50.残念令嬢、巻き込まれる
こうしてフレデリックの行方不明事件は、釈然としないながらも解決したかに見えたが――。
庭師のチャドが他殺体で見つかったのは、その翌日のことだった。
「といっても、まだ確定ではないのだが……」
早朝からノルデンブルクの巡察隊に駆り出されていたイサーク様は、珍しく歯切れの悪い口調だった。
「発見された死体は、指名手配中の結婚詐欺師チャドウィック・ベントン、通称〈
死体の掌から出てきたものだ、と見せられたのは、黒っぽい染みのついた銀ボタンだった。
よくよく見れば、表面に飾り文字の「S」の刻印がある。
「お屋敷のお仕着せについているのと同じものです!」
ルシールが驚いた声を上げた。
ルシールと私は今、ノルデンブルクの巡察隊本部にいる。
隣室には、チャドのものとおぼしき死体が置かれているという。
「ソロン家に関係のある品物を所持していたことと、死体の左目の下にほくろがあったことから、屋敷の使用人たちに聞き込みを行ったのだが……」
いざ詳細に訊いてみると、グリムス夫人を筆頭に、臨時雇いの庭師の顔などきちんと憶えている者はいなかった。
唯一、ルシールだけが生前のチャドと何度か話したことがあり、その関係で死体の身許確認を依頼されたのだ。
「若い娘さんにこんなことをお願いするのは、まことに心苦しいのだが……」
「大丈夫です。死体を見るのはこれが初めてじゃありませんし」
明るい声で言ったルシールだったが、振り向いて私を見たときには、困ったように眉を下げていた。
「ていうか、私は一人でも全然平気でしたのに。お嬢様まで来ていただくことになるなんて……」
「いやいや、私はあなたの雇い主だからね? 保護者みたいなものだからね?」
これでも中身は
「――では、どうぞこちらへ」
巡察隊の騎士と、イサーク様について隣室に入る。
がらんとした部屋の中央に台があり、灰色の毛布に覆われた人型のふくらみが載っていた。
イサーク様が先に立って台に近づき、毛布の上部をめくってこちらを振り向く。
彼女の頭越しにちらりと見えた男の顔は、かなり後退した額の一部が不自然な緑色に変わり、唇も暗緑色に染まっていた。
前世の葬儀で見た祖父や祖母の死顔とは全然違う、明らかに尋常ではない方法で死んだとわかる人の顔だ。
「はい、チャドさんです。間違いありません」
ルシールの声に我に返ると、死体はすでに毛布に覆われ、イサーク様が私たちの背中を優しく押すようにしながら、ドアのほうに誘導してくれていた。
そのまま、元いた部屋も素通りして建物の外に出ると、そこはもうノルデンブルクの街中だ。
このあたりは前世でいえば官庁街になるのだろうか。涼しげな噴水を囲む広場のあちこちに、飲み物や食べ物を売る屋台が並び、お昼時が近い今、長いローブを羽織った文官らしき人々や、軍服姿の騎士たちが思い思いにくつろいでいた。
「二人とも、気分が悪くなったりしていないだろうか」
心配そうにのぞきこんでくるイサーク様に、揃って首を横に振る。
「もう少ししたら迎えの馬車を手配するが、それまでここでしばらく休んでいくといい。屋内より気が晴れるだろう」
そう言うと、イサーク様はすたすたと屋台の方へ歩いていった。
すらりとした長身に、街路樹の木漏れ日を浴びてアッシュブロンドがきらきらと輝く。
「恰好いいですよねえ……」
ほっと息をついてルシールが言った。
ええ、と私も素直に相槌を打つ。
「チャドさんね、あんなふうに生まれたかったんですって」
「え?」
噴水の縁に腰かけたルシールは、何かを思い出すように、ぽつりぽつりと話しだした。
「チャドさんも私と同じ、貴族の庶子なんです。金髪に生まれてさえいたら、家を継ぐチャンスもあったのにって言ってました。だから髪をブロンドに染めて、貴族の女を片っ端から口説きまくって、あと少しで結婚ってとこまでいったのに……」
――そいつも庶子だった。騙してやがったんだ、俺のことを。
チャドはそう言っていたそうだ。
「ええ? でも、それって……」
「そうなんですよ! お前が言うなって話ですよね!」
だからバチが当たったんですよ、きっと。
そう言うルシールに頷きながら、私は全然違うことを考えていた。
結婚詐欺師が庭師に化けて、お祖父様の屋敷で一体何をしていたのだろう?
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