パンチラレル・パラレル・パラドックス
「僕と付き合ってくれませんか?」
「ごめんなさい。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、今は誰とも付き合う気はないの」
そう答えて、私は後悔した。
いや、「ごめんなさい」の「ごめ」あたりで既に後悔していた。
彼のことは前からずっと気になっていた。
だから、まさか彼の方から告白してくるなんて思ってもいなかった。
それなのに、私は彼の告白を断った。
それもこれも、全ては私の身体にあるソレのせいだ。
ソレがコンプレックスなせいで、私は今まで異性と付き合ったことが無かった。
正直、私の顔は可愛い方だと思う。
自分で言うのもあれだが、学年でトップ5には入るんじゃないかと思う。
いや、流石にそれは傲慢か。
それでもトップ10・・・、いや、トップ20くらいには入るんじゃないかと思っている。
しかし、ソレが私の身体から消えない限り、結局誰も私のことを本気で受け入れようとはしてくれない。
誰も私のことを心から愛してくれないと、いつしかそう思うようになっていた。
「・・・分かりました。突然すいませんでした」
そう言って私の前から姿を消そうとする彼の背中を見て、心底後悔した。
後悔して、後悔して、こんなにも後悔しているのに、やっぱり勇気を振り絞ることが出来なかった。
するとその時、眩い光に包まれたかと思うと、目の前にあの人が現れた。
「はじめまして、清野紗良紗さん」
「うわ!びっくりした!・・・え?どちら様ですか?」
「儂か?儂は神様じゃ」
「え?もしかしてヤバい人ですか?」
「ヤバい人じゃない。儂は神じゃ」
「ヤバ。マジでヤバい人じゃん。こういうのは変に刺激しない方が良いって聞いたことあるからなぁ。とりあえず話合わせてタイミング見て逃げるか。そっか~、おじいちゃんは神様なんですね~」
「お主、心の声が口から出るタイプだな。普通に傷付く。それから何度も言ってるように、儂はおじいちゃんじゃなくて神様じゃ」
「そっか~、そうなんですね~。神様かー、凄いですね~」
「全然気持ちがこもってないな。てか、話合わせるの下手すぎだろ。なんか普通にイライラしてきたわ。もういい、儂の力を見せた方が手っ取り早いのう」
そう言うと、自称神様は手に持っていた杖を大きく一振りした。
そして気が付くと、私は教室にある自分の席に座っていた。
「それじゃあ今日はここまで。来週は小テストがあるから、しっかり復讐してくるように」
チャイムの音と同時に、教壇に立っている数学の教師が言った。
”・・・え?何これ?どういうこと?”
さっきまで廊下にいたはずなのに、どうして教室にいるんだ?
しかもこの光景は見たことがある。
ほんの少し前、4限の数学が終わる時に全く同じ光景を見た。
でもどうして?
4限の数学ならとっくに終わって、今は昼休みのはずじゃ・・・。
『どうじゃ、儂のことを信用する気になったか?』
「え?何?誰?」
『儂じゃよ、神様じゃ。ついさっき話したばかりじゃろうに』
姿こそ見えなかったが、頭の中に直接響いているようなこの声は、たしかにさっきまで話していた自称神様の声だった。
「何これ?どういうこと?」
『タイムリープじゃよ、タイムリープ。お主にチャンスをやろうと思ってな』
「チャンス?」
『そうじゃ。お主は気になっていた異性から告白されたにも関わらず、その告白を断って後悔しているな?だからもう一度、お主にチャンスをやろう。お主が先程告白してきた異性から再度告白されるまで、この昼休みは永遠に続けることが出来る』
「つまり、彼から告白されない限り、私はずっと昼休みを繰り返すってこと?」
『いや、そうとは言っておらん。お主が辞めたいと思えば、いつでも辞められる。お主の今抱えている後悔より、このタイムリープが続く苦痛の方が辛いと感じたら、その時はいつでも辞めればいい。ただし、お主があの異性から告白されるよりも前にタイムリープを辞めるという選択肢を選んだ場合、今後あの異性から告白してくることは無いと思っておいた方がよいな』
「よく分からないけど、タイムリープってことは同じ時間を繰り返すってことでしょ?だったら私がどう答えるかは別にして、彼が私に告白してくること自体は必然的なんじゃないの?」
『テンパっているかと思ったが、お主、意外と冷静だな。たしかにお主の言う通りじゃ。だから、お主に一つだけ試練を与えよう』
「試練?」
『そうじゃ。お主が抱えているコンプレックスを克服すること、それがお主に与えられた試練じゃ。お主があの異性に対して自分のコンプレックスを引け目に感じる度に、お主は何度もこの時を繰り返す。どうじゃ、出来そうか?』
「出来そうかって聞かれても・・・」
