初めてのゴブリン狩り


「居たぞ、ゴブリンだ」


 鳴弦の儀を止めてもらい、俺の探査魔法によってゴブリンはすぐに見つかることとなった。

 斥候か――それとも、はぐれ・・・かは分からないが、遠くに3体のゴブリンが周囲を伺っている。


「何を探しているんだろ?」

「分からんな……。獲物を探すにしては身をさらし過ぎだし、もしかしたら発生したばかりなのかもしれん」


 ダンジョンってのは、向こうアルセイバルでもその存在は解明しきれていない。

 モンスターは繁殖するのが常だが、ダンジョン内では繁殖と同時に自然発生しているところも目撃されている。

 要は、魔力溜まりの魔力が固定化して起こる現象だ。


「まっ、とにかく獲物は見つかった。撮影だ」

「そだね」


 液晶をこちらに向け、自撮り棒を伸ばして撮影を開始する。


「ちょっと歩いて、ゴブリン見つけました」

「見つけました~」


 俺とノリ良く調子を合わせてくれる涼子からカメラを動かし、遠くのゴブリンへと向ける。


「初心者向けと言われていますけど、束になってかかってこられるとかな~りヤバい相手なんで注意が必要です」

「それで、いつやって良いの?」

「待て待て、まだ早すぎる」


 台本が無いとはいえ、さすがに先走り過ぎている。

 人型のモンスターと対峙し、あまつさえそれを殺すとなれば普通の人間なら少しくらいは躊躇うはずなのに、涼子こいつなに?

 快楽殺人鬼かなんかの?


