい!)
「イーゼルちゃん。目がヤバいよ?」
「へ?ああ。ごめんごめん」
「今日はどうしたの?いつもと様子が違うけど……」
「ちょっと色々あってね。あ、何頼む?」
「私はラーメンかな。イーゼルちゃんは?」
「かつ丼定食大盛かな」
「へぇ!?」
私が普段小食だからか、オーラが驚きで変な声を出した。
いつも通りなら定食どころか、かつ丼小盛だけで満腹になる。
日によってはデザートだけで済ましてしまう事もあるのだ。
そんな私が、いきなりかつ丼定食大盛を頼めばびっくりするだろう。
「お菓子食べてたのに、まだ食べれるの?」
「余裕」
「えぇ?どうしちゃったの?」
私たちが席に着くとすぐに料理が運ばれてきた。
オーラが頼んだ醤油ラーメンとは対照的で、私が頼んだかつ丼定食には茶碗から盛り上がる程によそわれた白米と、厚い豚カツにトマトやキャベツのサラダで盛沢山だ。
「いただきます。あむ!はふっはふっ!」
「うわぁ。凄い食べっぷり」
「実は、授業中から、あむ、ずっと我慢してたの」
オーラが続けて何かを喋ろうとしたが、私はお構いなしにかつ丼定食を頬張っていく。
こんなにお腹が空いてご飯に夢中になるのは子供の時以来かもしれない。まぁ今も子供なんだけどね。
「で、イーゼルちゃんは休日に何があったの?」
「うん。実は、やりたい事が見つかったんだ」
「え?やりたい事?将来の目標……みたいな?」
「うん。あむあむ」
「そうなんだ。教えてよ」
「う~ん……」
オーラにやりたい事を教えて欲しいと頼まれたが、私は素直に答えるべきか迷ってしまった。
というのも、まだトレーニングを始めて初日。
この一カ月のトレーニングがもしも続かなかったらオーラに嘘を付いてやりたい事を教える事になる。
せめて一カ月のトレーニングは完了させて、スタートラインに立ってからオーラには伝えたい。
そういう気持ちが強いのだ。
「まだ秘密」
「え?なんで?」
「色々あって。教えるのは来月でもいい?絶対その時に教えるから」
「……分かったよ。良く分からないけど、頑張ってね?」
「うん!ありがとう」
ご飯をある程度食べ進めた私は、今日のトレーニングを振り返っていた。
腕立て伏せとスクワットは兎も角、上体起こしが全く出来なかった。
気合を入れれば出来るけど、それじゃあダメだよね。明日はもっと簡単に出来る様にならなきゃ。
「……凄いなぁ。王様って」
「どうしたの?突然」
「あ、うん。実はさ、やりたい事が出来たその日にある事に挑戦してみたんだ。その時に王様の言葉を信じたら上手く行ったんだよ」
「状況が分からないけど、王様が凄いなんて当然だよ。何たってこの世界を創った人なんだからさ」
「そうなんだけど、改めて経験として実感すると違うなって」
「ふ~ん……」
私がそう言うと、オーラがじっと私の目を見つめてきた。
「なんだかイーゼルちゃん変わったね!」
「え?そ、そうかな?」
「うん!」
「え、えと、ありがとう……」
私はオーラの突然の誉め言葉になんとも言えない気持ちになり、それしか言葉が出なかった。
こうして空腹に悩まされながらも無事学校を終えた私はアルバイト先に来ていた。
学校終わりの夕方17時に出勤をしていつも通りに仕事を行い、夜の22時になったらタイムカードを押して帰宅する。
アパートに到着したらシャワーを浴びて、アニメ鑑賞とゲームはいつもより控えめにして早めに就寝した。
いつもなら夜中の2時頃に寝るけど、今日は夜中の12時丁度に寝てしまった。
朝に運動したおかげか布団に入ると一気に眠気が襲って来て、気持ちよく熟睡する事が出来た。
この眠りを楽しめるのなら、運動もいいかもしれないな。
次の日の朝5時30分。
昨日同様目覚まし時計の金切り音で起きた私は眠い目を擦りながらお布団を畳んでいた。
なんとかお布団から出る事が出来たけど凄く眠たい。
それにたったの5時間30分しか寝ていないから、アニメやゲームを辞めて睡眠時間を延ばす事を検討した方が良いかもしれない。
「っ!いった!」
そして、私の全身は筋肉痛に見舞われたいた。洗面所に向かおうと足を進めたが、その度に全身が悲鳴を上げている。
「まだ2日目よ。辞めるわけにはいかない!ぐっ」
洗面所で顔を洗いながら自分の顔へビンタを行い、気合を入れた私は早速トレーニングを開始した。
まずは腕立て伏せだ!
「ふっ!いっいたたた!」
腕を地面に立てた瞬間、両腕の上腕二頭筋と腹筋へ激痛が走った。
今まで全く運動して来なかった私は筋肉痛とは無縁の生活を送って来たので、慣れたい痛覚に悪戦苦闘しながらも、なんとか腕立て伏せを終わらす事が出来た。
続けて問題の上体起こしだ。ただでさえ筋力が足りなくて上体が上がらないのに、その上筋肉痛があっては全く身体が上がらない。
「くっ……!うぅ!上がらない!」
こういう時は気合を入れるのよ。
昨日と同じ様にね。
「ふっ!はあぁ!1!2!3!4!」
身体を動かす度に響く激痛を気合で掻き消しながら上体起こしを終えた私は、そのままスクワットを終わらせて、汗だくになった寝間着を脱いでジャージに着替えた。
ジャージにクリップ型のデバイスを取り付け、アパートの玄関扉を飛び出した。
昨日同様の絶景橋に向かうが、1歩進むたびに全身が筋肉痛に苛まれる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!走るスピードは落ちるけど、なんとか最後まで走り切ろう!」
昨日と違って身体も痛いし、私が元々運動慣れしてないせいで肺がすぐに痛くなる。
呼吸をする度にゼーゼーと喉を鳴らし、走る速度が大幅に落ちていく。
傍から見ればなんとも無様な姿を晒している筈だ。
せめて走りながら景色を楽しむくらいの余裕は持てる様になりたいな。
「はぁっ……はぁっ……あと少しで……家に着く!」
筋肉痛に抗いながらもなんとかランニングを終えた私は、玄関扉を閉めた瞬間にその場で倒れこみ、昨日同様酸素を求めるのだった。
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