第1話「わからないことも多い」


『よいしょ、よいしょ、よいしょ』


 青々した葉っぱをいくらか食べたところで半分以上は残して僕は脚と腹脚で葉っぱを挟んだ姿勢のまま葉の付け根へとバックで降りてゆく。

 腹脚、それは吸盤みたいにくっつく、イモムシの下半身にある脚っぽいアレだ。正確には、脚ではないのだが。


『無計画に食い散らしてこの食草が枯れちゃったら飢えるか別の食草を探して移動しなくちゃだもんなぁ』


 食草とは昆虫が幼虫の時に食べる植物を指す。僕にとって食べても大丈夫でご飯になる植物だ。食べる植物の葉っぱはイモムシの種類によって違う。割となんでも食べるイメージのイモムシが居るかと思えば、偏食ですかと言わんがばかりに特定の植物の葉っぱしか食べないイモムシも居て。


『今のとこ僕らが食べられるのはこの葉っぱぐらいだけど……』


 雑多な草の生え茂る草むらで別の草を齧ってみようとしたこともあったが、どうにもソレは身体が受け付けなかったのだ。一口齧って反射的に吐き出してしまい、後になってその反射に感謝したモノだ。よく考えずに齧ったその葉に僕にとって毒になる成分が混じっていたなら、死んでいた可能性だってあるのだから。


『逆に言うなら、いつも食べてるこの葉っぱもどういう植物なのか気になりはするんだよね』


 そう呟いて僕は捕まってる葉っぱをまじまじと見て。


<nonameは『食草鑑定』を習得しました>


 唐突に何者かの声を聞いた。


『はい?』


 茫然としつつも食草鑑定って言ってたなと口の中で呟けば。


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【タクリカの葉】

・秋に淡い青の花を咲かせるタクリカの葉。ごくごく微量の魔力を回復させる成分を含むが、同成分は主に根に蓄積される為に魔力回復薬の材料とする場合根を利用することが推奨される。

使用者にとっての可食適正:◎

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 脳裏に浮かび上がったのは掴まってる葉っぱのものと思しきモノの情報。


『鑑定……ファンタジー世界に転生する読み物だと割と鉄板だけど、まさか僕もその亜種を習得できるとは』


 食草と冠していることからすると調べられるのは葉っぱとかに限られるんだろうけど、薬効と食べられるかが分かっただけでもありがたい。


『そう言えば、前に齧って吐き出したのは――』


 こうなれば、前に齧った葉っぱの方も気になるモノで。


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【トリソキの葉】

・夏に黒みがかった紫の実をつけるトリソキの葉。微量の毒を含み、調合することで下剤や虫下し薬の材料にもなる。実や種はより多く毒の成分を含んでおり、毒薬の材料になる。

使用者にとっての可食適正:×

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 はい、吐き出して正解でしたね。


『と言うかピンポイントに毒草とかなぁ』


 毒も使いようによっては薬になるという言葉の通り毒の成分を薬にすることも出来るようだがイモムシの僕には無駄な知識じゃないだろうか、コレ。


『まだまだ分からないことも多いこの世界だけど』


 植物に関して知る手段が出来たのは、きっと大きい。


『けがを直す薬草とか見つかれば、いざって時に役に立ちそうだもんなぁ』


 なら、やることは一つだ。僕は目につく植物を片っ端から食草鑑定しはじめる。


『うおおおおっ、鑑定! 鑑定! 鑑定ッ!』


 自重も遠慮もしないが、その合間に葉っぱをパリパリ齧っておく。理由は一つ、僕の食べてる葉っぱには魔力回復成分が含まれているそうだからだ。


『鑑定とかそういう特殊能力を使うのに魔力とか何らかのチカラを消費するのもお約束だからなぁ』


 調子に乗って鑑定しすぎて力を使い果たしてぶっ倒れるとかそんなことがあったら下手すれば死ぬ。今の僕は比喩表現でなくイモムシなのだ。気を失うだとかして葉っぱの上から落ちたら、地面を歩く捕食者に美味しく頂かれてしまうかもしれない。


『外敵から逃げる為に自ら落っこちるのとは違って地面で無防備を晒すとかもう、ね』


 前世の幼い頃昆虫と触れ合って得た色々な知識が、教えてくれるのだ。地面の危険さを。


『知らぬが仏の逆かな。危険を知らずに気づいた時には「もう遅い」なんて状況になるよりマシだけどさ』


 もう遅いは前世のネット小説で一世を風靡しただけで十分である。


『ともあれ、そんな危険な状況下に僕らはいるんだよな』


 そう考えると、ちらり振り返った先にいた妹が少し不憫に思える。無邪気に葉っぱを齧っている様子には癒されるが、いつ天敵が襲い掛かってきても不思議はなく、天敵に有効な撃退方法なんかも存在しないような状況なのだから。


『一応僕にも妹にも胸部に蛇の目はあるけど』


 鳥などの天敵に自分をそれらの天敵である蛇だと誤認させて追い払うために僕らの身体には蛇の目に似た模様が存在する。朝露に映った自分のソレは確認していたし、美味しそうに葉っぱを食べる妹の蛇の目は嬉しそうに閉じられ、喜びを全力で表現して(≧∇≦) いた。


『えっ』


 閉じてんじゃん、蛇の目。


『あー、そうか。人みたいにモノが見えるのってこの蛇の目が理由かぁ』


 本来は模様の筈のコレは目の役目を果たすことができるんだろう。前世のアニメとかでディフォルメされたイモムシにこの蛇の目の部分が本当の目になってるモノをみたことがあるが、きっとソレと同じなのだ。


『わからないことも多い』


 けど、わかってきたこと、発見もそれなりにあった。


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