キラスタ、新コンテンツ

 問題は山積みだった。


「やっぱり、すぐに真似される……か」


 ネカフェで動画を投稿して数時間後、再度、アドツベにて動画の再生数を確認するとスライムを使ったウッドウォークの討伐を真似した動画がゴキブリのように湧いていた。


 内容は前回と同じもので、「本当のウッドウォーク討伐~」系から「私が考えるオススメウッドウォーク討伐~」系がほとんどを占めていた。


「やっぱり、簡単な討伐方法は簡単に真似されるな」


 これは異世界アルセイバルでも同じもので、一つでも攻略方法が見つかればみんながその尻馬に乗っかるようにこぞって同じ攻略方法をするのだ。

 しかし、モンスターだって馬鹿ではない。

 同じ攻め方をすれば、いずれ対策を取るモンスターや増えてくるようになる。


 そのターニングポイントに出会うと、こちらも対処が遅れ、やられてしまう可能性が出てくる。

 カチカチカチカチと動画を流し見していると、まだ触れられていないジャンルが現れた。


「あ~。そりゃ、物にあふれた現代・・・・・・・・だったら絶対に見向きもしないよな」


 だが、これはキラスタの案件ではなく、異世界お兄さん(まだ一つしか上げていない俺の動画チャンネル)の案件になるだろう。

 問題は、免許がない俺がダンジョンに入るには、誰か免許取得者が一緒でないと入れないということだ。


 前にダンジョン前で冒険者と交渉しようとしたのだが、やはりこちらでも寄生は嫌がられるらしく、断られるか高額な金を要求されるか、危険な作業を肩代わりさせられるかのどれかだ。

 危険な作業は正直、俺にとっては危険な内容ではなかったのでやっても良かったのだが、それで有名になるのは困るのでとりあえず保留にした。


「申し訳ないが、仕方がない」


 ポケットから取り出したのは、悠が中学生まで使っていたキッズスマホだ。

 契約はしていないので自力通信はできないが、フリーWi-Fiが飛んでいるとこであれば問題なく使えるので、キラスタとの連絡を取り合うために貸してもらった。

 トークアプリに一つしか入っていないグループ「キラスタ+おじさん」にメッセージを送る。


『今日、ちょっとやってみたいことがあるんだけど、誰か来れそうな人居る?』


 質問を送ると、返信はすぐに来た。


『学校が終わったら大丈夫だよ』

『今日はパス』

『予定があって、私は無理です』


 朱音と涼子はダメそうだが、悠がOKらしい。良かった。

 


 ダンジョンに潜り、第四階層へ向かう。

 途中、有名になり始めたからか、キラスタメンバーの悠だと分かると冒険者(主に若い男性)から声をかけられることが多かった。

 俺だって若い男性に分類されるはずなのに、なぜかおじさん呼ばわりなのはなんでなんだ?


「それで、今日は何するの? 特にその荷物は」


 悠が疑問に思ったのは、俺が背負った荷物のことだ。

 アイテムボックスがあるので本来ならこんな風に持ち歩くことはないのだが、途中で取り出しては不思議に思われてしまうので、面倒くさいがこうやって背負って持ち歩くのが一番だ。


「今日は、ダンジョンで料理を作ろうと思う」

「料理? 深夜までかかるってこと?」

「いや、ダンジョンで取れる食材を使った料理だ」

「…………」


 俺の言葉に、悠の動きがピタリと止まる。

 今まで見てきたモンスターと言えば、スライム・ゴブリン・ウッドウォーク程度なので、ダンジョンで取れる食材と言われたら警戒されるのもうなずける。


「すごい! それ、絶対バズるよ!」


 だが、返ってきた反応は予想と反するものだった。

 「バズる」という魔法のワードは、モンスターを食べるということも超越するらしい。


 ちなみに俺もモンスターを食ったことはあるし、調理をしたこともある。

もちろん、毒系モンスターを食べて死にかけたことだってある。

 辛いことに、毒があるやつが美味かったりするんだ。


 ただ問題があるとすれば、俺の知識にあるモンスターとこのダンジョンモンスターが違った場合、調理法を間違うと悠が死んでしまうということだ。

俺は耐毒性を獲得しているので、ちょっとやそっとでは死なないからいいが。


「今回、第四階層に来たのは前回、第三階層のボスを倒したってのもあるけど、第四階層は森林マップになって、ご飯の元になるモンスターに事欠かないはず・・だ」


 あくまでも、事前に得た情報だけを頼りにしているから、正確なことはいえないけど。


「このマップでご飯の元になるとしたら……何があるの?」

「そこはおいおい。とりあえず、いつもの行こうか」


 いそいそとカメラを用意して撮影を始めると、悠もその気になりいつも通りの笑顔を作る。


「みんな、こんにちわ。今日は私ひとりだけど、頑張っていくよ♪」


 「イエーイ」とアゴのところでダブルピースを作る悠。

 こうした動きのはしばしに違和感がなく、普段からやり慣れているところをみると

「可愛さを追求してんだなー」とおっさんっぽいことを思ってしまう。

「そうだ。今日は生配信しない?」

「生配信か……」


 悠に言われて悩む俺。

 ネット環境と10年間断絶していた俺にも、生配信というものは分かっている。

 ネカフェで何度か見たことがあるし、頭の中でどういった動きで撮影すればいいかシミュレーションもしたりした。


 しかし、その都度、なにかあった場合に3人一気に守ることができないと判断して辞めていた。

 なら今はどうか?


