元勇者のお仕事

 なんにもやる気がしない……。

 昨日はあれほどダンジョンに潜ろうという気概があったというのに、出鼻をくじかれてしまったせいで、すでに未来が見えない……。


 今は、昨日と同じ――というか、昨日の夜からからベンチに横たわっており、朝から光合成をしている。

 もはや、それくらいしかやることがない。


「あっ、いたいた」


 誰かと待ち合わせをしているのだろうか、女の子の声が耳に届いた。

 正面を見ている俺の足側から聞こえる声はたぶん若い、昨日、見た女子高生たちと同じくらいの年齢だと思われた。


 俺もあれくらいの年齢の時は、自分がまさか異世界に転移し勇者となって魔王と戦い、勝って晴れて地球に帰還したらホームレスになるなんて思ってもみなかった。

 こんなことなら、わざわざ地球に帰るんじゃなかった。


「ねぇ、おじさん」


 邂逅していると、俺の顔を覗き込む影があった。


「……君は」


 そこに立っていたのは、昨日、炊き出しをしていた女子高生3人組の内の1人で、あとの2人はその後ろに立っている。

 話しかけてきた女の子は、茶色いセミロングの髪をした学生服っぽい私服を着た女の子だった。

 こういったのも名前があるファッションなんだろうけど、なんせ異世界暦が長すぎて名前なんか分からな――すみません、こっちに居てもわかりません。


「あっ、良かった。生きてた」

「生きてたって」


 失礼にもほどがある。

 生きている人間と死んでいる人間、例え寝転がっていたとしても膨らみが違うから外観だけで判断できるというのに。


「えっと、もう炊き出しの時間?」

「違うよ。私たちは、おじさんをスカウトしにきたの」

「スカウト……?」


 わざわざ炊き出しの呼び出しだとは思っていなかったけど、いったいどんな理由で……?

 その前に、おじさんって酷いな。まだ28歳だぞ。


「そっ。おじさん、魔力の素養があるんだよね」

「魔力……」


 そりゃあるだろ。

 こちとら、10年前線で勇者張ってたんだから、魔力の素養だけじゃなく、使いこなすことだってバッチリだ。

 ただ、使いこなせる場所がないだけで。


「あっ、魔力ってのは最近、固定概念化?された、まぁゲームと同じ考えで良い要素なんだって。ダンジョンで取れる素材を使った武器を使うときに魔力を流すと、その武器の強さが何倍にも引き出されるってやつ」

「なるほど」


 知ってる知識をここまでドヤ顔で言われると、いっそ清々しくて可愛らしさが出る。

 そのままの君で居てほしい。


「その魔力の適正が俺にはあって、君たちのお眼鏡に叶ったって訳だ」

「そゆこと」


 キラッ、とした笑顔が可愛い。

 なんというか、そういったことを意識してやっている輝きというものを感じる。


「それで、俺はなんの仕事をすれば? 一応、どのポジションでも対応はできるけど」


 勇者と言えど、剣一辺倒ではやってられないんすよ。

 まっ、これも勇者だからって感じですかね。

 俺の回答がお気に召したのか、女子高生3人組は「おぉ~」と黄色い歓声を上げた。


「じゃさ、もうこのおじさんでいいじゃん。どこでもできるって話だし」


 グレイメッシュの入ったショートウルフの髪に、イメージ通りTシャツダメージジーンズの女の子がカラカラとした様子で言う。


「でも、女の人の方が……」


 そして最後に、おさげにふわふわした可愛い服を着た大人しそうな子が、これまたその姿に合った意見をだした。


「そうは言うけど、女の人で良い人、全く居なかったじゃん」

「それはそうだけど……」


 どうやら、俺以外にも今まで何人か声をかけそうなところまではいったけど、お眼鏡に叶う人はいなかったようだ。

 そうなると、途端に得意になってしまう。


「じゃあさ、ダンジョンでの働きを見てから正式にメンバーにするってのはどうかな?」


 異世界むこうでもよく使われる手法だ。

 使えるか使えないかはある程度、ギルド内でのランクで分かるのだが、息が合うかどうかは一緒に戦ってみないと分からない。

 だから、急ぎの募集でない限り、一度は共に戦うことを推奨されていた。


「えっ、おじさん、それでも良いの?」


 「失礼っぽくない?」と、見た目からそういったことは感じない現代っ子と勝手に想像していたけど、とても良心的らしい。

 勝手な想像をしてすまんな。


「良いも何も、力があるのと一緒に戦えるかは別だしね。あと、俺はおじさんじゃなくて、荒谷あらや雅貴まさたかって名前だ」


 なるべく心証を悪くしないように、精いっぱいの笑顔で言う。


「あっ、私、羽衣はごろもゆうでっす。よろしく」


 ずっと俺と話していたセミロングカワカワ学生服子が自己紹介してくれた。


「あー、私は、岸波きしば朱音あかね


 グレイメッシュショートウルフ子が自己紹介してくれた。


「あっ、私の名前は、舘山寺かんざんじ涼子りょうこ


 最後に、おさげふわふわ系女子が自己紹介してくれた。

 これで仲良しだよ。やったね。


「ところで、おじさん・・・・。これからダンジョンに行くんだけど、時間ある?」


 あっ、これ仲良くなれてないわ。



 ダンジョンに入るには、昔は免許さえあれば誰でも入れたらしいが、今は魔力測定を行い、魔力がある人間でないと冒険者になれないらしい。

 しかも、免許制であるから一発試験に合格するか、免許を取得する学校に行ってカリキュラムをこなさなければいけないらしい。


 ただ、学校と言ってもまだまだ分からないことの方が多いダンジョンのため、何が必要で何が要らないカリキュラムか学校側も分かっていない状況なので、その内容は千差万別らしい。


