カメラ撮影系(元)勇者
自撮り棒なる物が取り付けられたカメラを持たされ、ダンジョンに入ってすぐのホールで茫然自失する俺。
自分では
「私たち、今まで何度かカメラを持ってダンジョンに来たんだけど、その度に誰かがカメラ役をしなきゃいけないし、3人で映るにはどこかに設置しなきゃだけど、そうすると映らないし」
シュルシュルと鏡を見ながら、手櫛で髪の毛を整えながら悠が笑った。
「だけど、何の力も経験もない人をダンジョンに連れてったんじゃぁ、邪魔になるだけだしって訳でおじさんを選んだわけ」
そう言いながら朱音が見せてきたのは、昨日、書いたアンケートだった。
「これは、一見するとただのアンケートに見えるけど、本来は相性診断っていう名前で売られている占い用紙で作られたアンケートで、ウチらくらいの魔力がないとただの炊き出しアンケートにしかみえないってわけ」
俺の目を通すと、ダンジョンで活動するために必要な知識を試すテスト用紙にしか見えなかった。
そうか。これで、俺の能力を測っていたってわけか。
やるじゃない。
「これくらいだったら、もっと簡単に見つかるんじゃないのか?」
言っちゃ悪いが、この用紙はそれほど精度が良くないだろう。
冒険者ギルドでも似た紙が使われていたけど、それと比べたら格段に能力が落ちている印象だ。
「私たちも、学校や炊き出しの時にやったんですけど、全然、テストに合格できる人が居なくて……」
しょんぼりする涼子には申し訳ないけど、もう少し別のやり方を試した方が良いのかもしれない。
生まれた時から魔力と隣同士で生きていた人間なら魔力を流した視覚を使うけど、こちらではダンジョンが現れそのあと数年経ってから魔力の存在が理解されているんだ。
扱える人間の方が少ない可能性は考えないと。
「ところで、おじさんは魔力があるのは分かったけど、実際はどのくらい動けるわけ?」
3人とも俺のことを
ここらへんで年上の貫禄というか、この子たちを分からせてやるのが、今後の為にも良いだろう。
「涼子の持っている弓で射ってくれ」
「……どういうことですか?」
びっくりした様子と、少しだけいぶかしむ感情が混ざった表情で涼子が問う。
「こんなことで実力が測れるとは思っていないけど、俺は相手が神でもない限り射られた矢を手で掴むことガッ!」
ドン!と胸に強い衝撃が走った。
もちろん、恋をした衝撃ではなく、矢が飛んできた衝撃だった。
「えっ、すごい。本当に掴んだ」
突然、射られた俺よりも、射った張本人の涼子が一番、驚いていた。
いやいや、ふざけるなよ。マジで怖いよこの子。
「私、弓道部で県大会も常連だからよく冗談で「頭に乗せたリンゴとか撃てるの?」とか言われるんですけど、それが嫌で嫌で」
「だからと言って、突然、射るのはお兄さんどうかと思うよ?」
一応、手で掴んでいるから怪我はないんだけどね。
衝撃も、まさか何の予告もなしに射ってくるとは思っていなかったから、力を止めることができなかっただけだし。
内心、結構ビビった。
「すごい! すっごいよ、おじさん! さすが、選ばれしアンケート戦士!」
「カッケー! おじさん、言うだけあるね!」
悠と朱音に褒められて悪い気はしないので素直にうれしい。
「だからと言って、突然、射るのはナシな! あと、射らなければ切ってもいいって訳じゃないから!」
初めは冗談めかして言おうと思ったけど、類は友を呼ぶといったように多分やりそうだから強めに言う。
初心者冒険者の振るう剣に切られるような
「とにかく、これで実力も分かってくれたと思うから、できたらもう行こうと思うんだが」
「そうでだね。さっそく行ってみよう」
「「おー!」」
悠の号令に、朱音と涼子が元気よく反応した。
なんかこういうのって良いよね。
□
「よーっし。撮影するのは良いけど、3人が今から狩るのはスライムってことでいいの?」
ダンジョン第一階層の入り口付近。
他の冒険者が映らないようにするため、第2階層へ行く直線路を避けて横へ横へと移動した場所に陣取り、これからの行動を計画する。
目先200メートルくらいの所にスライムが居るけど、俺が知っているスライムとはカラーリングが違っていた。
それについて3人に聞いてみると、あのスライムはここら辺では最もポピュラーなザコ敵らしい。
「じゃー、始めますか♪」
「よーっし」
「はい」
悠の号令で人が立ち上がり、それに合わせて俺もカメラを向ける。
「それで、モンスターを倒すところを撮ればいいんだよな?」
そう言い、戦闘の定石から撮影ポイントを想像し、頭の中で流れを作る。
スライムの動きは、レベルが低い場合は緩慢で、レベルが高くなるに従い打撃の速度が上がる。
そのレベル向上に伴い、溶解や毒などの能力もオプションでついてくる具合だ。
「あっ、待って待って。オープニング撮らないと」
「オープニング……」
これから倒すスライムについての説明かな……?
不思議に思いながら、カメラを回し始める。
「みんな、こんにちは! 君の心に切り込む剣士、
「コンチワ! 可愛さよりもカッコよさ
「みなさん、こんにちは。あなたのハートを狙い撃ち、
「…………」
「俺はいつバジリスクと戦ったんだ?」と勘違いするほど、体が動かない――いや、脳が働かなくなってしまった。
突然、自分たちの自己紹介を始めたからではない。
既視感があったからだ。
これは――初心者冒険者にありがちな、冒険者という職業を舐めている奴特有の……そう、キラキラ系冒険者ッッ!
「ねぇ、撮れた撮れた?」
「ちょっと、おじさん。ちゃんとカメラ撮れてんの?」
「最後が私だからって、手を抜かなかった?」
三者三様で、3人ともカメラの取れ高を確認しようとしている。
その間、ギュムギュムと女子高生におしくらまんじゅうされても何とも――思ってます。すみません。
しかし、こちとら田舎から出てきたばかり田舎者で、突然、勇者に祀り上げられて、さらに王子とかから女性関係のドス黒い話を聞かされまくって若干の女性不信よ。
けど、仲間はみんな良いやつばかりだったし、そりゃ、くっついたり離れたりは男女混成のパーティーでは切っても切れないものだと理解している。
でもな。俺だけそのくっついたり離れたりっていう輪に入れなかったのはなぜなんだ?
「わはははっ。おじさん、涙流してる」
「えぇっ!? そんなに、出来が良かったですか!?」
朱音と悠が驚いている。
さすが陽の存在。
俺が涙を流す理由をどす黒き感情ではなく、自分たちの紹介が良かったと勘違いして、きゃいきゃいと騒いでいる。
あぁ、心が浄化されるんじゃ。
「いや。まつ毛が目に入っただけだ。さっ、まずはスライムを倒すんだろ」
「あっ、おじさん、これどうぞ」
浄化されたどす黒い感情が涙として流れたのを心配した涼子がティッシュをくれた。
いや、本当にいい子だな。このティッシュは家宝にしよう。
「いやいや、とにかく俺の初仕事だ。早速、撮ろう」
このままでは彼女たちのペースに呑まれてしまうので、早々にこのキラキラワールドを切り上げ、モンスター討伐のお願いをする。
「分かりました。では、普段通り私から――」
そう良い、涼子が弓に矢をつがえ、力なんか全くかけていないかのように軽々と弦を引いた――。
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