バイト系元勇者
ネカフェのカップルシートで、俺はいつものようにのんびりしている――はずだったんだけど、今は朱音と涼子に挟まれて苦しい思いをしている。
びっくりだろ?
お金を払ってでも、可愛いJKに挟まれてカップルシートに座りたいって人も居るだろうけど、俺は疲れているんだよ。
しかも、この2人、なんでか知らないけど切れてるし。
「そろそろ話してくれないと、訳が分からんのだが――」
「だーかーらー! 悠とあの日、何があったのかって聞いてるんだよ!」
これだ。
マジで意味が分からない。
未踏破領域を俺と悠で踏破してから、朱音と涼子の様子がおかしくなってこの通りだ。
「おじさんさぁ、早いとこ白状しないとお巡りさんのお世話になるよ?」
「お前らに絡まれてるってこと以外、俺がお巡りさんにお世話になることなんてないんだがな」
本来なら、このカップルシートは俺一人で寝るために借りたもので、2人は入ってきちゃいけないんだ。
これで俺が追い出されることにでもなったら、2人は責任が取れるのか?
いや、取れないね。たぶん。きっと。だいたいは、
「悠の奴、おじさんと未踏破領域を攻略してからこっち、ずっと夢見てるようにポケポケしてんだよ」
「怪我もなければ、精神汚染もないんだろ? だったら、疲れているだけさ。安心しなって」
「ポケポケ、ってかわいい表現だな」なんて考えながら返答するも、俺の答えが気に食わなかったのが、朱音の表情がさらに険しくなる。
「だから、そこで何があったのかってことを聞きたいんだよ」
「何かってなんだよ……。説明した以上には、何にも詳しい話は出てこないぞ?」
朱音と涼子の様子から、俺が魔法を使ったてことはバラされていないらしい。
仲の良い――同じパーティーの2人になら言うだろうと思っていたけど、思っていた以上に悠は口が堅いようだ。
すまんかったな。明日には、すでに知られていると考えていたよ。
「おじさぁ~ん。なぁ~に、ニヤニヤしてるんですかぁ?」
むぎぎ、と涼子にわき腹をつねられる。
鍛えているから痛くはないが、やられて嬉しいもんじゃない。
「ニヤニヤもしていないし、隠しごともしとらん。さぁ、帰った帰った」
壁側に座っている涼子をお姫様抱っこで場所を入れ替えると、2人から「おぉ~」と小さな驚きの声が上がった。
「おじさん、何気に力持ちだよね。それで、私たちを追い出して、悠とどんな連絡を取るんだよ?」
「今日はもう取らねぇって。これから、バイトを探すんだよ」
「バイトぉ?」
2人から懐疑的な目を向けられた。
今はキラキラスリースターズに寄生する形でダンジョンに潜っているけど、早いところ俺も免許を取って自分で潜りたい。
「私たちのカメラマンじゃ不満ってこと?」
「不満も何も、このままだとネカフェ住まいから脱却できないんだよ」
カチカチカチ、と先日、撮影した木のウロに落ちるまでで何とかハプニング動画として編集し、今は結合中で触れないのを利用してバイト探しのサイトを立ち上げる。
カチカチとスクロールしてみるも、なかなか割のいいバイトどころかまともなバイトすらない感じだ。
「私、めっちゃいいバイト知ってんだけどなぁ~」
涼子がニマニマと笑いながら俺の腕を取る。
「俺は大人だからな。高校生が言う良いバイト程度じゃ気を引けんぞ」
「親戚が酒屋やってて、その配達してくれる人を募集してるんだよ」
「免許持ってねぇって」
高校卒業する前に車の免許は取ったけど、免許証は向こうで失くしたし、更新しようにもすでに失効しているだろうから、また一から学校に行かなければいけない。
「最近、駐禁とか厳しいから、自転車にリヤカー付けたやつで配達するのが普通だよ。今まで運んでくれてた人が辞めちゃって、今はおじさんとおばさんが交代でやってるみたいだけど、体がもたないって」
「給料は?」
「配達だけだと幾らだろ……。そこは直接聞いてみたら?」
良識ある大人だったら、そこまでヤバい金額にはならないだろう。
さっきまで大人しそうな顔して生意気な女子高生にしか見えなかった涼子が、今は可愛い女子高生に見える。摩訶不思議だ。
配達先の住所を覚えるのが大変そうだが、体力には自信がある。
ってか、持っているものは健康健全頑強な体しかない。
このバイトができれば、住所不定無職から自称アルバイト店員に昇格できる。
「よし。それがもし本当なら俺も地下で何があったか話そう」
あまりの手のひら返しに、朱音と涼子は「こいつ、本当に秘密を握っているのか?」と訝しむが、伝票を手に取り先を歩く俺についていかざるおえなくなっていた。
□
「へぇ……マジな話だったのか」
「ちょっと、嘘とか思ってたの!?」
「こっちも必死なんだよ」
「失礼すぎ。やっぱ連れて来なきゃよかった」と怒る涼子をなだめつつ、酒屋とその周囲を良く確認する。
もしかしたら罠かもしれないしな。
昔、
その中の大部分がヴァリッサー騎士団の仕業だったんだけどな。どんだけん恨まれていたんだ。
ホロリ、と昔を思い出して涙を流すと、涼子が「泣くことないじゃん。ごめんて」と見当違いに謝ってくれた。
涼子の親戚夫婦に挨拶をすると、仕事内容を簡単に説明してもらい、給料の話も同時にしてもらった。
ありがたいことに、そこそこ良い値段だったので即決となりそうだ。
俺については前々から話は聞いていたそうだが、ホームレスと聞きどんな奴が来るのかと戦々恐々だったらしい。
そりゃそうだ。俺だって、親戚の
「さて、ここで働くことがつつがなく決まったっていうことで、今度はおじさんの番だよ」
親戚夫婦――安永夫妻から仕事について一通りレクチャーされて、今は角打ち場に積まれたビールケースの上に座って俺は問い詰められている。
「そうだな……。どこから説明すればいいのか分からんから端的に言うが、俺は魔法が使えるんだ」
職業は勇者だが、分かりやすくそう説明した。
「うっわ、最低……」
「おじさんが童貞とか別に知りたくないし……」
「なんでそうなるんだよ」
今度はこっちが切れる番だ。
いわれなき誹謗中傷。ゆるせん。
ちなみに俺はまだ20代だし、どどど童貞ちゃうわ。
「
本当のことを言っているにも関わらず、「こいつ、ここまで来て嘘をつくのか」という表情で俺を見てくる2人。
このままではらちが明かないので、手の平に火を出す。
「ほら」
「えっ、すご!?」
「手品!?」
驚きを見せる2人。
やっぱり、人が驚くところをみると面白いな。
「本当に魔法なの? 手品じゃなく?」
「なんでわざわざ手品を見せるために、ここまで引っ張る必要があるんだよ。それに、悠の様子が変な理由を教えろって言ったのはお前らだろ」
「そっ、そっか」
フッ、と手を握ることで火を消すと、2人から驚嘆の声が上がった。
「じゃぁ、悠は力を倍増させる魔法をかけられてるってこと?」
「――やっぱり、力が出てるか」
朱音の言葉にすぐにピンと来た俺は、すぐに返答することができた。
「やっぱり、魔法で悠の足が速くなってんの!?」
「魔法は全くかけてない。原因があるとすれば、未踏破領域で見つけたダンジョンコアに近い存在に触れたことによってレベルが上がったんだ」
「「レベルが上がった?」」
2人の声がハモった。
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