第二話:まずは、お腹いっぱいになりましょう

リビングに移動して、すぐに台所へ

シンクの上にアイレを立たせ、その間に私は弁当を包みから出して流しに置いた

弁当と水筒は晩御飯の洗い物と一緒に

今はとりあえず手を洗った

タオルで水気を拭き取った後、アイレに目を向けると・・・


「ぐつぐつことこと、じっくりじゃがじゃが。ほろほろじゃがいもてんかいち・・・」

「ん?ああ・・・そうですよ。お料理の温め中です」

「歌うところ、初めて見せましたっけ?」

「ふふっ。意外と上手でしょう?リクエストがあれば何でも言ってくださいね」

「・・・え?変な歌だった?そんなに変でした?私渾身の出来栄えと思うのですが・・・」

「ちなみに、先程の曲は「肉じゃがの歌」です。作詞作曲私。歌えば肉じゃがが百倍美味しくなります。覚えておいて損はありません」


小さな声で歌っていた彼女の変な歌・・・もとい「肉じゃがの歌」

そんな歌がなくても、アイレの肉じゃがは世界一美味しい

肉じゃがだけではない。料理全般美味しいのだ

アイレの用意する食事以上のものには、もう一生巡り会えないと感じるほどに


「覚えていたら、何か為になるのかって?」

「そうですね。私と一緒に肉じゃがを作る時に困りません。一緒に歌えば美味しさ一万倍!ほら、お得がいっぱいですよ」

「覚える気になりました?なりましたよね?」


「やった。では完璧に覚えられた後の休日、一緒に肉じゃがを作りましょうね。美味しさ一万倍のやつです」

「私、その休日がとても楽しみになりました。なので、早く歌を覚えてくださいね?絶対ですよ?」


楽しげにステップを踏む彼女は晩御飯を温め終えて、用意していた皿の上に料理を盛り付けていく


「んしょ、んしょ・・・腕の可動域が狭いので一苦労です」

「それに重・・・ああ、お玉持っていったらやです。やっ!」

「・・・代わりに、盛り付けてくれるのですか?」

「手間をおかけして申しわ・・・あ」

「いえいえ。ここは、ありがとうございます。ですよね」


アイレは申し訳無さそうな表情を隠しつつ、台所を経由して・・・テーブルへと向かっていく

私は冷蔵庫に用意されていた他のご飯とともにテーブルへ向かい、食事を並べていった

最後に運ぶのは、メインの肉じゃが

私の、大好物だ


「配膳、ありがとうございました」

「うふふ。そうですね。私はあくまでも人形。小さい私にできることは限られています」

「人間な貴方と、人形な私。片方が苦手なことは、片方の得意なことだから・・・互いに得意なことを率先してやっていこう」

「私が動けるようになってから最初に決めた取り決め。しっかり守ってくれて嬉しいです」

「え?私?」

「いえいえ。私は先程、喧嘩以外で謝罪はしない取り決めを破ろうとしました」

「ああ、本当にうっかりなんです。つい!うっかり!」

「・・・怒って、いませんか?」

「にゃ!?お仕置き!?」

「確かに取り決めを破ったらお仕置きの約束もしましたがっ・・・ひゃあぁ・・・」


ぷるぷると震えるアイレを見て、ちょっとだけ笑ってしまう

別に叩くとか、そういう仕置をするつもりもない

なんならお仕置きも、とりあえず言ってみただけで・・・お仕置きをする気なんてさらさらないのだが


「・・・へ?貴方にご飯を一口食べさせる?それだけでいいのですか?」

「なんか、拍子抜けです・・・」

「べ、別に変なことを想像していたわけでは・・・」

「あっ、貴方は優しいから!そんなことはしないことぐらい、私にはとぉーーーっくの昔にわかっているのです!」


動揺が残った声でアイレはそう告げた

とても、そんなことは微塵も思っていない反応だったけれど

それを言ってしまえば、不機嫌なアイレは見れそうだが、食事を運んでくれるアイレには会えなさそうだから、黙っておこう


「で、では気を取り直して、早速やっていきましょうか」

「でもその前に・・・あれをしましょう」

「おててをぱっちん!いただきます!」


いつも通りの食事の挨拶を終えれば、後はアイレの独壇場

カトラリーケースから取り出したスプーンとフォークを器用に使い、スプーンの上に食事を盛ってくれる


「最初は肉じゃがを食べましょうか」

「自信作ですからね。一番最初に食べてほしいのです」

「んしょ、んしょ・・・これでよし」

「後は、そうですね。熱すぎますから・・・」

「ふう、ふう・・・」

「はい。どうぞ。少し冷ましておきましたが、まだ熱いかもしれないので・・・気をつけて」


湯気立つ肉じゃがを乗せたスプーンを、私は口に含んだ

確かに熱いけれど、熱すぎて悶えるほどではない。むしろ適温だ


「ふふっ。美味しく出来ていたようです」

「貴方の顔、とっても満足そうですもの。温度も問題ないようですね」

「その表情は作り手としては嬉しい限りです」

「さあ、次は何を食べたいですか?」


アイレにご飯を運んでもらいつつ、夕飯を楽しむ

当然のことながら一人で食べたほうが早い

しかし・・・運ばれるのも悪くない


「おててをぱっちん。ごちそうさまです」

「ふう、ふう。やはり疲れますね」

「いえいえ、大変ではありますが、それ以上にやりがいがあります!」

「・・・毎日してあげてもいいのですよ?」


悪くはない提案で、つい頷いてしまいそうになるが、アイレはフォークを私の顔面に向けてくる

どうやら、頷かせてはくれないらしい


「なぁんて、冗談です」

「そこまで私に頼りきりだと、貴方が一人で食事もままならないダメ人間になってしまいます」

「確かに私は貴方の為に動きたいと願い、その願いのままに動けるようになりました」

「あくまでも私の立場は「支え」。貴方の「助け」になるべく生まれた存在なのですから」

「そう「依存」されるのは大変不本意です。覚えておいてくださいね?」


言い聞かせるように告げた後、彼女はテーブルを歩き、空き食器を台所へ運ぼうとする

洗い物をする気だろう

しかし彼女にとって水は天敵

それに、何もしないのは気が引ける。洗い物ぐらい、自分でしなければ

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