15.残念令嬢、奔走する

「ご無沙汰しております、パトリシア様。このたびは素敵なドレスを何着も贈ってくださって、本当にありがとうございます!」


 ぱあっ、と音がしそうにまぶしい笑顔。

 兄と同じダークブロンドに榛色ヘイゼルの瞳をしたシルヴィア嬢は、活発さの中にも育ちの良さが窺える、妖精のような美少女だった。

 着ているのは、私が贈ったサンプルのひとつ、コーラルピンクのワンピースドレスである。

 全体的にごてごてとついていたレースやリボンを取り外し、すっきりした上半身にはワンポイントのコサージュだけ。その代わり、下半身はアシンメトリーな襞飾りティアードをいくつも重ね、すっと入った切れ目から、クリーム色のレースが滝のように流れ落ちている。

 少女趣味でありつつも、どこか気品のあるデザインだ。


「気に入っていただけたようで何よりですわ。でも、そちらはオーダー見本のつもりでお送りしたものなので……。サイズは大丈夫でしたかしら?」


 サンプルはどれもシルヴィア様が着ることを前提に作られているが、デザインが気に入ったらオーダーしてね、というつもりで作ったので、サイズはかなり適当だ。

  

「……実は、あちこち少し緩かったのですけど、あまりに素敵だったので、思わず着てきてしまいました」


 てへっ、と肩を竦める姿も愛らしい。

 と、部屋の隅から、すんと鼻を啜る音が聞こえた。

 ブルクナー兄妹が入ってきた時から、壁際に控えていたカミーユだ。


(よかったね。今度こそちゃんとシルヴィア嬢にドレスを作ってあげられて)

 

「でしたら、ちょうど今、そのドレスを仕立てた者が来ております。よかったら、この場で調整していかれます?」


 私は、兄妹にカミーユを引き合わせる。


「ご紹介しますね。こちら、最近リドリー家御用達になりました裁断師クチュリエのカミーユです」


◇◇◇


 シルヴィア嬢は、カミーユの顔を覚えていた。

 なので、去年ブルクナー家のマナーハウスで起きた出来事を話したところ、いたくカミーユに同情したらしい。サンプルとして贈ったドレス全部の他に、建国祭用のドレスまで注文してくれた。

 さらに、サンプルはどれも私のドレスの縫い直しリメイクなので、お直し代はこちらで持ちますと言ったら、カイル様まで恐縮して騎士服一式をオーダーしてくれた。


「すごいじゃない! これでブルクナー家御用達も名乗れるようになったわよ!」


 兄妹が帰っていった後、私は「やったね!」とカミーユを振り向いたが、カミーユはなぜか浮かない顔をしている。


「どうしたの?」


 どこか具合でも悪いのだろうか。心配して顔をのぞきこむと、今や顔面蒼白になったカミーユはひと言、


「足りないわ」


 とつぶやいた。


「足りないって、何が? 時間? ……あ」


 訊きながら、はっと思い当たる。


「材料ね……」


 サンプル用の生地やレースは、私のドレスをばらして調達できたけど、今回は新規のオーダーだ。

 生地から何からすべて新品を用意して、注文主に一から選んでもらわなければならない。

 お父様のために用意した生地は男物だし……。


「いいえ、材料のあてならあるの。ダリオが建国祭をあてこんで大陸から買いつけた絹やレースが、今日にも倉庫に着くはずよ。だけど……」


 その先は言われなくてもわかる。

 お金だ。

 お父様の式典服の代金があれば、次の素材を買うことができる。

 だけど、それが支払われるのはまだ先だ。

 そして、シルヴィア嬢のドレスは、すぐにでもデザインを決めなければ建国祭に間に合わない。


「私のドレスを売ったお金が、まだ少し残っているけれど……」


 十万シルくらい。と言ったら、カミーユは力なく首を横に振った。

 ドレス用の素材だけでも、全ての色を買い揃えるなら、一千万は要るという。


「でも、今回は全部の色は要らないわ」


 シルヴィア嬢の肌色は黄味よりイエベのクリーム色だ。

 しかも、今回は建国祭用のドレスだから、選ばれそうな色はおのずと限られる。

 クリームイエロー、イエローグリーン、ベージュ、サーモンピンク、オレンジなど、ソフトで華やかな色を中心に揃えていけばいい。

 私の言葉に、カミーユは一瞬顔を上げたが、すぐまたがっくりとうなだれた。

 

「かもしれない。でも、それだって三百万くらいは必要よ」

「三百万……」


 ……とは、どのくらいの金額なのか。

 伯爵令嬢パトリシアとして何不自由なく生きてきた私には、正直、この世界の通貨の価値がわからない。


「私のアクセサリー……は、売れないのよね……」

 

 前回、私のドレスを売ったとき。

 大量のドレスを運ぶのに、馬車が必要だったので、ピアースに理由を話して用意してもらった。

 その時、ピアースに言われたのだ。


「ドレスや靴は、お嬢様の物ですからお好きになさってかまいません。ですが、家具や宝飾品は、すべてリドリー家に代々伝わる物でございます。ゆめゆめ売却などなさいませぬよう……」

 

 私は、唇を噛んで考えこんだ。


「ダリオにはきかないの?」

「〈メゾン・ド・リュバン〉みたいな老舗ならともかく、アタシなんかじゃ到底無理よ。店の名前すらないんだもの」


 カミーユの店は市場の露店にすぎず、そこでリメイクした古着を売ったり、簡単な仕立てを請け負ったりして暮らしを立てているという。


「でも、リドリー家とブルクナー家から注文を取れたでしょう? それは信用にはならないかしら」

「その家の誰かが保証してくれればね」

「あら。だったら簡単じゃない!」


 私は、一気に肩の力が抜けるのを感じて声を上げた。


「私が保証すればいいんでしょ?」


 カミーユが、張り裂けんばかりに目を見開く。


「え。……い、いいの?」

「いいに決まってるじゃない!」


 カミーユったら。もっと早く言ってくれれば、こんなに悩まずに済んだのに。

 そうと決まれば、すぐにでも、ダリオのところに行かなくちゃ。

 この前の感じからすると、今ごろ商会の倉庫には、大勢の商人が仕入れに押しかけているに違いない。

 そして、その中にはバスケスもきっと来ているはず。

 

「ほら、急いで、急いで! いい品をバスケスに取られたくないでしょう?」


 何で貴族のお嬢様が、とか、アタシなんて傭兵上がりのごろつきなのにとか。

 まだぶつぶつ言っているカミーユを引きずるように、私は部屋を飛び出した。

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