「行けるか……?」


 どうにも失敗しそうな気がしてならなかった。

 所詮は第四階層。

 出てくるモンスターだって、鼻くそほじりながら倒せる――いや、寝てても俺の覇気で倒せるは言いすぎだが、そのくらいのレベルだ。

 でも何か胸騒ぎがする。


「おじさんも、元々冒険者だったらこの階層も来たことあるんでしょ? だったら、大丈夫っしょ」

「ふふふっ。まぁな」


 チクショウ。あんな笑顔で言われちまったら、こっちも自然とドヤ顔になっちまうじゃないか。

 油断をするつもりはさらさらないが、ここいらで本気を出してもいいかもしれない。


 「まかせときな」と力強い笑顔を出しつつ、服の中に手を突っ込み、アイテムボックスから金属製のワンドを取り出す。

 魔法の指向性を出すのに良く、万が一の時にも細かな操作が可能だ。

 さらに、金属製なのでぶん殴るのにも向いている。


「うわ、弱そうな見た目なのに絶対に痛いやつじゃん」

「実際に、警棒と同じ使い方ができるから、痛いは痛いぞ」

「でも、おじさん。それってどこにしまってたの? ダンジョンの外に、ダンジョンの武器を持ち出すことってできないよね?」

「俺くらいの冒険者になると、何かあった時の為に自分にしか分からない場所に武器を隠してんだ。だから、立体倉庫が使えなくなったとしても、こうやってどこからともなく武器が出せる」


