開かない扉

 次の日、起床した私は最寄りの転移装置から駅にテレポートをして航空列車に揺られていた。


 どうやらインターネットで調べた所、「転移ボクシング」を始めるには転移ボクシング専門ジムへと入会しなければいけないらしい。

 その為に現在、私が住む「L-208」惑星より隣の「L-209」惑星に向かっている所だ。


 窓を覗くと、宇宙空間に浮かび上がる粒子線路を亜音速で航空列車が駆け抜けている。

 手元のスマートフォンで情報を確認すると、「ハワードジム」なる目的地が表示されていた。

 営業時間や連絡先などの細かい情報が記載されていなかったので、一体どんなジムなのか全く分からない。


 なぜこの様に情報が不明瞭なジムへ向かっているのかというと、近所にこのジムしか無いから。


(まぁ、行けば分かるよね)


 航空列車の速度が緩み扉が開くと、賑わいを見せていた都市とは一変して、誰もいない小さな駅へと到着した。

 そこには目的地である「サンザラ駅」なる名前の看板が立ち、付近には小さめの転移装置がポツンと置いてある。

 スマートフォンで「ハワードジム」近くの転移装置にワープすると、大きくて美しい田畑が広がっていた。

 周囲を見渡しても高層ビル所か、自動車や宇宙船一つ見当たらない。

 典型的な田舎の風景が広がっていた。


「うわぁ……こんな景色初めてだ。ちょっと楽しくなって来た!」


 私は生まれも育ちも都会なので、こういう田舎には憧れを感じる。

 澄んだ空気に流れる水音、頬を撫でる優しい風。


「すぅ〜!はぁ〜!うん、空気が美味しい!」


 気楽な気分で田んぼ道を歩いていくと、寂れた木造建築の小屋が見えてきた。

 2階建てだけど建物全体が錆び付いており、とてもじゃないけど人が住んでいるとは思えない。

 パッと見た所、看板らしき物も無いし、本当にこの建物で合っているのかとスマートフォンでマップを開いて確認して見ると、確かに「ハワードジム」のピンが刺さっていた。


「ごめんくださーい!」


 チャイムが付いて無かったので扉をノックしたが反応が無い。

 留守だろうか?てか、本当にここで合っているの?


「すいませーん!誰か居ませんかー!?」


 しばらく待ってみるも全く反応が無い。

 出直す事も考えたけど、次に来れるのがいつになるか分からないし。

 アルバイトのシフト次第では来月とかになるかもしれない。


「あ、扉が開いてる……」


 よし決めた。

 強引にでもここが本当に「ハワードジム」なのか確かめさせて貰おう。


「ごめんなさい。入ります……わぁ!」


 大きな引き戸をガラガラと開くと、そこにはボクシングジムが姿を見せた。


 目を大きくして周囲を見渡すと、サンドバッグやリングなど、様々なトレーニング器具があり、今いる場所が「ハワードジム」であることを証拠付けたのだった。

 室内を歩きながら探索すると、全てのトレーニング器具に埃が被っている事に気が付いた。


「なるほど……このジムには長年人の出入りが無かったのかしら?」


 埃の被り具合を見る限り、少なくとも半年以上は経過していそうだ。

 でもおかしい。

 トレーニング器具が使われていない割りには、横戸の扉がすんなりと開いた。

 この小屋にしばらく人が居ないのなら、建物自体の建付けが悪くなったり、錆が原因になったりして扉が開きにくくなっている筈だ。


「でも扉がすんなり開いた。という事は、人はいるけどトレーニング器具は使われていない、という事かな?」

 

「あんた誰だい!」

 

「ひぃ!」


 突然誰かから声を掛けられた。


 ハッと後ろに振り返ると、腰が曲がったヨボヨボのおばあちゃんが立っていた。年齢は確実に七十以上だろうか。

 頭から白い耳が生えて尻尾がヒョロヒョロと動いている。

 恐らく「獣人」と呼ばれる種族だろう。

 手を後ろに回して腰を労わる様な体制で私の事を睨み付けて来る。


「あ、えっと、突然の訪問ごめんなさい。ノックをしても反応が無かったもので」

 

「ほ~ん、そうかい。で、何の用だい?」

 

「ここは転移ボクシング専門ジムの「ハワードジム」で合っていますよね?入会手続きをしたいんだけど……」

 

「あぁ。生憎だけど、ウチはもう新しいボクサーを取ったりしてないんだ。他を当たっておいで」

 

「え……でも!」

 

「兎に角そういう事だから、早く出ておいき!」

 

「あ、ちょっと!?」


 ジムの管理者らしきおばあちゃんに入会したい旨を伝えたら、手で背中を押されて室内から外へ追い出されてしまった。


「あの……話だけでも聞いて欲しいんだけど!?」

 

「ダメだよ!あたしはもうボクシングには関わらないと決めてんだ!」

 

「え?」

 

「それにね、転移ボクシング業界なんてロクなもんじゃない。一度足を踏み入れたら精神からだを壊すだけさね。辞めといた方があんたの身の為さ」

 

「あ……!」


 背中越しにそう言われるとおばあちゃんにピシャリと扉を閉められてしまった。

 他のジムを当たろうかと考えたけど、今の生活状況だと通える場所はここしか無いし、かと言って諦める事も出来ない。


(やっと見つけた楽しそうな事、手放して堪るもんですか!)


