【幕間】残念令嬢と初めてのワルツ
(くそ、くそ、くそっ!)
〈離塔〉の螺旋階段を駆け下りながら、ロッドは胸の中で繰り返し毒づいていた。
(よりによって
長い螺旋を下りきり、地階にさしかかったあたりで、ロッドはようやく立ち止まる。
(そうとも。あのデビュタントの時だって――)
◇◇◇
会食の席は、当然ながら、車椅子の令嬢ロザリンドの話題でもちきりだった。
おかげでパトリシアの萎れたブーケも、平民のロッドの存在も、一時的に忘れられている。
(よし。勝負はここからだ)
ロッドは気合を入れ直し、宴席にずらりと居流れた錚々たる顔ぶれを見渡した。
(外務大臣のリドリー閣下とマルコム様はご欠席か。大法官のフェロ侯爵にはぜひご挨拶したいところだが、リドリー嬢より身分が高い。ということは、まず孫娘のロザリンド嬢に挨拶させて繋いでもらうのがいいだろう。ブルクナー騎士団長も顔を見せているな。同学年のカイルが来ているようなら、あいつに紹介してもらおう。財務官のイサーク・グスマンは侯爵家の嫡男だが、爵位がないということは、こちらから話しかけてもマナー違反にはならないか? 紋章官のシェルダン卿は……法務長官のメネゼス閣下は……)
隣で小さなため息が聞こえ、ロッドはあやうく舌打ちしそうになった。
(いやいや。今、この女の機嫌をこれ以上悪くするわけにはいかない)
ロッドは、自分の容姿がそれなりに整っており、結婚相手としてはともかく、恋人としてなら申し分なく魅力的に映ることを知っていた。
実際、王立学院時代から今に至るまで、一夜の相手に困ったことはない。
「リドリー嬢。ブーケのことは、本当に申し訳ありませんでした」
心底すまなそうな表情を作り、隣に座る令嬢の顔をのぞきこむ。
「……もういいわ。今さら取り返しもつかないし」
拗ねたようにつぶやく令嬢の右手を、テーブルの下でそっと握ると、太った肩がびくっと跳ねた。
「いいえ。このままでは私の気が済みません。どうか私に名誉挽回の機会をいただけませんか?」
上目遣いにおずおずと笑みを浮かべて見せれば、パトリシアの頬がみるみる赤く染まっていく。
(――はっ。ちょろいもんだ)
「ば……挽回? どうやって?」
「ワルツです」
自信たっぷりにロッドは言った。
「この後、10時に始まる舞踏会で、貴女を会場の華にしてさしあげましょう」
◇◇◇
王立学院に入ったロッドは、全ての教科で完璧を目指した。
その中には当然、ダンスの授業も含まれる。
中でもワルツは、王宮夜会では必ずといっていいほど踊られるため、ことのほか熱心に取り組んだ。
その甲斐あって、普段は彼を平民と見下す女生徒たちでさえ、ダンスの時間には競って彼と組みたがったものだ。
パートナーの女性を美しく引き立てる踊り方なら、ロッドには絶対の自信があった。
――のだが……。
「痛っ!」
最初の一歩で、いきなりリドリー嬢が小さく悲鳴を上げた。
踏み出す足を間違えたせいで、ロッドに足を踏まれたのだ。
「失礼」
こんなところで間違うか? と内心あきれながらも、礼儀正しく謝っておく。
何といっても、今日は彼女のデビュタントだ。まあ緊張もするだろうさ。
だが、その後も彼女は間違いを連発し、互いの膝はぶつかり合い、ロッドも何度か足を踏まれた挙句、一度などホールドに失敗してあやうく転倒するところだった。
気がつけば、二人は悪い意味で注目を集め、周囲で失笑が起きている。
「ご……ごめんなさい。あの、私、ダンスは本当に苦手で……。先生は、とにかく両方の足を交互に出せばそれでいいからって……」
そのレベルかよ! だったら先にそう言えよ!
内心で絶叫しつつ、ロッドは絞り出すように「わかりました」とうなずいた。
「それで結構です。この後は、僕の言う通りに動いてください。右、左、右、左。回って。下がって。右、左、うおっ⁉」
がくっ、とリドリー嬢が足首を捻った感覚があった。
慌てて支えようとしたが間に合わず、リドリー嬢は派手に転倒。その勢いのまま、磨き抜かれた床を滑って観客の中に突っ込んでいった――。
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