49.残念令嬢と不審な帰宅

「やっぱり、まだ帰ってないそうです」


 外の様子を見に行ったルシールが、息を切らせて戻ってきた。


「ついてないわねえ。こんな日に限って、ご家族が全員留守だなんて」


 ため息まじりにカミーユが言う。

 マルコム兄様とデイヴィッド、それにカメロン兄様は、グイード叔父様に誘われて、今朝から狩りに出かけていた。

 ベアトリス様は隣接する領地の伯爵夫人のお茶会に、エレインは領都に出かけており、本館に残っていたのは、フレデリックを除けば使用人たちだけだったという。

 

「ちなみに辺境伯閣下は?」

「領内の巡回裁判から、まだお戻りではございません」


 イサーク様の質問に、グリムス夫人が丁重に答える。

 ソロン辺境伯であるお祖父様は、毎年この時期に領内を回り、地元の判事には裁けないような大きな訴訟に裁決を下すのだ。


 私たちは、本館東棟の応接室に詰めていた。

 日が落ちてもフレデリックが戻らず、半狂乱になったグリムス夫人が、幽霊屋敷に滞在中のイサーク様に助けを求めたからである。

 脱税・密輸取締局の筆頭捜査官であるイサーク様は、


「国境に近い辺境領は、奴隷売買目当ての人買いも多いから」


 と快く助力を引き受けてくださったのだが……。

 私の客人ということになっているイサーク様を一人で行かせるわけにもいかず、同行を申し出たところ、

 

「必要なら騎士団にも連絡しよう」

 とカイル様が、

「私も何かお役に立てば」

 とシルヴィア様が。

「やだ、アタシを一人で置いてく気?」

 とカミーユまでついてきてしまい、メリサとルシールも合わせると、結構な大人数になってしまった。


「さて、フレデリック君だが――」


 ひとつ咳払いをしたイサーク様が、これまでに聞いた話をまとめ始める。


「今日の昼過ぎ、家庭教師が席を外した隙に子ども部屋からいなくなった。最初のうちは、いつものように勉強が嫌で抜け出したのだろうと思っていた、という認識でいいだろうか」


 グリムス夫人が沈痛な面持ちで「はい」と頷く。

 

「こういうことは以前もちょくちょくございましたので。屋敷内は一応探させましたが、見つからなくても、お茶の時間には大抵お戻りになるからと、さほど心配しておりませんでした」

 

 ところがお茶の時間を過ぎてもフレデリックが現れなかったため、グリムス夫人は使用人に命じて屋敷の外も探させた。

 すると、庭師の一人が、大柄な男と連れ立って雑木林に入っていくフレデリックらしき少年を見たと言い出したのだ。

 慌てたグリムス夫人は領都のエレインに使いを走らせ、幽霊屋敷に怒鳴り込んできたというわけだった。

 けれど、私たちも協力して幽霊屋敷はもちろん、雑木林も隅々まで捜索したにも関わらず、フレデリックは見つからなかった。

 

「よろしい。フレデリック君は6歳、やや小太りで背丈は4フィート。髪と目の色をお聞きしても?」

「お目は茶色、おぐしは癖毛で緑がかったブロンドでございます」

「えっ、緑?」

「そうですが、何か?」


 声を上げたのはカミーユを、グリムス夫人がじろりと睨みつける。

 カミーユは慌てたようにぷるぷると首を横に振った。


「あっ。べ、別に、何でもないわ。そうよね。まさかそんなこと……」


 口の中でごにょごにょ言っているカミーユをよそに、イサーク様が話を進める。

 

