No.58【短編】パンチラ・パラレル・パラドックス
鉄生 裕
パンチラ・パラレル・パラドックス
かれこれ30回以上、僕は今日を繰り返している。
2回目のタイムリープの際には、自分の身に降りかかっている摩訶不思議な現象に既に気付いていた。
4限目が終わり購買へ昼食を買いに行こうとした際、僕は幸運にも学園一の美少女である清野紗良紗(せいのさらさ)のパンチラを目撃した。
思わず彼女のパンチラを目を丸くしながら凝視してしまったわけだが、すると突然目の前が真っ暗になり、気が付くと僕は自分の机の上に突っ伏していた。
と同時に、4限目終了のチャイムが学校中に響き渡る。
僕は思った。
こんな夢を見てしまうくらい、僕の性欲は限界を迎えていたのかと。
こんなんじゃ同級生全員からムッツリ変態野郎と揶揄され嘲笑されても、何の弁明も出来やしないじゃないか。
自分の人間性にがっかりした僕は、せめて食欲だけは満たそうと購買へ足を走らせた。
するとまさかのまさか、同じく購買へ向かおうと階段を歩いていた清野のパンチラを目撃してしまった。
それは、あの夢と全く同じ光景だった。
そして気が付くと、僕はまたしても机に突っ伏していた。
まさか自分が体験する日が来るとは夢にも思っていなかったが、これが明らかに夢では無いことは確かだった。
僕は自分の身に降りかかっている奇妙奇天烈な現象を理解し、甘んじて受け入れることにした。
ああ、これがタイムリープというやつなのかと。
高校二年生でタイムリープを経験できるとは、随分貴重な経験をしたものだと最初は暢気に構えていた。
しかし、タイムリープが10回を超えたあたりからさすがにまずいのではと思い始め、20回を超えた頃には何か対策を練らなければと焦りを感じるようになっていた。
そして30回を超えたあたりで、このタームリープから抜け出せる唯一の方法が分かった気がした。
『清野沙良紗のパンチラを見ることなく、昼休みを終える』
恐らくこれが、僕がこのタイムリープから抜け出すことの出来る唯一の方法だ。
タイムリープの原因が彼女のパンチラだということは、5回目を過ぎたあたりからなんとなく気付いていた。
学園一の美少女のパンチラを何度も拝めるのはこの上ない至福だが、何もできずに彼女のパンツを眺めつづけるだけというのは、30回を越えてくるとむしろ拷問に近い仕打ちであった。
ちなみになぜタイムリープをすると4限目の終わりになるのかも考えたが、それは恐らく「学校に行かない」という最良の選択肢を最初から除外させるためだろう。
彼女のパンチラを見ないためには、そもそも彼女と出くわさなければいい。
購買に行くのを諦めれば、彼女と鉢合うことは無いだろう。
そう考えた僕は、購買へ行くのを諦め、購買とは真逆のトイレへ向かう事にした。
そしてトイレへ向かうために廊下の角を曲がろうとした瞬間、僕は反対側からやって来た彼女とぶつかり、彼女が転んだ拍子に彼女のスカートの中のパンツを目にしてしまった。
たしかこれは7回目あたりのことだ。
購買もトイレもダメなら、昼休みが終わるまで屋上で時間を潰そう。
僕は購買へ向かう際に使用した階段とは別の階段で屋上へと向かうことにした。
しかし、その階段にも彼女がいたのだ。
ふと上を見上げると彼女が階段を上っており、その瞬間にまたしても僕は彼女のスカートの中のそれを目にしてしまった。
何処へ行こうにも必ずそこには彼女がいて、彼女を見つけた瞬間に僕は彼女のスカートの中のそれを見てしまうことになる。
何処かへ行こうとするからダメなんだ。
昼休みが終わるまで教室から一歩も出ずに、椅子に座ったまま時が経つのを待つことにしよう。
あいにく清野と僕は別のクラスだから、ここにいれば彼女と出会うことは無いはずだ。
これを思いついた時、僕は自分に対して賛美や賛称の雨あられを送ったが、まぁ僕みたいな凡人の発想は運命の前ではどうあがいても無力だった。
4限目が終わった後も椅子から立ち上がることなく本を読んでいると、あろうことか彼女の声が聞こえてきた。
ふと目線を上げると、彼女が僕のクラスに遊びに来ていた。
・・・しまった。
そう思った僕はすぐに目線を本に落とそうとしたが、その瞬間、教室の窓の隙間から風がブワっと入り込み、彼女のスカートがはらりと揺れ、僕はそれを目撃してしまった。
