第11話 夏の扉


「なぁブノ、君の国ではこの季節に、儀式や祭りみたいなものをやっていたかな?」


〈夏・七夕・お盆・盆踊り〉賢治の持つ手にはつらつらと様々な単語が書き連ねられ、そこから枝分かれするように線がいくつも引かれている。

 伸びたその線の先には現実で起こった神隠し事件や、民間伝承、果ては童話に至るまで箇条書きにされている。


 それらにはマルやバツが上からかき込まれ、賢治の逡巡の跡が見えた。その一つには〈ブノ側の伝承〉と書かれ、丸で囲まれていた。


「裂け目…何かが開いて繋がるわけだから、ブノ側にも伝承や似たような事例があるとおもうんだよな……ブノ?」


 賢治は思考を整理するようにぶつぶつとつぶやき振り向く。

 そこには、けん玉の剣先に玉を刺して天にかかげる褐色の少女が、自らの勝利を称えていた。


「おめでとう。やり遂げたようだなブノ君」

「ふふふっ。簡単、言った!」

「…三時間か。うん凄い凄い」


 賢治は座卓の隅に置いたトマト型の丸い時計をちらりと眺めてからそう告げる。

 少しばかり平淡な彼の声の響きに、なにか感じ取ったのか、ブノは本当に凄いと思っているのかと、賢治の顔をねめつけている。またからかうような雰囲気の賢治に、ブノはどったんどったんとその場で足踏みをした。


 平謝りをして、あらためて賢治がまじめに彼女を褒めると、ブノは満足そうに笑った。


「うん、それでな?」


 話を聞いていなかったであろう彼女に、賢治は質問を復唱する。ブノは掲げていたけん玉をすっと下ろすと、唇をわずかに尖らせて視線を辺りに巡らせる。


「…アデイラ、咲く。獲物、沢山集める。」

「前に言ってた良い匂いのする花か…」

「肉、果実、いっぱい、集める。山、捧げる」


 アデイラという花が膝の高さを超えるころ、ブノ達は獲物を多く集め持ち寄り、それらを恵みを与えてくれた山の精霊と地神に感謝を表す。


 地神はその供物をもって、地の底に眠る精霊や先祖達の霊を

 もてなし、あちらの世界の魂を悪いものへと変えないようにしてくれる。


 ブノの話す言葉の行間を埋めるように質問しながら、賢治はやはりといった表情で手に力を込める。


「うん、やっぱり共通点は多いね」


 死者の鎮魂や、豊穣、魔除け、様々な国に似たような意味合いで行われる祭儀はいくつも存在する。

 そしてソレは別次元の存在との交流を示唆するものが多かった。


「俺の妄想かもしれないけどさ、事象が存在するから文化が生まれたんじゃないかと思うんだ」

「?」

「逸話でもなんでも、起こったその日が伝承されて残ってる訳だろう? そしてその時の状況になぞらえて、伝えてるに過ぎないんじゃないかな?」


「……難しい」少女は毛並みのよい白猫の尾のような形の眉をへの字に曲げて、少し困ったように前のめりになる男を見つめる。


「あはは、ごめんな。つまりさってこと」


「これだけ時間を使ってひどい答えだよな」と賢治は自らの結論の乱暴さに笑った。



 ♢



「やった‼」


 いつの間にか昼が過ぎ、俺は休憩がてらまた天気予報の確認をすると、台風の軌道が本州から逸れたことを伝えていた。


「けんじぃ、何、あった?」

「嵐が逃げてったってさ!」


 俺は柄にもなくピョンと跳ねるように立ち上がり、ブノへと両手を掲げる。それくらい、畑を持つ俺にとって嬉しい知らせだった。ブノは俺の構えにどう答えたらいいのか分からず、「うん?」と首を傾げ、万歳をする俺をみている。


「けんじぃ、良かった」


 ブノはやわらかい笑顔を作り、俺を祝福してくれる。

 なんだかひどく気恥ずかしくなってしまい、両手をだらりと下げて肩をすくめると、「昼飯にしようか」と言った。


 その言葉を聞いた途端ブノは両手をかかげて「うん!」と言った。違う今じゃない。


 晴れ間の見えてきた空に顔を輝かせる。

「明日は暑くなるなぁ」そう呟きながら縁側を抜けて台所へと向かう。


 昨日の夜から含めて、さっぱりとしたものが続いている。俺は何か味の濃いガツンとくるものを食べたいなと腕を組んで考えこむ。


 隣ではブノが俺を見ながらマネをして腕を組んでいる。先ほどガッカリとしていた俺を見て、気を使っているのかもしれない。うーん優しい子。


 彼女はけん玉をしている時に邪魔になったのか、キラキラと輝く銀髪を結い上げまとめている。後頭部からはまとめた毛束がぴょこりと覗いていた。


「それだな」


 答えを出した生徒を、気取って指し示す教師のように、俺は指をピンと立たせる。ブノはそれもまたマネをしようとするが、瞬間的にやった結果、ブノの立たせた指は中指だった。


