初心者向け動画撮影勇者

 スライム魔石買い取り不可事件という、目も当てられない悲しい惨劇が起きてから数日が経った。


「ごめんね、おじさん。はいこれっ」


 そういい、悠が渡してきたのは二つ折りにされた千円札2枚だった。

 前回、一緒にダンジョンに潜った時に貰うはずだった給料を貰い忘れたため、俺は漫喫に行くことができず、編集もままならなかった。


「さんきゅ」


 お金を受け取り懐に入れる――と見せかけてアイテムボックスに入れた。


「なかなかアップされないなって思ってたら、まさかお金が無かったからなんてな」


 朱音が大人ではなく、ダメな大人を見るような視線で俺を見てきた。


「まっ、まぁまぁ。おじさんだって、先立つものが無いと何もできないわけだし」


 こちらは前回の反省を生かしてレインコートを着て来ている涼子だ。

 スライムから粘液をかけられるのはよくある攻撃方法なので、これは良い対処法だ。

 だが、顔を見せなければ意味がない配信系キラキラ冒険者にとって死活問題ではなかろうか?


「それで、今回もスライム狩りを?」


 というか、3人の技量を考えたらスライム狩りが一番、良いとも言える。

 その辺りは3人とも分かっているのか、それともまだ他のモンスターを狩ろうとは考えていないだけなのか、全員が頷いた。


「なら、俺に大考えがある」


 大人の俺が女子高生に向かって「良い考えがある」なんていったせいか、3人とも身じろいだ。

 やめろよ。結構、ショックでかいんだから。



「みなさん、こんにちは悠で~す」

「おっす。朱音だ」

「スライムに粘液かけられてから立ち直れていない涼子で~す」


 「わ~い」と、俺が持つカメラに向かって始まりの挨拶をする3人。

 挨拶が済んだところで、いったんカメラを停止して次の場面に移る。


「今回、3人には初心者向けのスライムの最速の倒し方を伝授させたいと思う」

「すっげ! おじさん、ただ夢破れた冒険者じゃなかったんだ!」

「おいおい、あまり興奮するなよ。泣いちまうぞ?」


 俺がな。

 お前のトゲのない顔から発せられるヤマアラシみたいな言葉は、俺を殺すのに十分過ぎる殺傷能力を有しているんだ。


「おじさん、早く教えてください! 粘液を私にかけくさった借りは必ず返してやるんですから!」


 ふんがふんが、と鼻息荒く迫ってくる涼子だが、お前に粘液をかけてきた奴は、お前がケジメをつけさせたじゃないか。

 あのスライムの魔石がどうなったか知らないが、たぶん3人の内の誰かが持っているはずだ。


「そう焦るな。まずは、タンク役を決めたいんだが、悠と朱音に頼めるか?」


 頼んだ2人を見ると、少しだけ驚いた後に力強く頷いた。


「なら、攻撃アタッカーは私ですね!」


 ふんすふんす、とスライムに意趣返しできると喜んでいるのか、涼子は鼻息荒く俺が役割を指示する前に名乗りを上げた。


「よし。じゃぁ、方法を説明するぞ。まず、悠と朱音はこの盾を2枚、手で持ってくれ」


 事前にアイテムボックスから出しておき、岩陰に隠しておいた盾を悠と朱音に渡した。


っも」

「なんだこれ!?」


 それほど重くないはずの盾だったが、ショートソードですら両手で持って切りかかっていた2人にとって、このサイズの盾であっても重いらしい。


「文句を言わない。この重さが、後々、効いてくるんだから」

「絶対、腕に効くってオチだろ」

「そこまで言わない」


 馬っ鹿野郎!

 みなまで言ったら、俺が言うオチがなくなっちまうじゃないか!


「私は?」

「涼子はこれだ」

「なにこれ?」


 涼子に渡したのは、持ち手が付いている筒だった。


「これは、ある地方で貝獲りをするための道具だ。盾とこの筒があるだけで、スライムの魔石獲りは革命が起きるぞ」


 俺だって初めて見た時は信じられなかったけど、実際やってみると想像以上に効率よく魔石が取れる。

 もちろん、やってみると重労働だから効率を求めても体が追い付かなくなるんだけどな。


「意義あり! 私は信じられません!」

「ウチも!」

「私もです!」

「却下。意義は認められません。やるだけです」


 「ぶーぶー」と俺の対応が気に入らない3人は文句を言うが、本当にこれはすごいんだ。

 それに、見た目の地味さと違い効率のインパクトが違ってくるから、初心者向け作業指導動画として再生数が伸びること間違いない!


「さぁ、俺の言うとおりにやるんだ。はい、スライムを探す」


 とは言いつつ、「あっちに居そうだな」と気配察知で事前に調べておいたスライムの位置を、それっぽく3人に伝える。

 悠と朱音は盾の重さにヒーヒー言いながら歩き、涼子は自分が持つ筒を訝し気に見ている。

 そして歩くこと数分で、目的のスライムに行き当たった。


「スライムが居たけど、これからどうするの?」


 ここら辺には同じ種類しかいないのか、それとも階層ごとに変わるのか分からないが、またもや同じうす緑色のスライムが居た。


「流れは簡単。まず、悠と朱音の2人が盾で挟み込んでスライムの動きを封じる。そして、涼子が持つ筒をコアにぶっ刺して回収する」


 「簡単でしょ?」と言うと、3人は力強く首を振った。


っっっったいに無理ッ!」

「いやっ。君たちならできる!」


 やってもらわないと、再生数が稼げないしね。

 それに、力強く言ったら3人とも「えっ? でっ、できるの?」みたいな感じで顔を見合わせているし。



「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!」」


 「掛け声は相手に見つかるだけだから、やらないほうがいい」と言ったにも関わらず、興奮と共に出てくる声は止められないようだった。


「「ハイッ!!」」


 ガッ、と悠と朱音がスライムを盾で両側から抑える。


「ヤァッ!」


 動きが止まったところで、涼子がすかさず筒でコアを貫いた。

 なんという綺麗な連携だろうか。

 かれこれ30分くらい同じ行動をやってもらっているけど、一体一体、倒していく度に動きが効率化されている気がする。


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」」

「「ハイッ!!」

「ヤァッ!」


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」」

「「ハイッ!!」」

「ヤァッ!」


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」」

「「ハイッ!!」」

「ヤァッ!」


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」」

「「ハイッ!!」


 ドゴッ


「ヤァッ!」


 ぶじゅぇ――


「あれっ?」


 俺もヤキが回っちまったかな?

 横移動横移動とやってきていたので、次に何が居るのか気にしていなかった。


「ゴゴゴゴゴ、ゴブリンッ!?」


 種類にもよるが、スライムより危険なモンスター代表格でもあるゴブリンが、悠と朱音の盾に挟まれ、心臓を涼子に貫かれ一瞬で絶命した。

 もはや効率の権化とした3人にかかれば、初ゴブリン討伐もコンベアに乗せられたも同然だった。

 これ、ネットに流して大丈夫かな?

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