「あとは、フレデリック君と連れ立って歩いていたという『大柄な平民の男』だが……、その男を見たという庭師の話は聞けるだろうか」

「もちろんでございます」


 グリムス夫人は手を叩いて従僕を呼び、庭師を連れてくるように指示を出した。

 ところが――……。


「なんですって? チャドがいない?」


 グリムス夫人の大声に、私たちはいっせいにそちらを見る。

 従僕によれば、くだんの庭師は「坊ちゃんを探しに行く」と出ていったきり姿が見えず、念のため使用人部屋を探したところ、荷物も服も消えていたという。


「ということは、その庭師がフレデリック君をさらった犯人か」


 カイル様の言葉に、イサーク様が頷いた。


「おそらく。フレデリック君が消えてから、わざわざ一度屋敷に戻ってきているところから、複数犯の可能性もある。となると、『雑木林に入っていった』という証言は時間稼ぎのための嘘だろう。全員の目が雑木林に向いているうちに、別の方角に逃げたのだ」

「計画的な犯行ですわね」 


 イサーク様が「ほう」という顔で私を見た。


「その通りだ。そのチャドという男はいつからここに? 外見的な特徴はなかったか?」

「雇い入れたのは十日ほど前でございます。毎年、この時期はお庭の冬支度のために、臨時雇いの庭師を増やしますので。外見は……ありふれた平民の男、としか。中肉中背、赤褐色オーバーンの髪、若くもなく年寄りでもなく……」

「あのう」


 ふいにルシールがおずおずと手を上げた。


「チャドさんは、左目の下にほくろがありました。それと、何となくなんですけど、あの人は――」


 だがそのとき、突然、応接室の扉が勢いよく開いた。


「一体、何の騒ぎですの!?」


 エレインだった。尖った声で言いながら、外出着のコートもそのままに、つかつかと室内に入ってくる。

 男性陣が、慌てて椅子から立ち上がった。

 

「レディ・エレイン!」

「奥様!」


 エレインは刺すような眼差しで順繰りに私たちを――主に私と侍女たちをにらみつけ、次いでその目をグリムス夫人に向けた。


「説明なさい、グリムス」

「あの、その、フレディ坊ちゃ……フレデリック様のお姿が、昼過ぎから見えなくなりまして。それで、あの、別館にご滞在中のグスマン閣下に捜索をお願いしようと――」


 それを聞くなり、エレインは「ほほっ」と甲高い笑い声を上げた。

 

「まあ、そうでしたの? 申し訳ございません、閣下。うちの者がとんだ失礼を」

「いや、失礼などと。ご子息が行方不明になったのです。さぞご心配でしょう」

「いいえ? 息子はちゃんとここにおりますけれど?」

「「「……!?」」」


 驚きに顔を見合わせる私たち。

 だが、エレインが外の廊下に向かって「フレディ!」と呼ぶと、見覚えのある小太りな少年が、頭にはぐるぐる巻きのバスタオル、身体はぶかぶかのバスローブを着込んだ姿でふらふらと入ってくる。


「フレディ坊っちゃま! 一体、今までどこにいらしたのです?」

「……ノルデンブルク……ふわぁ……」


 欠伸混じりに答える息子を、エレインはぎゅっと抱き寄せた。


「この子ったら、急に私に会いたくなったみたいで、領都まで一人で歩いてきたんですのよ。それで全身どろどろになってしまって……ね、坊や?」

「んー…………」

 

 そう言う間にも、フレデリックはひっきりなしに欠伸をしたり、目を擦ったり、今にも眠り込んでしまいそうだ。

 エレインは従僕に合図すると、ぐんにゃりしたフレデリックを寝室に運ぶように言いつけた。


「そういうわけですので、お騒がせしてしまって申し訳ございません。このとおり息子は無事ですので、どうぞご安心くださいな」

「それはよかった。しかしマダム、他にも二、三、お伺いしたいことが……」

「あら、いやだ。もうこんな時間!? 皆様、遅くまでお引き留めしてしまって、何とお詫びを申し上げていいか……。今夜のところは、失礼させていただいてもよろしいかしら? 私も少し疲れて頭痛がいたしますの」


 そう言われてしまえば、イサーク様もカイル様も引き下がらざるを得ない。

 何ともいえず、すっきりしない気持ちを抱えながら、私たちはぞろぞろと幽霊屋敷に引き上げていった。

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