第21話 ブノ台所に立つ‼


「凄いなこれ……」

「いっぱい……!」


 ディオセモネンテの砂肝を切り開いた中には大小さまざまな石がごろごろと入っていた。こぶし大の物からビー玉くらいのものまでいっぱいだ。


 黒っぽいもの茶色いもの、少し透き通っているもの、様々だ。

 その半分ほどが滑らかな肌に削られており、不思議な光沢を放っている。


「河原の丸石とかともちょっと違うな」

『ぴかぴか!』


 ブノは取り出した石を空にかかげて眩しそうに笑っている。

 石自体の材質なのか、それとも削られる工程の問題なのか、それらは明らかに水などで削られたモノとは違う独特の輝きを放っていた。


「確かに、希少性は感じるな…」


 でも宝石という感じのモノは入っていなかった。

「そんなものが簡単に入っているわけないか」と多少肩を落とすが、出てきたものは十分に想像を掻き立てられるものだった。


「…おかしい」

「ん…なにが?」

「ディアセモネンテ光る石、好き」

「あー好みがあるのか」


 そういった生態も含めて、それなりの可能性があるから高価なのか。おまけに狩るのは命がけだし。


「昔っからクジ運はあんまり良くなかったからなぁ…」

「……けんじぃ!」


 はずれガチャかぁ。なんて思っていたらブノがまだゴツゴツとした大きめの胃石を俺の鼻先にズイと突き付けてきた。いや臭いからやめてくれ。


「ん?」

「これ、見る!」


 しかめた顔をほどいて、こぶし大程の大きな石をあらためて見つめると、その一面に黄色い結晶が見えている。


「おおお!」

「宝石!」


 受け取ったその石を天にかかげると、太陽の光を反射させたそれはキラキラと面をズラす毎に黄色や緑といった輝きをはなっている。宝石や水晶といったものには俺は疎く、どういったモノに近いかは分からないが、綺麗なことには変わりなかった。


「これ、ウチで削り出してみていいか?」


 ブノはふんふんと鼻息荒く頷いている。爺ちゃんが自作の疑似餌ルアーを作るときに使っていた工具がある。あれを使えばなんとかなるかもしれない。面白そうな挑戦がまた一つ増えた。


 出てきた胃石を袋に大事に詰めて脇に置く。

 そうしてどうにかこうにか肉の切り分けを終わり、沢で冷やす工程までを終わらせることが出来た。両腕はもうぱんぱんだ。


 そんな俺をよそに、ブノはスコップを握りしめ穴をぐんぐんと掘り進めている。なんと頼もしい娘だろうか。

「翼、頭、爪、大地に、かえす」ということらしい。


 やはり獲物といえど他の生き物とは少し区画が違うのだろう。

「山の頂は、それらを地神から貰って生まれてくる」というのがブノ達の考え方のようだった。


 一時間程の間にブノは穴を掘りあげ、ディオセモネンテの雄大な武器達を納めていった。何百年もした後、誰かがこれを発見したとしたら、色々と歴史が狂いそうだな…と薄っすらとした忌避感を抱きながら、俺達は胃石と冷えた肉をいくつか持って山を下りることとした。



 ♢



 ブノがうなだれて、口角をふんにゃりと下げている。

 見事に凹んでいる。しおれている……。


 家へと着き、肉を裏口から運び入れるまでは上機嫌であったのに、何かにはたと気付くと、採ってきてそのまま冷蔵庫にずっと放置していた、ほうれん草のようになっている。


「なぁに、どうしたんよそんなにしおれて」

「ごめん、なさい、けんじぃ……借りた物、壊れた」


 ふにゃふにゃと口を曲げて、服のすそを握っている。

 なんだか怒られる前の子供のようだ。


「それって寝袋とかテントとかか?」

「ディオセモネンテ…やられた」


 鼻は弱いと聞いていたが、目の前にしてしまえばそれがブノの寝床だと分かったんだろう。あご下の皮膚を引っぱって口元を歪める。テントは一つしか持っていない。まったく執着心の強いやつである。


