11.残念令嬢と縦ロール(後編)
「アタシが採寸したのは、騎士団長のお嬢さんじゃなかった」
そう言うと、カミーユはまっすぐ私を見た。私と、私がここしばらくずっと着ているダークネイビーのデイドレスを。
「あの日、たまたま泊まりに来ていた伯爵家の令嬢だったのよ」
「――つまり、私ね」
そうなのだ。
パトリシアの記憶によれば、ブルクナー家と我が家は昔から仲が良く、シーズンオフは互いの
去年もそれでブルクナー家に家族ぐるみで滞在していたのだが、その時、確かに採寸された覚えがある。
「でも、あの時採寸に来た人はもっと……」
めっちゃシュッとしたイケメンだった。
間違っても、レスラー体型に縦ロールの女装男子じゃない。
カミーユは手の甲を口に当て、「ほほほ」と笑った。
「やあねえ。お堅い騎士団長様のお屋敷に伺うんだもの。めちゃくちゃ気合入れて身体も絞ったし、お化粧だって落としていったわよ」
いや、それだけでそんなに印象変わる!?
私の内心のツッコミをよそに、「けど、わからねえな」と眉をひそめたのはダリオだった。
「どうしたらそんな行き違いが起きるんだ?」
ブルクナー家のお嬢さんに呼ばれたはずのカミーユが、なぜ私の部屋に案内されたのか。
「何もかもこの男のせいよ!」
カミーユは、ショッキングピンクに塗った爪を、ソファに縮こまるバスケスにびっと突きつけた。
「アタシがブルクナー家に呼ばれたことを知ったこいつは、同じ日に自分の店の人間をあの屋敷に送り込んだの。そして、本物のお嬢さんの採寸はそいつにやらせ、後から来るアタシは伯爵家のお嬢さんのところに案内するように、あらかじめ使用人たちに言っておいたのよ!」
あの日は大勢の人が屋敷に出入りしていた。
そんな中で起きた仕立て屋同士の行き違い……。
幸いカミーユにお咎めはなかったものの、シルヴィア嬢のドレスは結局〈メゾン・ド・リュバン〉が仕立てることになった。
失意のカミーユは、精魂込めて縫い上げたドレスも残したまま、逃げるようにブルクナー邸を後にしたのである――。
「だけど、何より辛かったのは、あの小さなお嬢ちゃんをがっかりさせてしまったことよ」
その時のことを思い出したのか、カミーユはすんと鼻をすすった。
黒のアイラインで縁取った大きな瞳に、うっすら涙が浮かんでいる。
「アタシの作るドレスを、あんなに楽しみにしてくれてたのに……」
「なるほどな」
話を聞き終えたダリオは、カミーユとバスケスを等分に見比べた。
「事情を聞けば、おまえの怒りももっともだ。それで、こいつをどうしたい? 裏の河に、重石をつけて沈めるか?」
バスケスが「ひいっ!」と悲鳴を上げてソファからずり落ちる。そのままずりずりとこちらに這い寄ってくると、私の膝に縋りついた。
「お、おたっ、お助けください、お嬢様! ここっ、このような者の言うことを、まさか真に受けられるのですかっ!?」
「うーん……」
私は、腕組みをして考え込んだ。
状況からみて、カミーユの言葉に嘘はないだろう。
だけど、バスケスを法的に裁くのはおそらく難しい。
低賃金で長年こきつかっていたことも、横領の濡れ衣も、すべて店の中だけで起きたことだ。証拠なんていくらでも捏造できるだろうし、それを覆すだけの知識も力も、今の私は持っていない。
ブルクナー邸で起きたなりすましの件だって、騎士団長にしてみれば、出入りの業者の間で起きた些細な事故に過ぎないわけで。今さら時間と手間をかけて調査し直してくれるかどうか……。
「……もういいわ」
カミーユが、ふいにそう言って立ち上がった。
「何もかも、今となっては済んだことよ。全部話したら、すっきりしちゃった。それにアナタ。伯爵家のお嬢さん……」
「パトリシア。パトリシア・リドリーよ」
私が名乗ると、カミーユは微笑んで優雅に一礼した。
「レディ・パトリシア。アタシのドレスを、そんなふうに素敵に着てくださってありがとうございます」
素敵? いや、素敵なのは間違いなくこのドレスのほうだ。
「これね。私の一番のお気に入りなの! 着心地はいいし、動きやすいし……」
言いながら、いいことを思いつく。
「だから、もっと作ってもらえないかしら。今日から、私の着るものは全部あなたにオーダーするわ」
「「えっ」」
カミーユとバスケスが揃って声を上げる。
「それ本当?」
「本気ですか、お嬢様!」
「もちろんよ」
私は力強くうなずいた。
私だけじゃない。お父様の服も仕立ててもらえば、カミーユの店は晴れてリドリー伯爵家の御用達だ。
彼ほどの腕前なら、すぐに他の貴族の顧客もつくだろう。
それに……。
私はちょっと悪い笑いを浮かべて言った。
「でね? 早速だけど、作ってほしいものがあるの……」
ずっと欲しかったトレーニングウェア。カミーユならさくっと作ってくれるんじゃない?
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