47.残念令嬢のゲストたち
乙女ゲーム『
そこには〈出会いの泉〉というイベントスポットがあり、私はそこではからずも懐かしい人々と再会した。
そして――……。
革と木材が軋む音に、男たちの荒い息遣いが混じる。
「く……っ! こ、これはなかなか……」
「きついですか?」
「いや。大丈夫だ……っ」
「無理しないでくださいね。初めての時は、痛かったり辛かったりするのが当たり前なので」
「あぁん、もうダメぇっ! 許してっ! 死んじゃう――っ!」
「はあ? 何このくらいで音を上げてるの? お願いだからやらせてくださいって頼んできたのはそっちでしょ?」
「ううっ、鬼だわ。鬼がいるわ……!」
「はいそこ、お尻が落ちてる。背中まっすぐ! あと10秒!」
〈強者の鐙〉に足首を通し、プランクの姿勢で体幹をぷるぷるさせている男たち。
私はその前に腕組みをして立ちはだかり、残り時間をゆっくり数える。
「……5、4、3、2、1。はい、お疲れ様でしたー!」
何ともいえない呻き声とともに、どっと床に倒れ込んだのは、向かって右からイサーク様、カミーユ、デイヴィッド、それにカイル様だ。
「はあい、こちらに冷たい飲み物がありますよー」
「タオル欲しい方、いらっしゃいますかー?」
ベンチに座って見物していたベアトリス様とシルヴィア様が、にこにこしながらやってきた。
その後から、タオルや自家製のスポーツドリンクを載せたワゴンを押して、メリサとルシールがつき従う。
「いきなり押しかけてすまなかったね、リドリー嬢」
前世の「体操のお兄さん」さながら、見事に引き締まったボディを見せつけながら汗を拭いているのは、王宮騎士団第三部隊長のカイル様だ。
「だが、カントリーハウスに鍛錬場を作ったと聞いては、ひと目見ずにはいられなくて」
と、相変わらずの脳筋ぶり。日頃の訓練の賜物だろう、かなりきつめのメニューにしたのに、四人の中では一番元気そうだ。
「リブリア公園の時も思ったが、貴女はずいぶん活発な女性なのだな」
そう言うイサーク様も、激務で鍛えられているのだろう。いわゆる細マッチョ体型で、一息入れた今は、早くも余裕の表情だ。
「あぁん。せっかく若いコとイケメンに挟まれて絶好のポジションだったのに! 全然見てる暇がなかったわっ!」
と身悶えして悔しがっているカミーユは、自業自得だから放っておくとして。
ちょっと意外だったのは、マルコム兄様とベアトリス様の息子、つまり私にとっては甥にあたるデイヴィッドが、
「僕もやらせていただいていいですか」
と仲間に入ってきたことだった。
珍しいこともあるものだと思ったけれど、その謎は、彼がシルヴィア様からタオルを受け取った時の顔を見た時に氷解した。
十八歳の男の子が精一杯背伸びして、何でもなさそうに振る舞ってるけど、ほんのり染まった耳たぶや、シルヴィア様を後追いする視線でバレバレだ。
もっとも当のシルヴィア様は、そんなデイヴィッドには目もくれず、私の方に真っ直ぐ駆け寄ってきたのだが。
「素敵ですわ、パトリシア様!〈強者の鎧〉って、こんなふうに使うものでしたのね!」
「ええ。元々は自分用に作ったものでしたけど、騎士団の皆様にも愛用していただいているそうで何よりですわ」
「私もやってみたいですけれど……」
シルヴィア様はちらちらと、私と〈強者の鎧〉を見比べている。
「いいですよ。それじゃ次回は私とシルヴィア様とで女性向けのメニューを一緒にやってみましょうか」
途端にシルヴィア様の顔がぱあっと輝いた。
「まあっ! よろしいんですの?」
「もちろんですわ。ただし、その時はもう少し動きやすい服が必要になりますけれど……」
シルヴィア様が今日着ているのは、カミーユがリメイクした〈パトリシア〉のお姫様ドレスだ。めちゃくちゃ似合っているけれど、トレーニング向きでは決してない。
ちなみに私はといえば、当然のように今日もカミーユ特製のスポーツウェアである。スティールグレーにショッキングピンクのラインが入った初代ドレスは大分緩くなったので、今は涼しげな白の地に紫のラインの入った二着目を着ていた。
「パトリシア様のそのドレスも素敵よねぇ。私も一着作ってご一緒しようかしら」
というベアトリス様の言葉に、私はカミーユを振り向いた。
「……だそうよ。早速注文をいただけそうだけど、カミーユはこの街に何しに来たの?」
「ああ、それね。マーセデスからの品物がしばらく入って来ないかもってダリオに聞いたものだから。今のうちに染料を買いつけておこうと思って、カルヴィーノ商会の馬車に便乗させてもらったの。ドレスの注文は大歓迎よ。その分、買い付け費用も稼げるし。ただし宿では作業できないから、仕立ては王都に戻ってからになるけれど……」
「なら、ここに泊まったら?」
「ええっ⁉︎」
私の言葉に驚くカミーユ。
「構いませんよね、ベアトリス様? 幸い、この館なら部屋もたくさん余ってますし」
長らく放置されてきた幽霊屋敷だ。空いた寝室を自分で掃除して使ってもらえば、手入れもできて一石二鳥というものだろう。
「そうねえ。その方がドレスも早く仕上がるでしょうし、お館様には私から話を通しておきましょう」
ということで、ベアトリス様の許可も取れたのだが。
つんつん、とシルヴィア様が私の袖を引っ張った。
「パトリシア様ぁ……。でしたら、私もここに泊まりたいですわ」
「おうっふ」
私は思わずのけぞった。
上目遣いのおねだりポーズが、破壊力満点に愛らしい。
「いや、でもここはご覧のとおり、お客様をお泊めできるような環境ではなくてですね……」
むっさい髭マッチョのカミーユを泊めるのとはわけが違う。
けれどシルヴィア様は、
「パトリシア様と一緒なら、あばら屋だってかまいませんわ!」
と両手を握りしめて力説し、あろうことかカイル様まで、
「そうだな、ここなら好きなときに鍛錬できそうだし……」
と物欲しげな眼差しを私に向ける。
さらにはイサーク様までが、
「国境の周辺を見張るなら、領都の官舎よりここのほうが都合がいい」
などと言い出したため、私は助けを求めてベアトリス様を振り向いた。
ところが……。
「そうですわね。どのみちブルクナー様のご一家は毎夏お招きしてますし、グスマン閣下にご逗留いただけるなんて光栄ですわ」
「でしたら、せめてイサーク様だけでも本館のほうに……」
という私の声は、「きゃーっ!」と私に抱きついてきたシルヴィア様の歓喜の声に掻き消された。
「嬉しいですわ、パトリシア様! この夏はたくさん遊んでくださいませね!」
「お……おうふ……」
暴力的な可愛さの前に、私はこくこくと頷くしかなかった。
そして。
イサーク様とカイル様、それにデイヴィッドの三人が、そんな私たちを複雑な顔で見守っていることには、さっぱり気づいていなかったのだ――。
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