 彼女も一応、大手と呼ばれる学校で受講し免許を取得したらしい。

 そして、ダンジョンに潜るのに問題と思われた俺に関してだが、荷物持ちとして登録することでことなきを得た。


 やはり日本は免許制の国。

 免許を持っていなければ人間としても扱われないのだ。


「へぇ~。中ってこうなってんだ」


 ダンジョンの出入り口でも鎧をまとい、剣を携えた人間が見えなかったので中がどうなっているか不思議だったのだが、受付を済ませた後に倉庫へ向かうとそこには立体倉庫が列をなしていた。

 その立体倉庫の端末に冒険者免許をかざすと、自分たちの装備が入った棚が呼び出されるという仕組みだった。


「おじさんは、装備は――」

「このままで構わん。戦うわけじゃないし、注意するのは汚れくらいだ」

「そう? じゃぁ、ちょっと待っててね」


 羽衣さんに言われて、ダンジョンゲート前で待つこと30分。

 あまりにも長すぎる待ち時間に「もしかして騙された?」と疑心暗鬼になりつつ忠犬よろしくまっていると、3人がパタパタガチャガチャと騒々しくやってきた。


「ゴメン! 待った?」


 剣士――というにはかなりラフ――の格好をした羽衣さんが、額にうっすらと汗を浮かべていた。

 他の2人も、量は違えど汗をかいていた。


「平気、平気」


 ダンジョンに潜るために寄生させてもらうんだから、これくらい待つのは我慢できる。

 それに、3人とも準備後、急いできてくれたみたいだし。


「羽衣さんは――」

「あっ、そうそう。急いでいる時、呼びにくいだろうから私は悠でいいよ。おじさんの方が年上なんだし」

「分かった。2人の方は――」


 悠に続き、俺が2人の方を見ると――。


「まぁ、私も朱音でいいや。苗字で呼ばれるの、先生みたいで嫌だし」

「私も、呼び捨てで良いです」


 2人とも、名前で呼んでくれていいらしい。

 ありがたい。

 緊急性の高い事態になりやすいダンジョンで、「さん」付けほど面倒くらいものはないし。


「分かった。それじゃぁ、俺も雅貴まさたかさんで良いぞ」


 これでやっと仲良くなれるね。

 ダンジョンに入る前に仲良くなれて、俺は嬉しいよ。


「再度、自己紹介ができたところで聞きたいんだけど、悠と朱音は剣士アタッカーで、涼子は弓兵アーチャーでいいのか?」


 悠と朱音の両名は、ヒラヒラした服を着てはいるが胸当てに籠手こてをつけて、やや心許ないが細身の剣を携えている。

 心許ないとはいえ、向こうのダンジョン知識であるが、低層のゴブリン、スライム、樹皮の柔らかいウッドウォーク系ならば問題ない。


 問題なのは、涼子だ。

 弓を持っているが、服装的には魔法使いのようなシルエットがある。


わたしと朱音は剣士アタッカーで、涼子は魔力技師の素養があるんだけど、今はレベル上げ最中で、どちらかと言えばまだ弓の方が強いから弓を使ってもらってるんだ」

「私は弓道部で、本当は魔力技師として活動したいんですけど、まだ弓の方がうまく扱えるから……」


 話を聞くに、魔力技師とは技術系錬金術師のような存在だった。

 魔法使いとは別の系統で生まれた存在のようだ。

 申し訳なさそうにいう涼子に、とりあえず俺は頭の中でポジションを考える。

 たぶん、活発で見た目スポーツも得意であろう朱音を前衛バンガードに置き、俺がタンクとなり、悠が涼子を守りながら抜けたモンスターを潰す遊撃アタッカーで、涼子は遠距離ロングアタッカーというのが常道だろう。

 ただ、悠と朱音の格好から2人が攻めて、俺が涼子を守りつつ盾で基本的なヘイトを稼いで、悠と朱音を動きやすくするってのが良いんだろう。


「分かった。それじゃぁ、俺は――」

おじさん・・・・の武器は、はいこれ」

「――はっ!?」


 まだおじさん呼び……だとッ!?

 まだ仲良くなれてないなんてショック……。

 いやいや、それより武器として渡された物って。


「カメラ……?」

「うん。可愛く撮ってね」


 きゅるん♪なんて音が出そうな目ピースをしてくれた。

 可愛いじゃない。

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