たしかこれが19回目くらいの出来事だ。
僕がこの教室から出ずとも、彼女の方からこの教室にやって来るというパターンもあるのか。
いよいよ策が付き始めた僕は、このタイムリープを楽しむことに決めた。
いつこのタイムリープが終わりを迎えるのか分からないが、いつかは終わりが来るのも間違いないはずだ。
であるならば、今のうちにこのタイムリープを利用して今までに出来なかったことをやってみようと思ったのだ。
とはいえ、この学校でやりたいこと自体があまりないというのもまた事実であった。
とりあえずは購買の飯を全種類食べてみるという密かな願いは49回目のタイムリープで見事に達成できたが、その他にやりたいことが一つも見つからなかった。
・・・いや、一つだけあるな。
記念すべき50回目のタイムリープ
僕は彼女の姿を見つけると、彼女が僕にパンチラをするよりも前に彼女に声をかけた。
「あの、清野さん」
突然声をかけられた彼女は、驚いた様子でこちらを振り返った。
「今ちょっと時間ありますか?」
「今?別に大丈夫だけど、どうしたの?」
彼女は友人たちと購買へ向かう途中であった。
彼女の友人たちは僕に気を使って、「先に行ってるね」と言った。
だが、僕は彼女の友人達に、「あ、すぐに終わるんでお気遣いなく。本当すぐに終わるんで」と言った。
僕が今からしようとしている事の結末は、べつにそれをわざわざ実行しなくても最初から分かっていた。
それならわざわざこんなことをする必要が無いじゃないかと思うかもしれないが、それはまぁせっかくのタイムリープなので、どうせ無かったことになるなら一度くらいは良いんじゃないかというくらいの軽い気持ちだ。
「それで、どうしたの?私に何か用でも?」
彼女とは高校1年の時に同じクラスだった。
その時に数回だけ、彼女と会話をしたことがあった。
いや、あれを会話と言っていいのだろうか。
「消しゴム貸して」とか、「教科書見せて」とか、彼女から何回か話しかけられ、僕は黙って消しゴムを貸したり教科書を見せたりした。
僕から彼女に話しかけたことは一度も無かった。
彼女と話したのは、数回だけ。
一年間のうちで、たった数回だけだった。
「僕と付き合ってくれませんか?」
本来であれば、告白というのはもっと感情を高ぶらせて、一世一大の覚悟を決めて行うものなのだろう。
しかし、僕のこの告白も結局は無かったことになってしまう。
どうせタイムリープしてしまうのだから、どんなに勇気を振り絞って素敵な告白をしたところで、結局は体力と気力と知力の無駄遣いになってしまう。
それに、この結末だけは最初から分かっている。
彼女の口から出てくる言葉が「ごめんなさい」だということは、こうしてわざわざ彼女に直接聞かなくとも分かっていた。
それでも、彼女の気持ちだけは知っておきたかった。
彼女が僕のことをどう思っているのかだけは、知っておきたいと思ったのだ。
「いいよ、付き合お。ってか遅すぎ。何回繰り返すつもりだったのよ」
即答だった。
彼女が僕の告白をあまりにもすんなり受け入れるもんだから、告白した僕の方がテンパってしまって脳みそは完全にフリーズした。
「ねぇ、大丈夫?」
「・・・聞き間違いだったら申し訳ないんですけど、『いいよ』って言いました?『いいよ』っていうのは、つまり僕と付き合えるよっていう、そういう意味の『いいよ』ってことですか?いや、そうじゃないか。そっちの『いいよ』じゃなくて、『付き合わなくていいよ』って意味の『いいよ』ってことか。なるほどなるほど、そういうことか。それなら納得だ。なるほどなるほど。え?繰り返すってどういう意味ですか?」
「それはこっちの話だか気にしなくていいよ。それより、本当に大丈夫?顔、真っ赤だけど」
「・・・大丈夫です。すいませんでした。ちょっと頭を冷やしてこようかと思うので、これで失礼します。それでは」
僕は逃げるようにその場から立ち去ろうとしたが、そんな僕の腕を彼女が掴んで言った。
「で、結局どうするの?付き合うの?付き合わないの?」
「・・・付き合います」
すると彼女は真顔で、「うん、分かった。ところで一つ聞きたいんだけど、どうして私なの?なんで私を好きになってくれたの?」と僕に尋ねた。
こんな時、なんと答えるのが正解なのだろうか。
『顔がタイプだから』というのはあまりにもストレート過ぎるのか?