 と思って再び横戸の扉を開こうとしたけど、鍵を閉められてしまった。

 手でガタガタ開こうとしてもビクともしない。

 私が「転移ボクシング」を始めるにはここに通う以外に方法が無いのだ。

 だから、なんとしてもあばあちゃんを説得して、せめて話を聞くだけでもして貰いたい。

 その為にはこの扉を開けなければいけないのだけど、そう考えた時。


 私は昨日テレビ番組で見た世界の王様が発言した言葉を思い出した。


「生命の存続理由は己が安寧に基づき、決して他人に譲り渡して良い物ではない……か」


 私がここで「転移ボクシング」を諦めるという事は、私自身の安寧を他ならない私の手で捨てるという事。

 そんな馬鹿な事は認められない。

 私はこの世界の王様を尊敬してるし、敬愛している。

 だからこそ、もし私の長い人生でお会いする機会が合ったらと考えた時、王の言葉を背いた恥ずかしい顔を晒す訳にはいかないのだ。


「この扉を開く選択肢は三つ。一つ目はノックをし続ける、二つ目は毎日頭を下げに来る、三つめは……破壊する!」

 

「おい!何言ってんだい!」


(食い付いた!)

「おばあちゃん!私は十秒後にこの扉を破壊する!されたく無かったら開けてよね!」


 無茶苦茶かもしれないけど、ソチラがそういう態度を取るならコチラも似たやり方を取るまでだ。

 私は変わると決めた。

 やりたい事を見つけれないで、楽しい事があってもウジウジ立ち止まって、そんな自分が嫌でここまで来たんだ。

 それに、ここで諦めたらいつまで経っても私は前に進めない気がする。いつかじゃなくて、将来じゃなくて、今やらなければいけないのだ。


「十秒経過だね」


 とは言っても、私はこの扉を破壊する大それた力を持っていない。

 ただ方法はある。


 ――それは、私の種族が持つ力を使う事。


 結局の所、この扉が開けば良いのだから木っ端みじんに破壊しなくても良いのだ。


「まず、私の力で扉の隙間に鉄塊を生成」


 横戸の隙間に鉄塊を生成すると、長年使われて劣化してるであろう扉からメキメキと亀裂音が聞こえてきた。

 建付けが悪化して耐久度が落ちた証拠だ。


「続けて鍵穴のシリンダーに鉄塊を生成、水を生成して回転させる」


 生成した鉄塊を水に浸ける事により摩擦係数を上昇させて回転させると、鍵穴からガキンという金属破壊音が聞こえてきた。

 これで扉の接着部分が無くなり耐久度が更に下がった筈だ。

 あとは私が後ろに下がり、この扉に対して思いっ切り体当たりすれば扉が外れて室内に入れる筈だ。


「私の体重は46kg。扉までの距離は8m。思いっ切り走って時速22kmかな。v = 22 km/h * (1000 m/1 km) * (1 h/3600 s) ≈ 6.11 m/sで、E = 0.5 * 46 kg * (6.11 m/s)^2 ≈ 846.9 J。扉の劣化を加味すれば行ける筈だ!」


 この世界の王は言った。

「生命の存続理由は己が安寧に基づき、決して他人に譲り渡して良い物ではない」と。

 

 私なりに解釈をするなら

 

 「この世界の時間は無限にある。生き急いで荒むより、やりたい事が見つかるまでゆっくりしても良いんだよ」

 

 という国民に対してのメッセージだと思う。

 けどそれは、裏を返せば

 

「決して他人に譲り渡して良い物ではない」

 

 という言葉は

 

「やりたい事を見つけたら全力で推し進め」

 

 というメッセージに変化する。


「曲がりなりにも王の民なら、その背中に付いていく事が忠義を捧げるという事。私は私の安寧を掴む為、この扉を破壊し全力で推し進む!はぁぁ!」


 気合と共に横戸の扉へ全力ダッシュすると、劣化した扉が外れて私は倒れこむ様に「ハワードジム」の室内へ転がり込むのだった。

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