「あぁ…あぅ…」

「ん? あー大丈夫! 大丈夫だぞ気にするな!」


 これからブノに野営をしてもらう時に、どうしようかと顔を渋くしていた俺を見て、どんどんとブノが縮んでいっていた。そのままにしておいたら丸まってしまいそうだ。


 反射的にブノの頭をなでようとした手がピタリと止まる。

 不用意に、弱った子どものような扱いをするのは、これまでに聞いてきたブノ達一族の文化からすると、尊厳を傷つけることになるかもしれない。


 そう思い手を下ろそうとする。

 そこでブノと目が合った。

 なんだか待たれてる気がする…。

 え、どうしよう…これどっち⁉


 表面的にはなんとか笑顔を保っているが、年甲斐もなくオッサンはおろおろとしていた。ブノが頭を引く気配もないので、結局俺はままよとブノの頭をぽんとなでる。


「……ふぐ」

「ブノがいなかったらあいつを狩る事なんて絶対出来なかった。あれくらい壊れたってどうってことないよ」


「お互い、無事でよかったよ。本当に…」嘘偽りなく心の底から出た言葉だった。どうにかしおれていたブノレン草がみずみずしさを取り戻してきた。


「グァァァッ」


 ブノはクワッと顔をゆがめると、またお腹をおさえて萎れてしまう。どうやら元の姿に戻るにはしぼんだ胃に何かを詰めなくてはいけないようだ。


 真っ赤なディオセモネンテのモツや肉を眺める。

 さて……どうしたもんか。


「なあブノ、こいつってどんな風に食べるのが正解なの?」


 袋に入った肉達を指差し、眉をひそませる。

 生で食うと言い出したら絶対にそれだけは勘弁してもらおう。

「お前ら日本人は何でも生で食おうとするくせに!」という知人の罵声がどこかから聞こえてくる気がする。


 いや野生動物の肉の生食はヤバいんだよ。

 いかに食に変態的な冒険心を持つ国の男子としても、越えてはいけない一線はあるのだ。そのあと冒険できなくなるのだ。


フグの卵巣を無毒化してまで食おうとした人とか本当に凄いと思う。もうほとんど最後の一線で踊り狂ってる感じだと思う。


「今日! ご飯、私作る‼」

「え? ほんとに⁉」

「ディオセモネンテ、食べる、二度目!」


 フンと息をはきだすと、堂々と胸を張った。

 やだブノさんったら頼れる!

 ぱちぱちと称えるようにブノに拍手をすると、俺はそれの補助にまわることにした。


「まず小さく切る!」

「おう!」

「串に刺す!」

「なるほど!」

「塩まぶす!」

「ようし!」

「焼く!」

「やったぜ!」


 焼き鳥だこれ。

 釜土におこした炭火の上に鉄網を乗せて、そこへ串を乗せてじっくりと焼いていく。やっぱり食べ方っていうのは純化していくと似た形になるのだろうか。みんな大好き焼き鳥。


「ふむ…ブノ君、もう一つ必要なものがあるとは思わんかね」

「にんにく?」

「いや違う違う」


 俺の畑で採れたニンニク祭によって、ブノは香味の代表としてそれを認識したようだった。しかし、焼き鳥となれば今は違うのだ。


 俺は釜土と軒下を隔てたとなりにある台所へとあがると、小鍋にみりんを入れ煮切っていく。そこへたまり醤油と砂糖をこんもりと入れる。


「甘い…匂い!」


 視界の外から鼻聡くブノの声が聞こえてくる。

 くつくつと煮詰めトロリとしてきたら火を落として空き瓶へとそれをそそぎ入れる。そう、焼き鳥は塩もいいがタレもなければ完成しない。


 塩を振るのに待ったをかけていた串に俺はハケでタレを塗っていく。甘じょっぱく香ばしい匂いが途端に土間に広がる。


「私っ、やる!」

「おお、分かった」


 自分でやりきりたいのか、ブノは俺からタレを受け取るとその香りを楽しむようにして塗り焼いていく。


「焦げやすいから細かく回転させてな」

「うん!」


 ジュウジュウと音を立てて脂が弾けはじめる。

 照りのある肉肌は魅惑的な光をはなち、これが恐竜鳥の肉だということなど、頭からすっかりどこかへいってしまった。


「出来た!」ブノは首筋に汗を光らせながら、満面の笑みで俺に串を渡してくれる。


 なんと…ブノ君が俺に先に食べさせてくれるだと……⁉

 とてつもない出来事に驚愕しながらおずおずとその串を受け取る。そんな俺を見て、いつもの何かが始まったのかとブノがじっとりと目を細める。


「いや、ちが…悪かったって」

「変、顔、やめて、すぐ食べる!」

「はい!」


 姿勢をピンと正すと、ありがたくご相伴に預かることにする。

「パリッ」という音がして皮が弾ける。続いて噛みしめるほどに肉汁を溢れさせる赤い肉がバツバツとその繊維を歯にぶつけてくる。


「……うん、うん…いや旨いなこれ!」

「ふふふっ」


 そう言った瞬間ブノの顔がくしゃりと丸くなる。

 だけどこの肉…。違うな。


「これ…鶏肉じゃねぇ…」

「?」

「これ牛肉だ……」


 野鳥の肉のようなディオセモネンテのそれは、牛の甘い脂にそっくりのコクをその身にまとっており、弾力のある歯ごたえと旨味は地鶏という不思議な体験を俺にさせてくれたのだった。




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