『まぁ時間はたっぷりあるんだから、気が済むまでやればいい。それじゃあ、せいぜい悔いの無いようにの~』
その言葉を最後に、自称神様の声は聞こえなくなった。
こうして、私のタイムリープは始まった。
まずは彼に出会わないと意味が無い。
私はそれとなく彼の前に姿を現し、彼から告白してくるのを待った。
だが、彼は一向に私に気付く気配が無い。
そしてようやく彼が私の存在に気付いたと思った時、彼の目線が私のソレに向けられたことに気付いて、そう思った時にはいつの間にかタイムリープしていた。
その後も何度も彼の前に姿を現してみたものの、彼と目が合うたびに、彼の目線が私のソレに向けられるたびに、私はタイムリープしてしまう。
なるほど、そういうことか。
これはなかなか厄介な状況になってしまった・・・。
私の太股には火傷の跡がある。
幼い頃に母の料理の手伝いをしていた際に、誤って火にかけてあった油の入った鍋をひっくり返してしまった。
その時に太股についた火傷の跡が今でも残っている。
大きさはそこまで大きくないし、スカートでギリギリ隠せる位置にあったが、それでも私はその火傷の跡がずっとコンプレックスだった。
タイムリープを何度繰り返しても、なぜだか毎回彼の目線が私の脚に向けられる度に、私は彼に対して引け目のようなものを感じてしまっていた。
この火傷と彼は何の関係も無いのに、こんな傷のある私と彼では釣り合わないのではないかと思ってしまうのだ。
それでも懲りずに何度も彼の前に姿を見せた。
そして何十回も繰り返しているうちに、『いい加減さっさと告白してこいよ』と、若干だが彼にイラつきさえ覚え始めていた。
しょうがない、私はそういう性格なのだ。
そして、かれこれ50回は繰り返したその時、初めて彼が私に声をかけてきた。
「あの、清野さん」
今回もどうせ失敗すると最初から諦めていたもんだから、正直かなり驚いた。
でも、心の準備だけはずっと前からできていた。
「今ちょっと時間ありますか?」
彼は私の目をじっと見つめながら言った。
「今?別に大丈夫だけど、どうしたの?」
そう答えると、彼は言った。
「僕と付き合ってくれませんか?」
彼が私に告白してくることは、当然だが最初から分かっていた。
だって、彼が告白してくるまで、私はこのタイムリープを終わらせる気なんてなかったのだから。
彼が告白してきたら、間髪入れずにOKしようと決めていた。
もう後悔はしたくなかったから。
あと、ほんのちょっとだが、どれだけ待たせれば気が済むんだよとも思っていた。
「いいよ、付き合お。ってか遅すぎ。何回繰り返すつもりだったのよ」
声に出ていた。
彼は顔を真っ赤にしながら一人で何かをゴチャゴチャ言っていたが、私も私で余計なことを言ってしまったとテンパっていた。
「ところで一つ聞きたいんだけど、どうして私なの?なんで私を好きになってくれたの?」
とにかく何でもいいから会話を続けなければと思った私は、自分でもなんでそんな事を聞いてしまったのかと後悔するような質問をしていた。
当然彼は困った様子だった。
そして困った様子の彼は、なぜだか目線を私の脚に向けた。
ああ、やってしまった。
余計なことを聞いてしまったばかりに、今の今まで忘れかけていたソレの事を思い出してしまった。
せっかく彼が告白してくれたのに、私は自分のコンプレックスのせいでまたタイムリープしてしまう。
「脚です。清野さんの脚が好きです」
諦めかけていたその時、彼の口からそう聞こえて思わず目を丸くした。
「違うんです!そういう意味じゃなくて、脚が好きっていうのはつまり、そういう気持ち悪い意味じゃないんです。つまり、その・・・」
彼は何かを必死に弁明しようとしていたが、そんな彼の姿がたまらなく愛おしくて、思わず大声を出して笑ってしまった。
「なにそれ、ヤバ!もしかして君って変態なの!?」
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
久しぶりに心の底から笑った気がした。
「あ、そうだ、今日の放課後一緒に帰ろうよ。いいでしょ?それじゃあ、また後でね」
彼にそう告げると、私は友人達と共に購買へと向かった。
それを最後に、私のタイムリープは終わった。
まぁ随分と奇妙で貴重な体験をしたものだ。
告白されるためにこんなに苦労したなんて、彼は想像すらしていない事だろう。
彼は気付いていないかもしれないが、あの日以来、私はスカートの丈をほんの少しだけ短くしている。
No.58【短編】パンチラ・パラレル・パラドックス 鉄生 裕 @yu_tetuki
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