瑞花誉は禁忌を描く

FreeCell

一枚目 龍は桜舞にて父を待つ

第1話 糖分過剰摂取

「そこのお嬢ちゃん2人!桜焼きはどうだい?」


 エレメア大陸の東部に位置する国、桜舞さくらまにて龍昇桜りゅうしょうざくらが満開になったときにだけ開催される満開祭の会場。

 世界中から多くの人々が満開になった龍昇桜を見に訪れている中で何故か指摘されて呼ばれる2人の姿があった。


 1人は雪のような白銀の長い髪に海のように深い青と向日葵のような黄色のオッドアイが特徴的な女性。

 もう1人は若葉のように綺麗な、青色混じりの緑の髪を三つ編みカチューシャにし、瞳は髪と同色。頭には何処か機械っぽい猫が乗っている女性。

 2人はお互いを見つめ合い、少し首を傾げて前者が店主に聞いた。


「…あー、すまない御主人。『お嬢ちゃん2人』というのは我々のことだろうか」

 それに迷わず店主は答える。

「当たり前だろうよ。あんたら以外に誰がいるんだい」


 それに関しては店主の言う通りだ。

 この店があるのは祭会場の出入り口から少しした所にある。観光客は屋台に目もくれずすぐに龍昇桜の場所まで突っ切って行くのでこの辺りは人が少ない。いたとしてものんびり歩いているお年寄りや地元の人物だけだろう。


「それより、桜焼きはどうだい?桜舞の名物なんだ」


 ほいっと見せられたのは桜の形をした焼き菓子だった。近くに置いてあるサンプル品は中に桜餡や白い餅が入っていることを教えてくれている。

 桜舞はその名の通り桜が一年中舞い続ける。この国の象徴である桜を使った菓子なら観光客にも売れるだろう。そう言うことなのだろう。


 オッドアイの少女はもう1人に聞いた

「ブランカ,君は食べるか?」

「食べます。師匠とチルベの分も合わせて、2つ」

「そこは3つだろ」

 すぐに師匠と呼ばれた少女は突っ込んだ。だがブランカは揺らがない。

「ダメです。師匠は糖分を摂取しすぎです。だから私のと半分こです」

 勿論揺らがないのは彼女も同じだった

「今日はそこまで糖分とってないだろ。まだ林檎飴10本食べたくらいだ」

「ダメです。食べ過ぎです。師匠は自分の体のことをよく考えてください。食べるならラムネです」

「僕から甘味をとってどうするつもりだ」

「とにかくダメです。さっきしれっと羊羹一本食いしていたのを見逃していません。まだ甘味を取り上げず半分というだけでマシだと思っておいてください。店主、桜焼き2つで」

「あいよぉ!」

 店主は注文するまでの間の会話に対して突っ込まないようにして淡々と型に生地を流して作っていく。

 その間も2人の言い争いは続く。


「半分じゃ足りるわけないだろ。僕が甘党なの知っててそんなことを言うのか」

「違います。師匠の体が心配で言っています。師匠の1日を見てますが師匠と同年代の平均糖分摂取量を遥かに超えています。なので私と半分こです」

「ならチルベと僕が半分こすればいいんだろ。なんでブランカと僕なんだ。君はしっかり食べないといけないだろ,若いんだから」

「私より師匠の方がはるかに若いですが…」

「だまらっしゃい。生まれたのはブランカの方が後だろ。特に精神年齢…」

「とにかく,糖分の過剰摂取は許せません。何を言われようとも」


 ブランカは表情を一切変えず師匠の説得を振り払った

 師匠は髪をくしゃくしゃと掻き乱し店主の方を見た。


「御主人,2つでいくらだ?」

 ちょうどできた桜焼きを紙包にいれ、それをブランカに渡してから答える

「本当なら230メラなんだが…おまけで200メラでいいぞ」

「いいのか?」

「おう、2人で仲良く食べろよ」

 師匠は苦笑しながら財布から200メラ取り出して店主に渡した

 店主は確認すると嬉しそうに笑い「まいど!」と言って2人を笑顔で見送ってくれた。


 上を向くと快晴の空に桜が舞い踊っておる。この光景が年中見られるのはやはりこの桜舞だけだろう。

 いつのまにか猫のチルベは器用に菓子を食べ、ブランカは残った一つを綺麗に半分にわり、師匠に渡した。

 それを嬉しそうに受け取るとすぐに頬張り幸せそうな顔をする。

 だがやはり不満だそうで、頬を膨らませて可愛らしくブランカを睨んだ


「僕は許さないからな」

 だが彼女はどこか嬉しそうに

「許さなくていいです。ですが師匠、その顔だとやはりどこからどう見ても女性にしか見えません。可愛いです。だから先ほどの店主にも間違えられたのです」


 そう言った。

 誰でもない師匠に。

 そう、何を隠そう師匠…瑞花誉ずいか ほまれという人物は女性ではなくなのだ。


 彼が女性と間違われる主な理由は3つ。

 まず容姿だ。

 腰近くまで伸びている外にハネた白銀の髪と日焼けしていない美しい肌。

 青と金色のオッドアイは男性とは思えないほど美しい。

 背は150㎝程と男性にしては小柄だ。


 第2に声だ。

 美しいほどのアルトの声で、彼の声だけを聞いたら完全に女性だと間違ってしまうほど。まぁ、話し方は男性っぽいが。


 最後にその立ち振る舞いだ

 歩き方や座り方、飲み物を飲む姿や食べる姿、所作の一つ一つが丁寧で美しい。立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花とはまさにこのことだろう。

 これら3つの理由のせいで彼は女性と間違われ、ましてやナンパまで受けるハメになっている。その度に自身は男だといい、それを信じる者もいれば信じないものもしばしば。信じずそのまま襲ってくるやつは基本的にブランカにボコされる。


 誉はすぐに桜焼きを食べ切ってしまい、残念そうにため息を吐く。

ブランカの頭の上で黙々と食べ続けているルチベを羨ましそうに見つめ、またため息を吐いてブランカに言う。


「龍昇桜についてはどこまで知っている?」

「本で読んだ程度なのであまり詳しくありませんが…龍昇桜の名称はこの国の守り神である水龍神すいりゅうのかみが年に一度神界に昇る。その際の扉となったのがあの桜の木であり、それを見た人々がそう名付けたと言うのがきっかけで、それ以来国の神木となり祀るための祠ができ今では神社になっている。ということくらいです」


 そう、まさしく彼女が言った通りだ。

 この国で語り継がれている伝説であり他の国でもそう言われている。

 だが誉はやはりという顔をして考え込んだ。


「師匠は他に何か知っているのですか?」


 そう言われて彼は考えるのをやめて口を開く。が、声は出ずすぐに周りを見渡してブランカの手を引っ張り、龍昇桜とは違う方向に向かい始めた。

 ブランカは抵抗せずにそれについて行く。

 分かっているからだ。


 師匠がなぜ人の目を気にして別方向に向かったのか。

 理由は単純だ。


 本来誉が知っていていい話ではない。


 その国や地域によって禁忌の領域の話だからだ。

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