第12話:莉子の匂い。

結局、莉子は忠彦のマンションに泊まることになった。

夕食のかたずけをしてる莉子に食事を終えてソファに座っていた忠彦が言った。


「ねえ、そんなのほうっておいて、こっちへおいでよ」


「寝てなくていいんですか?」


「大丈夫・・・君と話してたい・・・」

「早くおいでよ」


「もうすぐ終わります」


「新婚さんみたい・・・とっても新鮮」


忠彦は嬉しそうに言った。


「何、言ってるんですか?」


洗い物を終えた莉子が忠彦のいるソファまでやって来た。


「だから、新婚さんみたいだってば・・・」


「そんなことで?・・・子供みたいな人・・・」


「ね、横に座って・・・ここに来て」

「何もしないからさ・・・」

「おいでよ・・・」


言われるままに莉子は忠彦の横に座った。


「あ、いい匂いがする・・・」

「君の匂い・・・甘い匂いがする・・・」


「ピーチ・メルバです」

「ボディソープかローション・・・」


「ふ〜ん、いい匂いだ・・・癒される」

「クセになりそう・・・」

「君の体臭と君のぬくもり、それにピーチメルバ・・・ 君だけの匂い、素敵だ」


「君ってふるさとは?こっちじゃないんでしょ」

「最初は大学進学のために上京してきた・・・そうでしょ」


「私のこと調べたんじゃないんですか?」


「名前と年齢と、うちの会社の子・・・その程度しか知らないよ」

「あまりプライバシーに触れちゃ失礼かと思って」


「最初は君と会ったカフェの前に会社で何度か君を見かけてた・・・で、

チャンスだと思って声をかけたの」

「誰かに取られないうちにと思って・・・」


「忠彦さんは? お金持ちのおぼっちゃん?」


「忠彦でいいよ」

「おぼっちゃんっての止めてくれる・・・」

「たしかに、そうだけど、そう呼ばれるの嫌なんだ」

「ぼんくらみたいに聞こえる・・・」

「特に好きな人から言われると悲しくなる・・・」


「あ、ごめんなさい、そう言うつもりじゃ」


「いいよ、たしかに僕一人の力で今の地位にいるわけじゃないからね」

「おやじが敷いた線路に乗っかってるだけ・・・」

「でも、いつかは独り立ちしたいって思ってる」

「でかい会社の中でぬくぬくと踏ん反り返ってるなんてつまんないだろ?」

「規模は小さくてもいいから、やりがいのある仕事をしたいって思ってるんだ」


「夢があるんですね」


「今の会社はいずれ兄貴のものになる・・・」


「お兄さんがいらっしゃるんですか?」


「僕には二つ違いの忠博って兄貴がいてね」

「CEOなんて退屈な役職兄貴のほうが合ってる・・・」

「僕はいずれ追い出されるさ、おやじが亡くなったらね」


「何か、複雑な話なんですね?」

「ご兄弟、仲がお悪いんですか?」


「ん〜?まあ色々あってね」

「僕はおやじに気に入られていて、それでね社長に抜擢されたけど」

「兄貴は今は僕の補佐に回ってる・・・でも着々と自分の出世を企んでるよ」

「僕はいいんだ、それでも」

「さっきも言ったけど、いづれ会社をでるつもりだから・・・」


「私にはついていけない話ですね・・・」


「僕は君に僕についてきてほしいって思ってる」


「私には分かりません・・・将来のことなんて・・・」


「僕は最初っから不真面目に君に声をかけたわけじゃないよ」

「本気だよ・・・お互い認め合えたら結婚だって考えてる・・・」


「結婚って・・・そういうのは私にとってはプレッシャーです・・・」


「今すぐじゃないから、それまでにゆっくり考えてくれたらいいよ」

「そのうち忙しくなると君ともあまり会えなくなるからね」

「今のうちにお互いを知り合っておかなくちゃ・・・」


(どこにでも家族同士の画策ってあるんだ・・・)


特に財産がある富豪にありがちな権力争いと遺産争い。

そういうまどろっこしいことには関わりたくないと莉子は思った。


「ところで忠彦さん・・・​忠彦って歳、いくつなの」


「あ、言ってなかったっけ?」

「ジャスト三十路」


To be continued.

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