第六話:お手入れは手際よく、ですよ?

やるべきこと・・・

それは、アイレのごわごわになった髪を手入れすることだ


「おや、そのタオルを私に巻いたということは・・・」

「お手入れ!お手入れですね!」

「よっ!待ってました!」


先程までのしっとりした空気はどこへ

テンション高めに頭を揺らす彼女の横に、いつもの手入れセットを用意する

少しお高い櫛。専用のヘアオイル

それから雨宮さんに勧められたウィッグにも使える人間用のリンス


「はっ・・・これはステイの合図!」

「アイレ、ステイします!ステイステイ!」

「あ、ご褒美のマカロンです。いただきますねぇ」

「はむっ・・・むぅ〜・・・やはりブルイヤールのマカロンしか勝たんですねぇ」

「はぐっ、はぐっ」


動けるようになったアイレは人間用の食事も食べられる

ただ、甘いものに限るようだ。飲み物は紅茶だけ

食べた分は彼女の中で全てエネルギーとなっているらしい

さて、アイレも満足げに大好物のマカロンを頬張って大人しいタイミング

ゆっくりと、彼女の髪を手に取り、ヘアオイルを馴染ませる

なじんだそれを櫛で梳かしていく


「あうっ・・・あぁ・・・」

「はう・・・・んぅ〜・・・」


腑抜けた声と、溶けきった表情を浮かべたアイレ

しかし、少し疑問がある


「ふあ?ああ、ウィッグなのに、どうして気持ちよさしょー・・・なのかって?」

「確かに、私としても不思議にゃ・・・感じ、です」

「今も、ウィッグを取り替えれば・・・私の髪型も髪色も、自在っ・・・ですが」

「なんとなく、ウィッグを手入れされている際、その髪は自分のもののように感じるのです・・・」

「だからとても気持ちよくて、あうっ・・・!」

「あ、続けて、ください・・・」

「この気持ちいいの、好きですから・・・んっ・・・!」


・・・いつも続けるが、やはりこの艶めいた声には慣れない

けれど続けて、早く終わらせないとこの声を一生聞くことになる

気まずいが、続けて行こう


「ふあぁ・・・なんでこんなにきもちいーのでしょーねぇ・・・」

「こころがとろける・・・ふわふわ・・・」


さっさっと手入れを終えて、リンスを髪に馴染ませる

雨宮さんが勧めてくれた、いい匂いがふんわりと漂う商品だ

・・・金額は、それなりにするけれど


「ふへへ・・・リンスはくすぐったいです」

「不思議な感覚ですよねぇ・・・これ」

「あ、これでおしまいですか?ありがとうございました」


タオルを外し、アイレを自由にする

彼女は食べかけのマカロンを頬張りつつ、ツヤツヤの髪を小さく揺らしてくれた


「ふわふわですねぇ」

「いつも思うのですが、貴方は凄く手際がいいですよね?」

「へ?気まずいから?何が気まずいのかわかりません」

「別に、身体に触っているわけではないのに・・・変な人ですねぇ」

「あ、貴方であろうともボディタッチは「めっ」ですよ。めっ!」

「・・・え?今から触る気でいた?」

「なぜですか・・・変態さんになっちゃったのですか?私にえっちなどうじんみたいな事をするんですか?」


どこで覚えてきたんだそんな台詞

天野か。天野なのか


「そういうことには興味がない?」

「・・・はぁ」

「じゃあなぜ身体に触れようと」

「・・・着替え?」

「あ〜動けるようになってからは一日一回、きちんと着替えるようにしていますもんね」

「わかりました。では衣服の準備をお願いできますか?」

「ありがとうございます。ではここで待っていますね」


道具を片付けて、同じ棚に収納しているアイレの衣服セットを取り出す

いつの間にか人間用衣装ケースいっぱいになった彼女の服

今日の彼女は、どれを身に着けてくれるのだろうか

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