一カ月のトレーニング
ジリリリリリ!
目覚まし時計の金切り音で起床した私は、眠い目を擦りながらお布団を畳んでいた。
現在の時刻は朝の五時三十分。
いつもは朝の七時頃に起床するのだが、おばあちゃんに命じられたトレーニングを熟す為に早めに起床していた。
洗面所で顔を洗い、冷たい水で眠気を覚まして顔をペチペチと叩いて気合を入れた。
「よし!やってやる!えっと……腕立て伏せ、上体起こし、スクワットの三つだっけ?」
部屋の真ん中に置いてあるテーブルの脚を折りたたみ、場所を確保した私は腕立て伏せから始めるのだった。
「1……!2……!3……!」
普段の生活で全く運動をしない私は、腕立て伏せを数回やるだけで息が上がり身体を支えている腕が震え出した。
それから約15後、やっとの思いで腕立て伏せを50回終える頃にはもう立てない程疲れていた。
「ハァ!ハァ!これを1カ月か……!やばいってこれ!」
倒れたまま姿勢を変えて、今度は上体起こしだ。
使う筋肉が違うから続ける事が出来るけど、あれおかしいな?
「か……身体が上がらない!」
確か、上体起こしは胸の前に腕を組んで、腹筋だけを使って身体を起こす事で効果を及ぼすトレーニングになる筈だ。
でも、腕を組んだ状態だと元々の腹筋の筋力が足りなくて身体が上がらない。どうすればいいのだろう?
「ごめんねおばあちゃん……腕を解くよ」
組んでいた腕を解こうとしたその時、私は昨日「ハワードジム」の扉を壊した事を思い出した。
私がなぜあの時、扉を破壊するという選択肢を取れたのか。
それは王様の言葉を信じてやりたい事に全力で推し進んだからだ。
その結果ジムへ入会出来た訳だし、ここで腕を解くという事は王様のお陰で上手くいったのにそれを投げ出すという事。
自らが望んだにも関わらず少し辛いと思ったら諦めるなんて、もし王様が私を見たらなんて言うだろう。
「都合の良い時だけ王様の言葉を利用して、そうじゃない時は楽な方向に流されて。私、全然変わって無いじゃん。こんなのじゃダメだ。私は変わると決めたんだ。腕を組んで上体起こしを最後までやるんだ!ふっ……あぁぁ!」
気合でなんとか身体を起こせたが、それだけで腹筋が滅茶苦茶痛い。
でも変わると決めたんだ。最後までやり抜いて見せる。
「2!3!4!5!6!7ぁ!」
上体を起こす度に腹筋に激痛が走るが、私は構わず気合でトレーニングを行っていく。
「46!46!47!48!49!50!……はぁ!はぁ!はぁ!」
やっとの思いで上体起こしを終えたがもうヘロヘロだ。ただ、腹筋が痛いだけで脚は動く。私はそのまま立ち上がり、スクワットを始めた。
「よし!このまま気合でスクワットだ!1!2!3!4!」
腕立て伏せや上体起こしと違い、スクワットは難なく熟す事が出来た。
一通りのトレーニングを終えた私はフラ付きながらも寝間着を脱ぎ、タンスからジャージを取り出しランニングの準備を整えた。
スマートフォンで昨日予め調べてあったランニングルートを表示させ、アパートの外に出た。
「え~と……まずは道なりに真っ直ぐ。それから橋を渡って引き返して来ればちょうど5キロだね。よし!行こう!」
気合と共に走り出した私だが、思わぬ激痛に足を止めそうになってしまった。
腕立て伏せや上体起こしのせいで走る度に体の節々から激痛が走る。
この状態で五キロを走るのは、やっぱりキツイな。
「はぁっはぁっ……キツくても……走るんだ!」
道なりに走って住宅街を抜けていくと、遠くの街と湖の景色が眺める絶景橋が姿を見せた。
この巨大な橋を渡るランニングコースを選んだ理由は、信号機や一時停止で止まりたくないからだ。
なんとなくだけど、一度でも足を止めたら再び走る事が出来ない予感がする。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
ジャージに付けたクリップ型のデバイスからランニングの為に設定したマップがホログラムとして浮かび上がっている。
それを確認するとまだ500メートルしか進んでいない。短い距離だけど、既に息が上がりきって肺が酸素を求めている。
「はぁっ!はぁっ!権能で酸素を作れるけどっ!それじゃダメだよねっ!」
酸素を作って吸い込んでも鍛えている事にはならない。
それに、冷静になって考えてみれば「転移ボクシング」は3分12ラウンドが基本だ。
つまり、試合中に合計36分戦い続ける事になる。
まだ私が走り始めてからたったの10分程度。これで疲れていたら試合をするなんて到底無理だろう。
(ヤバイ!本当にキツイ!これを一カ月続けるとか、考えるだけで気が遠くなりそうだ。いや、気が遠いのは酸素が足りないせいじゃん?)
息が上がったせいか変な事を考えてしまう。そして、変な事を考え脳に余計な血流を巡らせ更に息が切れてしまう始末だ。
絶景橋の中間地点まで走った時、目の前に浮かび上がるホログラムが2キロ500メートルの数字を表示した。
「やっと……折り返し!」
そのまま歩行を反転させてアパートを目指す。この絶景橋からは本来美しい都市観と湖が楽しめるのだが、そんな素晴らしい景色を見る余裕は無い。
ただ呼吸をする事に集中し、足を動かす事に全力を尽くすのみだ。
走り続けて約一時間後、後半は走るというより早めに歩いている感じだったけど、なんとかアパートへ到着した私は扉を閉めた途端、玄関先で倒れこんでしまった。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
まるで溺れかけた人間が水中からようやく顔を出して酸素を求めるように、私は過呼吸気味になり酸素を兎に角求めるのだった。
そして、若干だが「転移ボクシング」の道へ進んだ事を後悔してしまった。
こんな事許されるわけがない。たったの数キロ走った程度で自分を変えようとする選択を諦めかけるなんて、私は私自身がどれだけ小さいかを思い知った。
「はぁっ!何を考えているんだ私は!変わるんだ!変わるんだ!」
浮かんでしまった後悔を払拭する様に。
私は私の顔へパンチを放った。
「ぐっ!はぁっ!はぁっ!学校に行く準備をしなきゃ……」
一通りのトレーニングを終えた私はジャージを脱ぎ、大量に掻いた汗をシャワーで流した。
いつもなら朝食を取らなくても大丈夫だけど、運動をしたせいか滅茶苦茶お腹が減る。お腹がグーグーだ。
「食べたいけど……お金が無い!でもなぁ、今食べないと授業中にお腹が鳴って絶対に後悔するよね。よし、食べよう!」
アルバイトで得た僅かな収入で一人暮らしをしているので、私はいつでも金欠気味だ。
貧乏暮しの私にとって、食費を生命線。
しかし、空腹に困った私はお金の事は気にせず、リンゴを一つ食べて学校へ登校した。
あぁ、私の食費……
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