2.残念令嬢、目撃する

 ……疲れた。

 

 ケレス王宮、鏡の廊下にて。

 私は、痛む腰を後ろに回した拳でとんとん叩いた。

 ぜい肉満載のこの身体は、立っているだけであちこちに負担がかかるのだ。

 おまけに、少し前から足が猛烈に痛くなってきて、おちおち回想に浸ってもいられない。

 どこかに座れる場所はないだろうか。


 廊下の先にドアがあり、半ば開いた隙間から細く明かりが漏れていた。

 中を見ると、こじんまりした書斎のようなスペースに、座り心地のよさそうな椅子やソファが並んでいる。

 見たところ無人のようだったので、これ幸いと中に入りこんでドアを閉めた。

 奥のソファにどすんと座り、はいていた靴を蹴るようにして脱ぎ捨てる。

 ごとんと床に転がったのは、リボンとフリルが満載のロリータっぽいハイヒールだった。やけにごつい踵の高さは、十センチ近くもあるだろうか。

 案の定というか、見た目重視のお洒落靴に無理やり押し込まれていた両足は、ぱんぱんに浮腫んでしまっていた。白い靴下のあちこちに、点々と血がにじんでいる。


「うーわ」


 こりゃ痛いはずだわ。

 人目がないのをいいことに、ドレスのスカートをめくりあげる。片足を膝にのせてマッサージ……って、嘘、足が上がらない!?

 いや、足はどうにか上がるけど、膝の上にのせておけないのだ。

 まず、足全体についたぜい肉のせいで、膝が鋭角に曲がらない。

 やっとのことで足を上げても、膝先にちょこっとのるくらいで、すぐに滑って落ちてしまう。

 極めつけに、せり出した腹肉に圧迫されて、前かがみの姿勢がめちゃくちゃキツい!


「これは早急に何とかしないと」


 この太りっぷり、もしかすると70キロ、いや80キロはあるんじゃなかろうか。

 トレーナーとしての本能が、レッドアラートを鳴らしている。

 このままいけば、若い身空で成人病にまっしぐらだ。


 それはともかく。

 今はこの足を何とかしないと、歩くこともままならない。

 私は床に仰向けに寝転がり、ソファの座面に両足をのせた。

 要は浮腫みが取れればいいのだ。

 思ったとおり、足先に溜まった血液やリンパ液が、いい感じに下りてきて気持ちいい。

 はたから見ればとんでもない恰好だけど、このソファは扉に背を向ける形で置かれている。

 たとえ誰かが入ってきても、簡単に見つかることはないだろう。


 ――なんて、うっかり思ったせいで、フラグが立ったに違いない。


 かちゃり。

 書斎のドアが開き、誰かが部屋に入ってきた。

 

 ◇◇◇


(げげっ)

 

 誰か――正確には誰かと誰か。

 ここからだと、ソファの下から足元しか見えないけれど、男性と女性が一人ずつだ。

 と思ったら、この二人、ドアを内側から施錠するや、吐く息も荒くいちゃつき始めてしまった。


 いやいやいやいや。待って、待って!

 逸る気持ちはわかるけど、そういうことは、私が部屋を出てからにしてほしい。


 急いで起き上がろうとしたものの、私の上半身は、いつの間にか、奥の壁とソファの間にぎっちりはまりこんでいた。

 あせってジタバタする間にも、ソファの向こうのお二人は、どんどんヒートアップしていくようだ。

 

(とにかく、体を動かせるだけのスペースを作らなきゃ)


 そう思った私は、頭のてっぺんを壁に突っ張り、両足に思い切り力を入れて、ソファを向こうに押し出した。


 ドターン!


 派手な音とともにソファがひっくり返り、向こう側の景色が露わになる。

 床に仰向けに横たわった男と、その上に覆い被さるように乗っかった女性。

 タキシードのジャケットは脱ぎ捨てられ、男のシャツの胸元は大きくはだけて肌が見えていた。

 女性のほうは、胸元がちょっとまずい感じに乱れているが、腰から下はたっぷりしたスカートがいい感じの目隠しになって、R指定的にはぎりセーフ。


 ――などと、妙に冷静に観察していた私の耳に、呻くような男の声が飛び込んできた。


「バ、パトリシア嬢……。なぜここに」


 のっぴきならない体勢を私の前に晒していたのは、婚約者のロッドだった……。

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