14.残念令嬢と式典服

「着心地はいかがでしょう、閣下。ご不快なところはございませんか?」

「いや、大丈夫だ」

 

 全身が映る鏡を前に、礼服姿で立っているのはお父様だ。

 王宮の公式行事で廷臣たちが着る式典服は、白いレースの襞飾りジャボット膝丈のズボンニー・ブリーチにストッキング、そして、銀糸の刺繍で飾られた黒紋織りゴブランのシルクのガウンと決まっている。

 全員がまったく同じデザインの服を着るため、王の御前に居並ぶと、仕立ての良し悪しが露骨にわかってしまうそうだ。


「だが、前の服もまだまだ着られるのに……」


 と渋るお父様を、


「旦那様。前にお仕立てになってから、すでに十年も経っております」

「外務大臣ともあろうお方が、虫食いのガウンを繕ってお召しになるのはいかがなものかと」

「それに、お父様には黄味よりイエベの黒より、青味がかったブルベ黒のほうが断然お似合いになるわ!」

 

 と、ピアースとアトキンス夫人と私の三人がかりで説得し、ようやく今度の建国祭を機に新しく作ることになった。


「……どうだろうか」


 外交ではあますところなく辣腕ぶりを発揮するお父様も、お洒落には無頓着というか、ぶっちゃけ、かなり苦手なようだ。

 私たちの前で鏡を直視するのが恥ずかしいらしく、さっきから微妙にそわそわと視線を泳がせている。


「恐れ入ります。襟元をお直しいたしますので、少々お顔をお上げください」


 渋いバリトンボイスと共に、うやうやしい手つきでレースの襞を調えるのは、額から後ろになでつけたピンクブロンドの長髪をうなじで束ねた美丈夫だった。シックなスーツに身を包み、ひざまずいてガウンの裾に待ち針を打つ真剣な横顔からは、これがあの縦ロールの髭マッチョとは到底思えない。


「まあ! 素敵ですわ、旦那様!」


 思わずといった様子でアトキンス夫人が声をもらせば、ピアースも、

 

「とてもよくお似合いです」


 と満足そうに頷いている。

 

「そ、そうか?」


 満更でもなさそうなお父様に、私も力強く頷いた。


「お父様はもともとかっこいいお顔立ちですもの。もっとちゃんと見せなきゃもったいないですわ!」


 そうなのだ。王国一の切れ者と言われる父は、クールな理系男子がそのまま歳を重ねたような、知性と落ち着きを感じさせるイケオジだった。

 こっちの世界にスマホがあれば、間違いなく王宮のインスタに毎日のようにアップされ、いいねがわんさかつきそうである。

 そんなお父様は、なぜか片手で口を覆い、立て続けに咳払いをしてから、


「で、では、このまま仕立ててもらおうか」


 と妙に早口で言ったのだった。


◇◇◇


 ちりん。

 冷えた果汁入りのフルートグラスを触れ合わせ、私とカミーユは乾杯した。


「やったわね! これであなたのお店も、晴れて外務大臣御用達よ!」

「本当に、何とお礼を言ったらいいか……」


 男装? のまま、ソファにかしこまったカミーユが声を詰まらせる。

 あの後、私は自分の居間にカミーユを招き、二人で祝杯を上げているところだった。


「私は何もしてないわ。カミーユの実力があれば、遅かれ早かれこうなったはずよ」

「いいえ。いくらアタシの腕が良くても、先立つものがなかったら、あれだけの生地は揃えられなかった。……でも、本当に良かったの? メリサって侍女のコに聞いたんだけど、アナタったら、クローゼットをほとんど空にしちゃったそうじゃない」


 心配そうなカミーユに、「あー、いいのいいの」と私はひらひら手を振ってみせた。


「どっちみち色もデザインも私には合わないものばかりだったし。お茶会にも夜会にも出ないから、よそ行きのドレスなんて、なくてもちっとも困らないしね」


 今回の材料費はすべて私が出した。

 今は平民向けの店を営むカミーユには、木綿や麻など安価な生地しか手持ちがなかったからだ。

 だが、お客が大臣クラスの貴族となれば、絹や天鵞絨ビロードやレースに始まり、真珠のボタンや金の留め金など、高価な素材が山のように必要になってくる。

 そこで、私は手持ちのロリふわドレスや靴を放出し、使えそうなものは素材として、使えないものはカルヴィーノ商会に買い取ってもらうことで、今回の費用を捻出したのだった。

 これでお父様から支払いがあれば、少しずつ運転資金もできてくるはずだ。

 欲を言えば、あともう少し貴族のオーダーが欲しいところだけど……。


「そういえば、シルヴィア様から何か連絡はあった?」


 ブルクナー家のシルヴィア嬢は、先日会ったカイルの妹さんだ。

 ダメ元で、カミーユがリメイクした私のドレスを何点か、サンプルとしてカイル経由で送っておいた。

 というのも、シルヴィア嬢こそ、パトリシアの好きなベビーピンクやら何やらのロリふわ服が、どんぴしゃで似合うタイプだと思ったからだ。

 気に入ってもらえれば、ブルクナー家からも注文が舞い込む――かもしれないが。


(問題は、パトリシアの紹介ってところよねえ……)


 社交界における私の信用はどん底もどん底だ。いきなりドレスなんか送りつけて、気味悪がられたらどうしよう。

 だが、その心配はどうやら杞憂だった。

 控えめなノックの音とともに現れたメリサが、私にこう言ったからである。


「お嬢様。ブルクナー家のカイル様とシルヴィア様がお見えです。お嬢様にぜひお礼をとおっしゃっていますが、お通ししますか?」

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