おばあちゃんとの出会い
「やってくれたね……小娘!」
外れた扉と雪崩れ込むように「ハワードジム」室内へ入った私は、仰向けになった身体を手で起こしながらおばあちゃんと睨み合い、体制を整えた私は改めておばあちゃんとの会話を試みようとしていた。
「人の話くらい聞いてよね……おばあちゃん!」
「あんたと話す事なんて何もありゃしないさ!入会ならお断りだよ!」
「なるほど……おばあちゃんにはおばあちゃんの事情がある事は理解したよ。でも、私にも私の事情がある。私はどうしても、このジムに通わなきゃいけないんだ!」
目の前のおばあちゃんに負けない声量でそう投げ掛けると、おばあちゃんが一瞬だけ言葉を詰まらせる様な仕草を見せた。
その隙を見逃さず、ここぞとばかりに私は言葉を続けた。
「初めまして!私の名前は「イーゼル・アインホルン」!ここ「ハワードジム」へ入会する為、「L-208」惑星よりやって来ました。どうぞよろしくお願い致します!」
私は友達が一人しか居ないし、知らない人と話そうとすると言葉を詰まらせてしまう。
そんなコミュニケーション不足で会話が拙い私でも、こういうタイプの人にはとにかく誠実さをアピールしないと話を耳に入れて貰えない事くらいは分かった。
なので服に着いた汚れを手で払い、おばあちゃんに向けて綺麗なお辞儀をした。
まぁ、扉をぶっ壊してる時点で誠実さも何も無いと思うけど。
「ったく、礼儀正しいんだかそうじゃないんだか、良く分からん小娘だね。いいさ、一度だけ話を聞いてやるよ。あんたのその、大層な事情って奴を話してみ」
「ありがとう。おばあちゃん」
よし、これで一歩前進だ。あとは、おばあちゃんをどの様に納得させるか。
余計な事は考えなくて良い、正直に全てを話そう。
「私は高校生なんだけど、アルバイトをしてるんだ」
「それで?」
私が高校生の内からアルバイトをしているのには、とある理由が存在する。
お小遣いが欲しいとか、そんな理由じゃない。
「父と母が厳しくて、「裕福に浸かると心が貧しくなり、当たり前への感謝が薄れる」って考えを持ってるんだ。早い内に自分で生計を立てる感覚を身に付けるべきって言われて、今はアルバイトの収入だけで一人暮らしをしてるの」
「……なるほど?」
「だから、私が「転移ボクシング」を始める為には、学校と、アルバイトと、転移ボクシング。この三つを両立させなければいけない。学校終わりにアルバイトをした後でも時間に余裕があって通えそうな、近場の転移ボクシングジムを探したんだ」
「……それが、あたしの「ハワードジム」だったと?」
「うん」
一通りの理由を話し終えると、おばあちゃんは呆れた様に溜息を付いた。
「なんだい。どんな大層な事情があるのかと聞いてみれば、そんなくだらい理由かい。呆れたねぇ」
「……」
「あんたがここまで来た理由は分かったよ。で、小娘。結局の所、あんたはなぜ「転移ボクシング」を始めたいと思ったんだい?」
「え?それは……」
海で出会った「天使」の女性について話し、その出会いが私の人生の転機であった事を伝えた。
「つまり、楽しそうだから「転移ボクシング」を始めたいって事かい?」
「はい!」
それと同時に、私はとある疑問をおばあちゃんにぶつけたのだ。
「私はあの「天使」の様に、天と海を砕く「右ストレート」が出来る様になりたい!その為には……どうすれば良いですか?」
真剣な目でおばあちゃんに問い掛けると、またしても呆れる様に溜息を付かれてしまった。
「そのレベルのパンチの使い手は限られてくるよ。あんたが出会った「天使」の女ってのは相当な手練さね」
「……そう……なんですか?」
「どうやら何も知らない様だね」
すると、おばあちゃんはコホンと咳払いをして、改まった様子で私に覚悟を問う。
「小娘!!」
「は、はい!」
突然の怒鳴り声にビクッと驚いてしまったが、私も改めて姿勢を正した。
「「転移ボクシング」は一朝一夕で行える格闘技じゃないよ。楽しみたいだけじゃ食っていく事もままならないスポーツさね。あんた、その辺の覚悟あんのかい!?」
その問いに対して、私は嘘で包み隠さず思った事を正直に伝えた。
「覚悟はあります!でも……」
「あぁ?」
おばあちゃんの睨みに少し怯んでしまったが、言葉を続けた。
「食べていけるかどうかは気にしてません!私は私が楽しいと思う事が出来ればそれで良い!お金なんてどうでもいいです!」