 口からの出まかせにもかかわらず、悠は無邪気に「すごーい!」と驚いてくれた。

 そのまま悠も何かあった時の為に武器を隠そうと考えたが、今持っている剣しか武器を持っていないことに気づき意気消沈した。


「さて、今回はこの階層に居る食材を調理していこうと思うんだけど、そのモンスターの名前は歩きキノコモッシュロンダーだ」

「あっ! あっ! 知ってる! もきゅもきゅ歩く可愛いキノコ!!」


 モッシュロンダーとは、そのまま二足歩行するキノコで、大きいもので1メートルにもなるキノコだ。

 その姿が可愛いか不気味かは人それぞれだと思うが、俺は初めて見た時、気持ち悪さが勝ったけどな。


 その歩きキノコの中でも、モッシュが生えたものはそれだけ長い期間、生きているので味も香りも格別といわれている。

 毒はもちろんないので、安心して食べられるモンスターとなっている。


「可愛いのに……食べるの……?」


 そこに気づいてしまうとは、悠……なんと敏い子だ。

 気づかなければ、楽で居られたのに。


「……バズるためだ」


 コクリ、と俺が頷くと同時に、悠はショックを受けた顔になったが、「バズる」という言葉にはやはり弱いようで、すぐに持ち直した。


「できるの……?」

「――うん」


 深刻な話をしているように見えて、モンスターを食うか食わないか、しかもそれが可愛いかどうかの話で、食うこと自体問題にしてないのは今どきの子だからだろうか。


 朱音や涼子が居たらどういう反応をしていただろうか。

 朱音は嫌がりそうだが、涼子は平気な顔をして食いそうだ。


「森に住むモッシュロンダーが居る場所はだいたい把握しているけど、生配信はどの辺りからやる?」

「ここからで良いんじゃない? おじさんのことだから、どこに居るかくらい調べてるんでしょ?」


 まぁね。

 周囲探査を走らせて、モッシュロンダーの大体の位置は把握しているので、ここからは探すという手間をかけなくていい。

 俺が何も言わないのを肯定と受け止めた悠は笑顔で「じゃぁ、ここからで」と言った。


 サッ、とカメラを構える。

 今回は、カメラと悠のスマホを同期させて、撮影したものがネットで配信できるように設定してある。


 気負付けるべきは、俺が映らないようにするくらいだ。

 突発的な配信なので、誰も見ないことが前提の生配信なので気楽に行こう。


「みんな、コンニチワ。悠だよ。今日は、生配信やっちゃいます」


 「わ~」と一人、場を盛り上げる悠。


「今日、ダンジョンに持ってきたのは剣じゃなくて、コレ。コレでね、料理をしちゃいます」


 そういい、悠が背中から回し取り出したのは、フライパンだ。

 使用感がある鉄製のフライパンで、しっかりとシーズニングもしてある。


「材料は、この森に居るモンスターのモッシュロンダー。苔が生えたの方が美味しいらしいから、それを探していくよ」


〔モンスター食うとか、狂いすぎワロタ〕


 悠の胸元に入れてあるスマホから、視聴者のコメントが聞こえた。

 しかし、失礼なやつだな。

 まともだからモンスター食うんだよ。


「私も一瞬はそう思ったんだけどね。しめじだって見た目キモイけど美味しいし」


 しめじ農家に謝れ。

 いったいどうしたっていうんだ。

 みんなおかしいよ。


「それじゃあ、出発するよ」


 このままだと会話だけで時間を食ってしまうので、ササッ、と悠に指示を出して歩かせる。

 背中を映している時は直進。

 左右どちらかから映している時は、圧をかけられたら少しそちらに寄れる。


 正面を映している時は、左手の指示に従う。

 そんな感じで、俺が見つけたモッシュロンダーの居るところまで誘導する。


〔悠ちゃん、可愛い。チュッチュッ〕

「ありがとー。ちゅっ☆」

〔今日は、モンスター攻略教室やらないの?〕

「今日は料理番組だよ」

〔誰が映してるの? 涼子ちゃん?〕

「最近、カメラの人を雇ったんだ。朱音も涼子も、2人とも休み」


 突発的な生配信でありながら、少しずつ視聴者が増えてきたようだ。

 悠は、俺の指示に従いながら森を危なげなく歩き、そして視聴者の質問に答えていく。


〔まさか、カメラの人って男?〕

「うん。そう――」


 「いかんいかんいかん。止めろ止めろ」と口の前に指を急いで立てる。

 せっかく増え始めた視聴者やファンなのに、今、JKと一緒に居るのが男だと分かって要らぬ反感を買っては今までの努力が水の泡だ。


「――じゃないよ。カメラの頭をしたモンスターが撮影している」

〔まさかの異形頭か……〕


 どこまで本気で信じているのか分からないが、それとも空気を読んでくれたのか、視聴者がそれ以上、聞いてくることはなかった。

 そのまま雑談をしながら十分少々歩いたところで、ガサガサと草をかき分ける音が聞こえた。


〔なんか聞こえなかった?〕

〔モンスター来た?〕


 一気にザワつく視聴者たち。

 レスポンスの良い人たちで、キラスタは視聴者に恵まれているようだ。

 そんなことを思いながら手信号で悠に指示を出す。


「(問題ない。歩きキノコモッシュロンダ―だ)」

「(オッケー)」


 すぐに何が起きたのか伝え、それを理解した悠は慌てることなく頷いた。


歩きキノコモッシュロンダーが出たみたい」

〔モッシュちゃんキター!〕

〔モッキュモッキュ〕


 モンスターであっても、一応アイドル枠と言えば良いのか、人気のある歩きキノコモッシュロンダー

 木の影から覗く悠の肩越しから覗くと、一体の歩きキノコモッシュロンダーが居た。

 特に何をするでもなく、のんびりと歩いていた。


「これを……料理するんだ」


 先ほどまでバズることに対して貪欲だった悠が、ここに来て理性を取り戻してしまった。


〔モキュろうは、これから食材にされるなんて思ってもみないだろうな……〕

〔悠ちゃんの、どことは言わないが栄養になれ〕

〔よく見ると、エリンギみたいな形だから美味しそうではある〕


 7:3くらいで、まだ食べる方に視聴者は傾いている。

 しかし、あまり歩きキノコモッシュロンダーの愛らしい姿を見せていては、これからどう転ぶか分からない。

 これは早急に材料化した方が良いだろう。


「(悠。バズるために、早く調理を開始しよう)」

「(わっ、わかった)」


 その姿を眺めている間もモキュモキュと移動している歩きキノコモッシュロンダーと差を詰めるため、悠が足音を立てないように木から木へと走る。

 今まで正面切って戦うシーンが多かったが、こうした追う戦闘も基本的なことはできるようだ。


 もちろん、気配が全く消せていないので上級モンスターには対応できないが、レベルの低いモンスターであれば脅威ある動きになるだろう。

 これで戦えるモンスターが増える。


「よっ――」


 苔の生えた木に背中を寄せた時にそれは起きた。

 バギッ、と鈍い音を立てて、一瞬だが背中を預けた木の表皮が崩れた。


「うわっ、わわっ」


 その一瞬が命取りだったようで、バランスを崩したまま悠は突然できた木のウロに転がりこんでしまった。


「悠ッ!」


 保護者として怪我をさせるわけにはいかない。

背中からウロに転がる悠と地面の間に滑り込んだのだが、予想外のことにそのウロには地面が無かった。

 ――いや、ここはダンジョンなのだからそれも考慮しておくべきだった。

絶対などないのだから。

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