第10話 日本人って本当アレンジ好きだよな


 七月七日、誰もが知る〈七夕〉の日だ。

 一年に一度、織姫と彦星が天の川を超えて会えるという古典話。

 日記の内容含め勘案した結果、その日にが現れる。という推測を立ててはみたが、そうなるとブノが元の世界に戻れる好機は一年にたった一日という事になってしまう。


「というか、そもそも七夕ってかなり昔に中国から入ってきた話だよな…。いや、日本書紀だっけ?」


 おぼろげな知識を引きずり出してはみるものの、何か心に違和感が残る。


 俺はアゴ下の皮膚をつまんでは引き伸ばし、居間をうろうろと歩き回る。ヒゲをはやしていた時期の名残で考え事をしている時の癖だ。


 ブノはそんな俺の動きを、首をクイクイと動かして追っている。辺りを見回す鳥のような仕草がなんだか楽しくて、わざと左へ右へと行き来する。その時、再び壁に掛けられたカレンダーが目に入った。


「あぁ、そっか。旧暦と新暦だ」


 中国からの伝承にしても日本書紀にしても、いずれも旧暦の七月七日ということになるはずだ。


「えっと旧暦だと最大一か月くらいズレるはずだから、本来は八月の話になるのか…?」


 早速と俺の立てた仮説にヒビが入る。


「じゃあ、夏なのでっていう爺ちゃんの日記は、単純に時期と裂け目の関連性だけを言っている…?」


 にわか知識ではこれ以上は無理だなと、俺は寝室にPCを起動させにいく。襖を開けて居間を出ようとすると、ブノも立ち上がり合鴨のように後をついてくる。


 二歩三歩と歩いたとき、後ろから「グァァッ」という声がした。よもや本当に鴨にでもなったかと振り返ると、ブノが自分の腹をおさえてバツが悪そうに顔をそらした。どうやら彼女は腹に鴨を飼っているらしい。どうりでよく食べるハズである。


 いつのまにやら時間は九時を過ぎており、ブノも俺も、起き抜けに麦茶を胃に入れたきりだった。


「何か食べようか。俺も腹へったわ」


 わずかに色素が薄い耳先を赤く染めて、ブノはコクリと頷いた。

 ここの所買い出しをしていなかったため、冷蔵庫に残る食材は畑で見る顔ぶれとほとんど同じになっていた。


「えーとどうするかな……あ、そうだ!」


 昨日台風で折れてしまったらどうしようもないと、多めの収穫をした連中の中に、がある奴がいるのを思い出した。

 トタトタと玄関へと向かい、重ねて置いてあった箱の中からもっさりと立派な髭をたくわえたソレを取り出す。


「けんじぃ。それは何?」

「トウモロコシだよ」

「とぅもぉらんしょ…」

「…うん」


 トウモロコシというのは夜中に蓄えた糖分を使って日中成長する。だからトウモロコシは朝採りのモノの方が甘い。

 では、収穫してしまえばもう大丈夫なのでは? と考える人も多いが、野菜というのは採った後すぐに活動が止まるわけではない。今度は身を守るためにその糖を使ってしまうのである。


 なので採ってからなるべく早く火を入れてしまうのが、とびきり甘いままトウモロコシを食べるコツなのだ。


「ほれブノ、君も剥いてくれ。全部じゃなくて少しだけ残してくれな」


 大きな麻布あさぬのを敷いた上にどさりと重いトウモロコシを転がす。「おおっ」驚いた後、ブノが一本手に取りしげしげと眺めている。


「ほら、こうやって剥いていくんだ。で、このくらい皮を残す」


 見よう見まねでブノも皮を剥いていく。皮の中の黄色く輝く中身が透けて見えてくると、その美しい瞳を一層見開いて楽しそうに口をあけている。

 その様子を眺めつつ、俺は大鍋を取り出し、蒸し器をなべ底に設置して水をそそぐ。


 トウモロコシを入れると火をつけて、二人でトマトをかじりながらシュンシュンと湯気を立ち昇らせるそれを待った。


「けんじぃ。あれ、どんな味?」

「凄い辛い」

「か…辛い?」


 ひさしぶりに会った家猫のような、珍妙な表情を彼女が浮かべる。

 そうか、凄く辛いのか…と少し残念そうな面持ちに変わっていくブノを見て、耐えきれずニヤニヤと含み笑いが漏れ出す。


 そんな俺をブノが訝しんで、お膳から身を乗り出し目を見ようとしてくる。「嘘…? 嘘、言った? けんじぃ?」表情を隠すように顔をそらす俺を、何でそんなことするの? という感じでブノは顔を合わせようとしてくる。


「あははっ、あはははっ」

「けんじぃ。何故、笑う!」


 むくれたブノの機嫌を直すには、最後の薄皮を剥いて飛びだした美しく輝くトウモロコシを一口ほおばらせるだけで十分だった。



 ♢



 わしわしとめば、弾けるような甘さが口の中へと跳ねてくる。俺はトウモロコシに噛みつきながら、液晶に映し出された情報もむさぼっていく。


「うーん、色んな変遷があって今の形に落ち着いたみたいだなぁ」


 調べると、なぜ七夕の初出が中国の話なのか日本書紀なのかと迷った理由がわかった。

 結論から言うと日本伝統の七夕という行事は、中国から伝わった話と、日本書紀にも記されている類似した話が、混ざり合い誕生したもののようだった。


 知れば知るほど曖昧で、複合的な要素で成り立っている話であり、だんだんと頭がこんがらかってきて、口に広がる甘みで、煙をあげそうな頭を癒す。


 ブノは腹が満たされて落ち着いたのか、あぐらをかいて事の次第を見守っている。手持無沙汰なんだろうが、何か仕事をあげようにも脳が容量一杯で何も思いつかない。


 遊んでいたっていいのだが、この雨で何をしろという話になる。

「あっ!」俺は膝をパンと叩いて立ち上がり、部屋の隅にある桐棚の中をがちゃがちゃと漁り、取り出したそれをブノへと見せる。


「それ、何?」


 カチンカチンと音をたてながら、ブノの前で遊んで見せる。「けん玉って言うんだ」もしもし亀よと玉を跳ねさせながら、最後にシャカンと切っ先に赤い玉を刺してみせる。


「ふふーん。これが出来るかな?」


 爺ちゃん直伝のけん玉の腕を見せつけ、煽るようにブノに笑いかける。彼女は一瞬感激するような表情をみせたものの、すぐに薄い目をしてこちらをじとりと見つめてくる。


「けんじぃ。今日、子供」

「ぐっ…」


 子供をあやそうと思ったら、子供だと罵られてしまった…なんたる屈辱…っ! 口元に力をこめて悔しさにまみれていると、持っていたけん玉をブノにむしり取られる。


「簡単。できる」


 ふふふ、なんだいブノ君。ちゃんと効いてるじゃないか。


 そこから数時間、後方でトンチンカンという音と共に、「わぁ!」だの「にゃあ!」だの叫ぶブノの声を聞きながら、久しぶりに小説の資料集めの時のような、知識を集めては精査する作業に没頭した。





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更新、不定期になります。楽しんでくれていた方すいません。

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