第四話:風邪は嫌なものです

洗い物を終えた私は、お風呂に入った

一風呂終えた私はすばやく髪を乾かした後、リビングに戻る


「おかえりなさい」

「あ、きちんと髪を乾かしてきたのですね。偉いです」

「髪の濡れは風邪の始まりとも言われていますからね」

「・・・初耳?」

「当然です。だって、今私がいいましたもの。ほら、髪を拭いてあげますので、乾いたタオルを貸してくださいな」

「これぐらいの水ならばお気になさらず。ささ、こちらへ」


タオルを握りしめた彼女は、私の頭の近くでそれを必死に動かしてくれる

大変なのはわかっている。けれど彼女の「お誘い」を断れない

私のことを思ってしてくれていることだ。厚意を無下はしたくない


「お世話のしがいはありますが、貴方が風邪を引いているところは見たくはありません」

「・・・貴方は、覚えていますか?私が動けるようになった日のこと」


タオルは気がつけば床に落ち、アイレは私の耳元で静かに語りかけてくる

懐かしさを込めた優しい声。人形だけれども、吐息がある

小さな息は少しだけ温かくて、とてもくすぐったい


「貴方が、風邪を引いていた時です。いんふるえんざ・・・?でしたっけ?」

「高熱で動けなくて、遠方にいる身内はもちろん・・・唯一の友達だった陽キャも仕事で昼間は来られませんでしたから・・・」


そういえばそうだったな

今でこそアイレ経由で雨宮さんや九森さんとか知り合いは増えた

けれど、アイレがここに来た当時。私の友達といえる友達は天野ぐらいしかいなかった

両親と妹は遠方にいる。頼ることは難しい

既婚者の姉は電車一本の距離に住んではいるが、あまり頼りたくはない。姉の性格が無理なのもあるが、第一に小さい息子さんがいたから。うつす要因にはなりたくなかった


「私は苦しむ貴方を見ていることしかできなくて」

「あの時は、一番つらい記憶と言っても過言ではありません」

「せめて手を握って上げられれば、せめて側にいることができれば・・・と」

「棚の上から、苦しむ貴方を見守り・・・そう考えることしかできませんでした」

「祈ることしか、できませんでした。けれどーーー」


彼女は私の肩に身を寄せてくる


「その瞬間、何故か私は動けるようになりました」

「奇跡だと思いました。理由は私にもわかりませんが・・・そんなことはどうでもよかった」

「貴方の側にいられて、貴方の為に何かを為せるようになれたのですから」


顔を横に向けると、そこには笑顔を浮かべたアイレがいた


「最初は、熱で頭がおかしくなったか・・・なんて、言っていましたね」

「事実、おかしい光景ではありましたが、あっけなく受け入れてもらえたので・・・そこは正直驚きです」

「もう少し、怪しんでよかったのでは?」

「・・・私だから、受け入れられた?」

「ありがとう、ございます・・・」

「で、でも人形が動いて」

「そんな些細なことを気にする必要はない!?」

「貴方ねぇ・・・そういう適当なところはどうかと思います」

「全然些細なことじゃないですもん。私が動いているのは特別なことですもん」

「・・・貴方が大好きだから、ですもん」


そう呟いたアイレの頭を軽く撫でる

そう言ってもらえるのは嬉しい

しかし「一番つらい記憶」はそれでいいのだろうか

アイレにとって一番つらい記憶は「出会う前」だとずっと思っていたのだが・・・

更新、されたのだろうか

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