どれだけ貧乏でも、どれだけお金が稼げなくても、私は楽しいと思う事を突き詰める。
そんな想いがおばあちゃんに届いたのか、ニヤリと笑い高らかに笑ったのだ。
「ハッハッハ!そうかいそうかい!金なんてどうでもいいかい!」
すると、何を思ったのかおばあちゃんは私の身体をベタベタと触って来た。
「ちょ、ちょっと!?」
「大人しくしてな!ったくなんだいこの身体は、ヒョロヒョロじゃないか」
「え?」
「あんた、今までスポーツの経験とか格闘技の経験は無いのかい?」
「無いよ。学校の授業でやる程度で、今まで運動は全くして来なかったから」
「はぁ。よくもまぁ、この体たらくで「転移ボクシング」を始めようと思ったもんだねぇ。全く呆れちまうよ。それよりあんた、これから鍛える事に抵抗は無いのかい?」
「どういう事?」
「あのね、「転移ボクシング」を始めると少なからず身体つきが変わって筋肉がボコボコ出るもんさ。そういう体形になっちまう事は良いのかい?」
「あ~……考えて無かったよ」
「どこまで無計画なんだい」
「でもいいんだ。私は気にしないから」
「そうかい」
おばあちゃんが私を観察し終えると、「ハワードジム」室内の奥に置いてあるチェストから一枚の紙を取り出し、それを私へ渡して来た。
「ほら」
「え?これって……?」
「入会契約書だよ。書きな」
「いいの!?」
「イーゼルと言ったね?あたしもこの頃退屈していた所さ。退屈凌ぎに鍛えてやるよ。ただ、あたしは厳しいよ。覚悟あんのかい?」
「勿論!ありがとうおばあちゃん!」
やったやったやった!
私はおばあちゃんの説得に成功し、見事「ハワードジム」へ入会する事が出来た。
同時に自分の中で納得の行った事が一つある。それは、王様の言葉に対する私の解釈は間違っていなかった、という事だ。やりたい事が出来たら全力で推し進む。
やっぱり世界の王様は凄いや。
「書き終わったよ!」
「よし。月謝は三千ヴァルト。まぁ支払いなんて遅れてもいいさね。好きな時に払いな」
「え?いいの?」
「ガキから金取るのは好きじゃないんだよ」
「ありがとう。早速トレーニングをするの?」
「気が早いよ。腕立て伏せ、上体起こし、スクワットを五〇回づつ。それからランニング五キロ。それを一ヶ月やんな。トレーニングはそこからだい」
「え?なんで?」
「ダラダラの身体にパンチ仕込んでも変な癖が付くだけさね。とは言え……」
おばあちゃんが、何やらタンスに置いてあるボクシンググローブを見つめている。
「小娘、リングに上がんな!」
「……へ?」
「今からスパーリングをするよ」
スパー……リング?とは何だろうか。その言葉にポカンと驚いていると、おばあちゃんより衝撃が下された。
「練習試合だよ。ここまで啖呵を切るあんたがどれ程のモノを持ってるのか、見定めてやるよ」
「……え、えぇ!?で、でも、私はパンチのやり方とか、何も知らないよ!?」
「あたしに勝てなんて言わないさ。ただ、あんたのトレーニングメニューを決める為にどんな身体の構造をしているのか、それを見せな!」
「身体の……構造?」
おばあちゃんに付いていく様にして、ジム中央にある白いリングへと上がると、今までにない緊張が押し寄せてきて脚が震え出すのだった。
「いいかい?小娘。ボクシングってのはね、身体の連動を科学的に解析して自らの動きに落とし込む、言わば、鍛え上げた人体力学理論のぶつかり合いさ。ただの喧嘩じゃ、ボクシングでは通用しない」
「なるほど……?」
「つまり、あんたの力を引き出す為には、どこをどうして鍛えればパンチ力が上がるのか、と言った点と点を結びつける確固たる理論の元トレーニングをしなきゃダメって事さ」
「それを見定める為の練習試合って事ね?」
「そういう事さ。分かったら準備して待ってな。あたしも用意する事があるからね」
そう言ったおばあちゃんは、階段へ続く扉をガチャリと開けて、2階へ消えてしまった。
私も準備を整える為、学生服に装着している白いクリップ型のデバイスからホログラムを空中に表示させて、ジャージを取り出し着替えた。
殴り合いなんて一度もした事ないけど、なんとか頑張るぞ!
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