第五話:私は幸せな人形です

アイレの頭を撫でていると、髪にやはり違和感を感じる

しばらく仕事で忙しくて、手入れができていなかった


「そういえば、貴方はなぜ先程から私の髪を執拗に触るのですか?」

「なにかあるのですか?」

「はっ・・・もしかしなくても、私の髪に癒やし効果があるのにお気づきですね?」

「そうですよ。マイナスイオンは出ませんが、貴方にとって癒やしの空気を提供できる「さいきょーの髪」なのです。いいですよ。沢山触って癒やされてくださいね」


「ん・・・?違う?そうじゃない?」

「ではなぜ・・・?」

「・・・へ?」


髪がゴワゴワだと告げると、先程まで自信たっぷりだったアイレは一瞬でしょぼくれてしまう


「ごわごわ・・・だと」

「全然「さいきょーの髪」じゃありませんでした。私は嘘つきでした」

「嘘つきはゴミの始まり・・・貴方も私の事を嫌いになりましたよね・・・捨てたくなっちゃいますよね・・・」

「しゅん・・・」


まずい、アイレの思考がどんどんネガティブになっている

元々、アイレは「自己肯定感」が低い

ひょんなことで落ち込んで、自分をけなし始めてしまう

・・・早く止めないと


「髪がゴワゴワの私なんて需要なさすぎなんですよ」

「あ、元々需要なんてありませんでした」

「需要があったら一年も店頭展示されていませんし。割引とかされませんし」

「「販売物」として考えるなら、一年も購入者が見つからない人形なんて、けっか・・・あたっ!?」


痺れをきらし、彼女の小さな額を指で突く

デコピンは流石に傷がついたら困る

だから、指で軽く。ぽんっと押し出す程度に


「にゃ、にゃにをするんですか!びっくりするでしょ!?」

「はえ?」

「・・・あう。そうですか、私は貴方の大事な存在」

「・・・世界一の、相棒ですか?」

「そう言ってもらえるのは、嬉しいです」

「え?ここから、貴方の言葉を復唱したらいいのですか?」

「わかりました」


彼女の手を握り、伝えたいことを伝える


「・・・だから、これ以上は過去を振り返らず、自分に自信を持って欲しい」

「君はもう「売れ残り」じゃなくて「アイレ」だから」

「アイレとして、私の側でずっと笑っていて欲しい」

「私の好きなアイレでいて欲しい」


伝えたいことは一通り

少し照れくさいが、今の彼女に必要なことは伝えられたと思う


「そう、ですね。今の私は「アイレ」です」

「落ち込むのは「アイレ」らしくありませんものね」

「ありがとうございます。私、これからも頑張れそうです!」


いつも通りの笑顔を浮かべた彼女はきちんと立ち直ってくれたらしい

アイレの一番つらい記憶はやはり・・・売れ残っていたことに変わりないと思う

言葉では私が寝込んでいた日になっていたけれど、本音をさらけ出した時、最初に出てきたのは売れ残っていた過去だから


「どうしました、悲しそうな顔をして」

「大丈夫です。私、売れ残っていたことを気にしているわけではないのです」

「本当のことを言えば・・・ちょこっと、気にしてはいます」

「一年ほど店頭に展示されて・・・オーナーを待ち続けていました」

「同じ日に店頭に並べられた子たちはオーナーがすぐに決まり・・・」

「私の後に並べられた子たちも、すぐにオーナーが決まって・・・」

「でも、私はずっと飾られたままでした」

「店の人からも、ファンの界隈でも・・・私は「売れ残り」と揶揄されて」

「最終的には、店側が早く売りさばきたくて前代未聞の割引。大量の特典をつけた利益度外視商法に出るほどでした」


それは私も知っている

だってそうなった後に、私とアイレは出会ったのだから


「それでも購入者がでなくって」

「・・・そろそろ「リメイク」の話が出た時に、陽キャに連れられ、貴方が来てくれました」

「私の表情をまじまじと見た人間は、貴方が初めてで」

「・・・衝動買いでも嬉しかったんですよ。私にも、オーナーができたんだって!」


そう。あの時は衝動買いだった。一目惚れだったのだ

店に入る前は人形に興味すらなかった私が、なぜか店を出るときには、桁がおかしい領収書とアイレが入った化粧箱。そして天野の進めで購入した服や特典セットが入った小袋を抱えていたのだから、人生は何があるかわからない

アイレをひょいっと抱き上げて、彼女と距離を近づける


「へへ・・・大きいですねぇ」

「貴方はいつも私を大事にしてくれますよね」

「動けるようになった後は、家を私にも過ごしやすいように改造して・・・」

「貴方が私のために作ってくれたものに触れる度、色々と考えてもらえているんだなって、感じます」


アイレの手が私の頬に伸ばされる

少しだけ苦しそうだったので、更に持ち上げてみると・・・アイレは満足そうに微笑んでくれる


「もちろん、貴方に触れてもです」

「これからも私のことを沢山大事にしてくださいね?オーナー?」

「もちろん、その分私も貴方を大事にし返しますので!」


心からの笑顔を浮かべた彼女に、私もつられて笑みが溢れる

そんな彼女を「大事」にするのなら、私にはしなければならないことがある

さっそく、とりかかろう

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