「おうおうおう、いい度胸じゃねぇか姉ちゃん」と言ったら胸を張って自慢げにしていた。違うそうじゃない。


 気を取り直して、部屋の隅から古新聞にくるまれた、ごろりとした白い球体を取り出す。そうガツンといったらミカン。


 ではなくニンニクだ。


 まるまると太ったニンニクを剥くと、つるりとした白い肌

 が現れる。立派なニンニクの実ってのは本当にキレイだ。


 俺はそれを、バンッとまな板の上で潰してから、みじん切りにしていく。途端に台所にはニンニクの香りが漂い始める。


「強い匂い」

「まだまだこれから」


 大粒のニンニクを4つ刻んだら、冷蔵庫から冷や飯、卵、冷凍していた豚挽肉を取り出す。


 熱した鉄鍋に多めの油をなじませると、弱火にして山盛りのニンニクを投入する。

「ジュワァァッ」と弾けるように刻んだ実が油に散っていく。


 すぐさま先程の鮮烈なニンニクの香りとは一味違う、香ばしく暴力的なまでに食欲を煽る匂いがその場に広がる。


 すでに旨い、そう思ってしまうくらいの香りだ。


「大丈夫かブノ。まだ腹のカモは鳴いてないかぁ?」

「腹、鳥、いない!」


 ムスっとして答えるが、台所に充満する香りにブノはお腹をさすり始める。かくゆう俺の胃もぐんぐんとやる気を出して、鼻息荒く助走をつけているような状態だ。


 カンカンと鉄鍋を振るいながら次々と食材を入れ、ニンニクの香りを纏わせていく。ふんわりとした卵と表面がカリッとした挽肉がご飯にしっかりと絡んだら、焦げないよう取り出しておいたニンニクの実をざらりとまぶし、また鍋を振るっていく。


 最後に瑞々しい玉レタスを取り出し、ちぎって加え、ざっと火を通して味を整えれば完成だ。


「さぁ出来たぞ! 特製スタミナチャーハンだ!」

「おぉぉぉぉっ‼」


 勝鬨をあげるようにブノが両手を高々と掲げる。俺はその手にパチンと両手を合わせる。ブノは少々驚いたようだったが、何か合点がいったらしく、俺に両手をもう一度あげさせると、今度は自分から手を合わせるのだった。



 ♢



「うまぅうんっ…はふっはふっ、うまんぅ!」

「おい、ブノ…んぐっ、はふっんぅはぐっ、全然なに言ってるか分からんぞ」


 美味いと言っていることだけは、その興奮した瞳を見れば一目瞭然だった。俺達はガツガツと会話もそこそこに取りつかれたようにチャーハンをかき込んでいく。


 グラスが一瞬で曇るほどに冷やされた麦茶で、息もつかせずかき込んだ飯を飲み下す。


「ふぃ~」

「ふぁぁ~」


 あぁ、食った食ったと俺たちはどちらを真似するでもなく、お腹をさするのだった。



 ごろりと畳で楽になりながら、これからどうするべきかをブノと話し合う。


「私、このまま、山、過ごす。それが、良いのか?」


 あれこれと説明はしてみたものの、ブノはしっくり来ていないようだった。まぁ実際今まで山で暮らしていたのに戻れていないのだから、彼女が腑に落ちないのも当たり前だ。


「うん。ただし今までとは違って野営場所を定期的に変えてみて欲しいんだ」

「場所、変える…?」


 

 これが俺の考えた、元の世界へと還す方法の一つ目だった。

 以前俺はブノにこちらへ来た時の事を聞いた。

 ブノは目覚めたらこの山にいて、それは明け方近くの山だったという。


 見覚えもなく、土地勘もない暗い山でブノは混乱しながらさまよい、明け方の薄明りの中、仲間を求めて山を下りていくと、人里が見えたという事だった。


「私、目覚めた、場所、探す?」

「基本はその考え方でやってみようと思う」


 事象が起こったなら、その状況を再現をしてみる。

 当たり前の手法に、随分と回り道して辿りついてしまった。


「それと、共通してる祭もやってみよう」

「祭…」

「肉を集めるのさ」




 

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