「危険なモンスターではありますが、狩り方にさえ注意すれば我々、エルフが持つ弓矢でも全く危険なく倒すことができます」

「矢、つがえたよ」

「早い、早い」


 しまったな。

 身内が仇となるとは思わなかった。


「この距離から当たると思っているのか?」

「おじさんが出した武器だし、当たるでしょ?」

「いや、まぁ……そうだけど」


 俺が持っているハイエルフ弓にも涼子が持っている長耳族弓のどちらにも、風の精霊の加護が付いている。

 つまり、射程はただの弓の比ではない。


「え~、気を取り直して、まぁ射って見ましょう」


 これ以上、待たせると狂犬のごとくどうにかなってしまいそうなので、早々に撃たせることにする。


「どれから狙う?」

「一撃で沈められる自身があるなら、どれからでも」


 ゴブリンは3体ともこちらの存在に気づいていない。

 涼子は、「う~ん、この辺りかな」と多分、やったこともない距離でありながら目測で射角を決める。


 そして、なんの迷いもなく手を離すと、矢はヒュンと綺麗な音を立て飛んでいった。

 俺もそれに合わせてカメラをズームさせると、矢は一瞬だけ、光を放ち真ん中に立っていたゴブリンの頭を貫いた。


「ビューティフォ」

「よしっ!」


 仲間を射殺されて慌てるゴブリン共だったが、その後、二射、三射と初距離とは思えない長距離射撃を上手く決めた涼子に全て射殺された。


「すごいな、ウィニタ。初めてでここまで上手くやれるとは思ってなかったぞ」

「……誰って?」

「お前だ、お前。自分で、『ウィニタ』って名乗っていただろう」

「あっ、そうだった」


 ここは編集点に使うか……。

 涼子ウィニタの設定は練りに練ったものだと思っていたけど、もしかしたらアレを即興でやったのかもしれない。

 変な才能が開花しないか怖い……。


「えーと、まぁ、こんな感じで遠くから射れば安全に対処できますね」

ハイエルフ・・・・・の私が凄すぎて、あんまり参考にならなかったかな?」


 ニッコニコに笑いながら、涼子はピースサインを前面に押し出す。

 調子に乗り過ぎても困るが、この距離を風精霊の加護があったとしても初めてでやれるのは正直言って凄い。


「涼子は弓道部だけど、イイ線いってるの?」

「県大会予選落ちでっす!」


 ブイブイ、とピースサインを俺にも振りまいてくる。


「なら、センスが良いんだな」

「マジで!? エルフの才能ある!?」


 「わ~い」と喜ぶ涼子。

 本当になんというか、最初と性格違うのな。


「それより、早く魔石を取りに行かなくちゃ」

「そうだった。こうしちゃおれん」


 狩った証でもあり、政府が直接――というか強制的に買っていく魔石。

 あれが無いと、お金と交換してくれないからな。



「うわっ!? こいつっ!!」


 距離が開いているゴブリンの魔石へと向かい歩く2人。

 そんな2人の耳に怒号が聞こえた。


「えっ!? なに、なに!?」

「あぁ、ゴブリンと戦っている冒険者だな」


 驚く涼子とは別に、俺は初めから気づいていたのでこの怒号で驚くことはなかった。

 ゴブリン5体対冒険者3人。

 全く問題ない。


「助けに行こう!」


 全く問題ないけど、問題があるやつがこっちに居たわ。


「なんで?」


 ゴブリンに負けるような奴がこの階層に来ている訳ないから、別に助けなくても良い。

 それよりも、横から手を出せば横取りしようと思われるだろう。


「ワタシ、エルフ。ヒト、ルール、シラナイ」


 「ワーオ」とエセ外人みたいなリアクションをとる涼子。

 それより、自分がエルフであることを他人に見せたくてしょうがないみたいだ。


「今回は、俺のチャンネルなんだから、あまり突飛なことをやられると困るんだが……」

「じゃぁ、あの3人がヤバくなったら出て行っていい? 良いよね?」

「それなら――まぁ……」


 フラグが立ってしまった気がするが、見守るだけ見守ってみようか……。

 前衛2人に後衛1人。

 バランスが取れているように見えるが、何とも動きがぎこちない。


「あー、ありゃ、ネットで集めた寄せ集めだね。知らんけど」

「嫌なもんに当たっちまったなぁ、おい」


 すでに負けそうな気配ビンビンだわ。

 前衛2人は互いに遠慮してというか、間合いを測り切れずにつかず離れずをくりかえり、なかなか相手への一歩を踏み出せない。

 後衛は、弓を引き絞るが、どっちつかずの狙いで止めてしまう。


「これはさすがに、大事になる前に出ていった方が良いと思うんですが、そこんとこどうでしょうか?」

「……行ってこい」

「ういっス!」


 もはやあきらめの境地だ。

 涼子はイキのいい返事と共に、目にも止まらぬ速さでゴブリンと戦っているパーティーへ向かい走り出した。


「いや、あいつどうすんだよ」


 こちとら、遠距離攻撃の後衛だ。

 近づくにもほどがあるというのに、涼子はずんずんとゴブリンに襲われているパーティーに近づいていく。


「そこまでよ!」

「グギィ!?」


 そして、ゴブリンの目の前まで行くと、ヒーローよろしく名乗りを上げるのだった。


「私は、モーラトニの森の恵みを受けるウルララ族の者であり、アレッザにしてイコラスの子、ウィニタ――」


 合っているのかいないのか分からない名乗りを上げた涼子は、ゴブリンから3人のパーティーに目を移した。


「ハイエルフよッ!」


 バーン、と効果音が出そうな登場と共に、どうしても譲れない部分をさらしだし自己紹介をした。


「ハイ……エルフ……?」


 突然の珍客に驚く冒険者とゴブリン。

 両者の戦闘を止めさせるという偉業を成し遂げた涼子ウィニタは手を天高く掲げた。


「集え、風の精霊よ。その力を持って、忌まわしき異形を消し去れ――」


 もちろん、掲げた手には風の精霊は集まっていない。

 もしかしたら、弓についている加護を当てにしているのかもしれないが、加護は加護で精霊魔法は関係ない。


「ウィンド・ランスッ!!」


 バッ、と手のひらをゴブリンに向け、涼子ウィニタは魔法を唱える。

 しかし、何も起こらない。


「何やってんだ?」


 このダンジョンで魔法はまだ発見されていないというのは、このダンジョンの先輩である涼子の方がよく知っているはずだ。

 それなのに、なぜ突然、魔法――っぽい表現――を始めたのか。


「――――ッ!!!!」


 走っただけではない、顔を真っ赤にさせ涼子ウィニタがこちらを睨みつけて、何か口だけをパクパクささえて叫んでいる。


「早く撃って……?」


 「やれやれ、そうならそうと、先に言ってから行けよ」とため息を吐きながら、弓に矢をつがえる。


風の精霊よ、矢に宿って力を与えよソルフィア・エレンシア・アルコス・インフュージョカインド


 詠唱すると、矢がヴォンと微振動を始めた。


「行け――」


 放つと、自ら意思を持っているかのように、矢は直線でゴブリンの頭を貫いた。


「キャワッ!?」

「「「ひぃっ!?」」」


 早く撃てと言った涼子ウィニタがなぜか、他の冒険者と一緒に驚いている。

 一射、二射と放ち、すぐに全ゴブリンの頭を貫いた。


「…‥‥はっ!?」


 静まり返った周囲を見た涼子ウィニタは、急いで立ち上がり言った。


「風精霊って気まぐれで、こうやってちょっと遅れてくることがあるの」


 バチコーン、と冒険者たちに力強くウィンクした後、こちらを振り返りキッと再び睨んできた。


「正直言って、あなたたちの実力じゃ、この階層はレベルに合っていないわ。安全な今のうちに、早く帰りなさい」

「はっ、はい、ありがとうございます」


 実力不足を強く指摘したにも関わらず、本人たちもそれを理解していたのか、それとも涼子ウィニタに関わらない方が良いと思ったのか、冒険者たちはすごすごと帰っていった。

 その後、ゴブリンの死体が消えた場所に残っていた魔石を取ると、俺に向かってニコッと笑った。


 どうやら、満足いただけたようだ。

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