だからって、『性格が良いところ』というのも当たり障りがなさすぎて嘘みたいに聞こえてしまうんじゃないか?
何と答えるのが正解か分からなかった僕は、黙ったまま彼女の全身をじっと見つめた。
すると、よりにもよってこんなタイミングで、何十回も見てきた彼女のパンチラが脳裏によぎった。
いやいや、さすがに『パンツが好きです』というのは変態が過ぎるだろう。
そもそも『パンツが好き』という回答は、彼女の質問の答えにすらなっていない。
「脚です。清野さんの脚が好きです」
・・・やってしまった。
パンチラの事ばかり考えて彼女の下半身に意識が行き過ぎてしまった人間の、どうにかパンツというキモい回答だけは避けなければと必死に頭を回転させた結果がこれだ。
テンパっていたとはいえ、さすがに『脚』という回答はヤバすぎる。
『脚が好き』は『パンツが好き』と競り合えるくらいキモイ回答だ。
終わった。
完全に嫌われた。
告白して一分も経たないうちに嫌われた。
僕はこの人生最大の誤答をなんとか弁明しようと、
「違うんです!そういう意味じゃなくて、脚が好きっていうのはつまり、そういう気持ち悪い意味じゃないんです。つまり、その・・・」
必死に取り繕うとしたが、流石にここまでの盛大なやらかしを僕のIQと言語力だけで弁明するのは不可能であった。
僕は恐る恐る彼女を顔を見た。
すると、彼女の表情は僕の想像していたものと真逆のものだった。
「なにそれ、ヤバ!もしかして君って変態なの!?」
彼女はケラケラと大声で笑いながら、笑顔で言った。
彼女のあんな顔、初めて見た。
今までずっと彼女のことを遠くから見ていたけれど、彼女がこんな表情をしているところは一度も見たことが無かった。
そしてその表情が僕に向けられたものだということが、なんだかとても嬉しかった。
「あ、そうだ、今日の放課後一緒に帰ろうよ。いいでしょ?それじゃあ、また後でね」
そう言って、友人達と一緒に購買のある方へと姿を消してしまった。
それからしばらくの間、僕はその場で馬鹿みたいにフリーズしていた。
思考が追い付かないどころか、完全に停止してしまっていた。
そして昼休みが終わるチャイムが学校中に響き渡るのを聞いて、ようやく我に帰ることが出来た。
「・・・まだ、パンチラ見てないや」
結局、それが僕にとっての最後のタイムリープだった。
その日から、僕は清野紗良紗と付き合うことになった。
あのタイムリープは一体何だったのか、それは今でも分からない。
でもまぁ、あのおかげで彼女と付き合えるようになったのだから、結果オーライだろう。
むしろ、あの後もまだタイムリープが続いていたらと考えると、今でもゾッとする。
あの後もまだタイムリープが続いていたとしたら、彼女に告白しようという気持ちすら薄れていったに違いない。
何はともあれ、あれが僕にとっての最後のタイムリープになって本当に良かった。
・・・ん?僕にとっての?
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