第三話:食後の会話は他愛なく
先に台所へ回り、アイレが運んでくる食器を流しの前で受け取る
「あ、いいのですか?」
「ありがとうございます。では、お願いしますね」
洗い物を揃えた後、私はスポンジへ水と洗剤を含ませ、それを食器へと押し付けていく
「あわあわですねぇ・・・」
「この中に溺れてみたい欲求はあるのですが、身体の金属が錆びちゃいます・・・」
「水に強い身体ではないですからねぇ」
「貴方のように、血の巡る身体であれば・・・水が苦手なんてことはなかったのでしょうか」
アイレはしょんぼりと流し台へ落ちる水を眺めて、ため息を吐いた
彼女は人形。精巧に描かれた表情は水で落ちることはないようだが、濡らすことは厳禁だと、
人間で言うところの骨・・・「フレーム」に使用している金属は手入れを怠れば錆びてしまう
扱いなんて、小さい頃の姉が持っていた「リコちゃん人形」のイメージが強かった私は、天野から説明された「扱い方」に、アイレを迎えたことを若干後悔しそうになった
高いだけあって、扱いが非常に難しかったのだ
「どうしました?苦虫を噛み潰したような顔をして・・・」
「ああ。あの陽キャから「扱い」を学んだ日のことを思い出していたのですね」
「あの時の陽キャ、後半は目がイッていましたし・・・正直やばいと思っていました」
「でもお陰で、私は貴方に大切にされています。悪いことばかりではありません」
確かに、天野から扱いを教えてもらった後は・・・金額のこともあって、アイレのことをとても丁寧に扱っていたと、自分では思っている
しかし彼女からそう告げられることで、きちんと安心できた
自分は、アイレを大事に出来ていたのだと
「貴方は真面目さんです。陽キャからの教えを何一つ破ることなく、忠実にこなして・・・私との約束だって守ってくれます」
「けれど時に心配なのです」
「真面目で、何事にも手を抜かない人だからこそ・・・尚更」
「貴方は無理をしていませんか?」
見せていないだけで、自覚をしていないだけれ無理をしている場面はあるかもしれない
洗い終わった食器を乾燥棚に置いた後、水を止める
濡れた手を吹きつつ、私は彼女の目を見て「答え」を述べた
「ん・・・無理をしていないのならいいのです」
「でも、限界を迎える前に相談ぐらいしてくださいね」
「私は「支え」です。貴方の助けになりたい存在なのです」
濡れたシンクの上を歩き、アイレは私の近くに歩いてくる
そして顔を近づけるように、手で合図をした後・・・
私の頬に、彼女の小さな両手が添えられる
「・・・だから、無理をしている時は寄りかかってください」
「私は賢い人形です。いいですか、人の漢字の成り立ちを思い出してください」
「人は、一人では立てません。支え合って立っているのです」
「私は人形ですが、漢字の「人」が入っています」
「作り物ではありますが・・・「人」である私は、貴方をちゃんと支えられますから」
「だから、何かがある前に・・・ちゃんと。お願いですよ?」
わかった、というように彼女の頭を撫でておく
作り物だけれども、触っているだけでなぜか温かい気持ちを覚えられる
しかし、なんだろう
最近仕事が忙しかった影響か・・・彼女の髪があまりサラサラではない
「む・・・むっ?むう?むむむ?」
「どうされました?あの、頭を撫でながら険しい顔をするなんて・・・」
「いつもは触るだけで「ほわわん」っと言わんばかりに表情が緩むのに・・・」
「あっ・・・毛先」
「め、珍しいですね。私のくるくる部分に触れるだなんて・・・」
「ふにゃっ!?け、毛先を近くに持っていくなんて、貴方、何をしようと・・・!?」
「キス、ですか?キスなんですか?髪へのキスは思慕・・・」
「わ、私は鈍感ではありません・・・だから貴方が大胆な事をしなくても、その気持ちは・・・む?」
アイレが何か早口で言っていた気がしなくもないが、私の興味は唯一つ
毛先の、肌触りだ
「なぜ、険しい顔をしつつ、指で毛先を触り続けているのですか?」
「私の、髪質チェック・・・。ふーーーーーーーーーーん」
「・・・期待した私が馬鹿でした。そういうこと、貴方は軽率にしないのは良くわかっていたはずなのに」
「・・・たまには、してくれてもいいのに」
「そういう硬派なところが貴方のいいところではありますが、もう少し乙女心を知る努力をしていただきたいものですっ!ぷんすこ!」
出会った時の頃に浮かべていた無機質な目で、私に失望の視線を向けてくる
冬の夜空のように凍てついた目だ
しかし、すぐにいつもの、太陽が差し込んだ海のようなキラキラとした青い目に戻ってくれる
しかしなぜ怒られているのか。さっぱりわからない・・・
乙女心というものは、人形でも複雑なようだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます