第17話:はじめての夜。

イタリアンレストランからの帰り、ふたりの影が離れてはくっつきまた歩き出す。

今夜、莉子の心は、決まっていた・・・。


マンションに帰ったふたりは、いつになくよそよそしくて、

言葉が口をつくと、いけないことを口走ってしまいそうで、何も言 わず

黙っていた。

さっきのキスの余韻がまだ、ほのかに残っていた。

部屋にはすでにエアコンが付いていて火照りを冷ますのに丁度よかった。


「ねえ、莉子、何か飲む?」

「何か、冷たいモノ・・・コーヒー以外で、お願い」


莉子は忠彦が出したオレンジジュースを一気に飲み干した。

忠彦も莉子と同じオレンジジュースを飲んだ。


「少しゆっくりしようか・・・」


「そうだね・・・」


帰ったばかりで少し落ち着きたかったふたりは並んでソファに座った。

お互いもう分かっていた。

そんな雰囲気が部屋の中に漂っていた。


忠彦は莉子に自分の気持ちを悟られないよう、天井や壁を見渡した。

シラけそうな時間の中、最初にいけない言葉を口走ったのは忠彦だった。


「もっとこっちへおいでよ・・・」

「ほらここへ来て・・・」


莉子は忠彦とくっつくくらい、そばによった。


「ねえ・・・莉子が欲しい・・・」

「ダメ?」


「ダメじゃ・・・ないけど・・・でも」

「少し怖い・・・あ、ダメ・・ドキドキしてきちゃった、どうしよう」


「あはは、大丈夫だよ・・・」

「落ち着いて・・・」


莉子は忠彦からもらったプレゼントをまだ手に持ったままだった。

忠彦に引き寄せられた拍子にそれは床に落ちた・・・。

誘われるままに忠彦に身を任せる莉子。


「愛してる・・・」


「私も愛してる・・・」


「ずっと一緒だよ」


さっきのキスの余韻が冷めないうちに、またふたりの唇が重なった。

橋の上でのキスより激しかった。


「行こう・・・」


「ああ、ダメ忠彦・・・どうしよう・・・緊張」


「大丈夫だから・・・何も考えない・・・」


そう言って忠彦は莉子の手を取ったまま二階のベッドの部屋にいざなった。

それから優しくベッドに莉子を寝かせると・・・


「いい?」


「ごめん・・・シャワー・・・」


「あ〜いい雰囲気なのに・・・」

「じゃ〜ふたりで一緒に入るか?」


そして再び莉子は忠彦にベッドにいざなわれた。


「今度こそいいよね?」


莉子はうなずいた。

白いシーツに横たわった莉子の服が愛する男によって少しづつ 剥がされて

いった・・・。


忠彦は体に一糸まとわぬ姿の莉子をはじめてみた。


莉子はただ、じっと目をつぶっていた。

忠彦は壊れ物でも触るように優しく莉子の体に触れた。

莉子は緊張で体をこわばらせたまま忠彦に身を任せた。


そしてその夜、莉子は忠彦の愛に包まれ、そして抱かれた。

莉子は何も分からないまま、何も知らないまま女になった。

これが、ほんとの幸せなの?・・・もう戻れない・・・莉子はそう 思った。


莉子にとってのはじめての夜は、エクスタシーもなくあるのは、ただ愛する人と

一つになれた喜びだけだった。


忠彦との営みの余韻から覚めた莉子は、気だるいカラダを持ち上げて窓越しに

海を見た。

暗いけれどキラキラ輝く海の煌めきが見えた。


気がつけば忠彦がそばに来て、莉子を背中越しに抱いた。

忠彦は海を見てる莉子を覗き込んだ。


そして莉子のほほに伝う涙・・・。


「どうした?、何が悲しいの?」


「私、こんなに幸せでいいのかな・・・」


「いつかこの幸せも忠彦と一緒に私の前からいなくなるんじゃないかって、

思っちゃって・・・それが怖い・・・」


「君はどこまで僕を切ない気持ちにさせるのかな?・・・」


そう言って忠彦は莉子を強く抱きしめた。


「大丈夫だよ、僕はどこにも行かない」

「君を幸せにする・・・誓うよ、どんなことがあっても僕は莉子を離さない

って・・・誓う」


「信じていいよね、忠彦」


「そうだよ、僕たちに怖いモノなんてないんだ」

「莉子と幸せが掴めるなら僕はどんな苦労だって厭わない・・・」


それはハッタリなんかじゃなく忠彦ならやってのけただろう。

たしかに莉子の心は忠彦の愛で満たされていた。


次の日の朝も莉子は忠彦に求められた。

二度目はまた違った感覚だった。

今まで体の中に蓄積していた、嫌な出来事やストレスが、すべて剥がれ落ちた

気がした。


最初のあの忠彦の図々しいナンパから始まった恋。

忠彦の言った通り、ただ一度の出会いを逃していたら今、ここにふたりはいない。

そう思うと出会いの運命を強く感じる莉子だった。


そしてこの時間が許されるかぎり続けばいいと思った。

でも、なぜかいつでも楽しい時間は早く過ぎ去っていく。

やがて現実の世界に引き戻されて、忠彦もまた自分の世界に帰って 行く。

自分もまた・・・その繰り返し・・・。


忠彦と会えない日々・・・。

そんな毎日にこれからも身を委ねて行くのかとと思うと少しだけ虚しい気持ちに

なった。

でもそれは束の間の莉子の不平であって、忠彦との満たされた時間の反動から

来るものだった。


何もかも満たされることなんてない。

忠彦だけじゃない、私だって心の片隅に孤独を抱えて生きてる。

美咲だって・・・みんなだってそうだ。


慰めあえる誰かがそばにいるだけ私は幸せかもしれない、と莉子は思った。


To be continued.

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