ファンタジー世界にイモムシ転生って無理ゲーじゃね
闇谷 紅
プロローグ
『うん』
葉っぱに乗っかった水の球。所謂朝露の一つに映るのは、胸部に一対の角のような突起を持つイモムシが一匹。僕が身体をねじるとそれに合わせて朝露のもイモムシも体をねじるし、お尻を振ればノータイムでお尻を振り返してくる。つまり、それは僕の姿だ。
『気が付けば僕はイモムシに転生していたらしい』
何がどうしてこうなったのか、わからない。転生前の記憶はあやふやどころか自分が自分であると認識できたのものんきに葉っぱをはもはも食している途中でのことだった。とりあえず、自分が何を食べればいいかが分かったのはまぁ、ありがたいと言えばそうなのだろう。
『ちなみにイモムシの胸部は前胸部、中胸部、後ろ胸部に分かれてて、三対ある細長い脚の一本目のついてるのが、前胸部みたいな感じで三つに分かれてたりするんだよ』
なんて豆知識を披露してみるも、それが何の役に立つかと言うと、同族とのコミュニケーションで相手が胸が痛いとでも言ってきたときぐらいだろう、きっと。
『胸部? どの胸部が痛いのかなぁ?』
とかそんな感じで。もっとも、それがわかってもイモムシ用の医術の心得もない僕に出来ることなんてほぼないのだろうけれども。
『医術があれば生存確率も上がるんだろうけれども、それ以前になぁ』
僕はちらりと今自分が居る草むらから空を仰いだ。翼膜に風をはらみどこかへと飛んで行くのは前足のない馬鹿でかい爬虫類。ゲームやアニメなんかではワイバーンの名で登場したりするモンスターだ。
『ファンタジー世界にイモムシ転生って無理ゲーじゃね?』
人間に転生していても、生まれや育ち次第ではあっさり死にそうでもあるけれども。
『イモムシ、被捕食者のイメージだし、天敵多いからなぁ』
同じ昆虫にも餌にする虫はいるし、鳥とか肉食の小動物はおろか中型の雑食動物も食べていたりする気がする。前世で見たテレビ番組にもイモムシ食べるどこかの民族とか出てきたような気がする。
『あぁ、テレビ!』
あやふやだったはずの前世の記憶だが、こうしてたまに知識とかが浮かんでくることはある。今のところ助けになったことはなく、むしろ自分が圧倒的弱者であると知らされてへこむ原因になることの方が多いのだが、天敵の情報は普通にありがたい。
『しかし、そうかぁ。人間を見かけて仲良くしようなんて出て行ったらご飯にされちゃう可能性もあるのかぁ』
仲良くするなんて発想になるあたり、僕の前世も人間かそれと親しい種族だったのだろうけれど、人との触れ合いは諦めないまでもあちらが安全と確認できるまで控えておいた方がよさそうだ、そもそも。
『兄ちゃ、葉っぱ美味しいよ?』
今の僕は一人では、一匹ではない。振り返れば、朝露に映っていた僕に似たフォルムのイモムシが少し上の枝にもう一匹、葉脈をお残ししながら葉っぱを齧っていた。
『よかったね、妹よ』
『うん』
自分が自分であると認識できるようになってすぐ、周囲を見回して見つけられた同族はこの子だけだった。親が蛾なのか蝶なのか、どんな虫なのかわからないが、子供たちが餌を取り合って成虫になれないことを本能的に忌避して産み付ける卵を少数にしたことも考えられる。
『あるいは――』
もっと沢山兄弟姉妹が居たが今の身体に成長するまでに
に聞いても返って来たのは、わからない、知らないという答えだけ。
『前者だって思っておこう。精神衛生的に』
幸いにも同族の死体を咥えた動物だとかを見たことはなく。
『と言うか、見るって言えばそこも不思議なんだよなぁ』
イモムシのモノの見え方は別の生き物とは異なる。体のつくりが違うから当然と言えば当然で、生き物によっては世界が白黒テレビの様に二色でしかなかったり、種族自体視力が悪くてぼんやりとモノの輪郭や明るさがわかるだけだった利することもあれば、そもそも目の個数と形が違うことで見え方自体違う者、目が退化してそもそも明るさを感じることぐらいしかできない生物だっている。
『にもかかわらず、僕が見えてる光景って前世の記憶と違和感ないし』
僕がイモムシであるなら、これはあり得ない。人間の赤ん坊に転生するパターンでも赤ん坊は視力が弱い。にもかかわらず、いきなり親の容姿を詳細に描写している小説を見ると一気に読む気をなくしたモノだが、これはアレに近い。作者が無知か手抜きかで人間と同じモノの見え方をしてるような、そんな感じだ。
『ううん、わからない……モノが鮮明に見えること自体はいいことなんだろうけれど』
例えば僕の乗っかっている葉っぱ、青々としてとても美味しそうに見える。
『と、そうだ。食べないと』
イモムシはとてもよく葉っぱを食べる。前世で数匹のイモムシに鉢植えサイズの花や木を丸裸にされたことがあるので、そこから逆残したものと、本能から察すとだが、しっかり食べないと成虫にもなれずこの虫生も終わりかねない。
『成虫になれば羽根のある虫になれるかもだし』
この草むらで外敵に怯えつつ過ごす日にも終わりが来るかもしれない。それが不吉や不本意でないタイプの終わりであることを祈りながら僕は葉っぱを齧り始めた。
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