第七話 掲示板……恥に染めて

「カーチェ! あなたは何という事をなさるのです!」


 真っ赤に染まったペルシャ猫クリス様が、わなわなとポメラニアンカーチェ様を睨みつける。

 当のカーチェ様は涼しい顔だ。


「恨むのでしたら、発案して実行に手を貸したシマリスシャルロットを恨みなさい」

「シャルロット、あなたは……!」

「私、悪くないもんっ。実行する前に阻止されちゃったんだもん」

「その悪知恵で、カーチェにヒントを与えるからですわ! この娘の容赦の無さはあなたも良くご存知でしょうに!」


 二人の聖准聖妃せい じゅんせいきの嘆きを他所に、銀河ネットの掲示板は大盛り上がりを見せていた。

 中断されたまま、継続不明であった聖准聖妃たちの戦いがまだ続いていることを知らされたから……という表向きと。シャルロット・ネルヌール姫に続き、クリス・トリスタニア姫の開脚ヌード写真が公開された裏事情が原因である。

 さすがに秘めやかな場所は「武士の情け」の文字で隠されていたが、恥毛は一目瞭然だし、筆跡が明らかにエカテリーナ・ヴィッチェーロ姫様のものであるから、余計に。


「いつか……そのポッコリお腹も晒してやるぅ……」

「何か言いましたかしら、シャルロット?」


 バナナで釘が打てそうな温度の凍りついた声に、シャルロットが震えた。

 ちなみに通常モードを軌跡で透かして見ると、カーチェ様は制服。クリスは全裸。シャルロットは甘ロリのロリータ服に見える。


「でもさ、クリス姫にシャルロット姫さあ?」

「何ですの?」

「何かなぁ?」

「聖准聖妃の座をかけた争いと言うけど、君らとカーチェって基本的にスペックが違いすぎない?」


 シャルロットが現れてから、ずっと疑問に思っていたことを訊いてみる。

 クリス一人なら、まだ個人差と言えるけど……。シャルロットも、カーチェほどの能力はなさそうだからなぁ。


「スペックの違いを認識していても、一族郎党の期待を背負っている以上戦わぬわけには行かないでしょう……」


 悔しさを押し殺してペルシャ猫クリス様が呻いた。

 ああ、やっぱり自覚はあるんだ。


「ってことは、ヴィッチェーロの家が常にスペックが高いわけじゃないんだ」

「残念なことにぃ、私達の代のカーチェが歴代屈指のレベルで高スペックなんだよぉ。せめて、一矢報いたいのにぃ」

「うふふっ、出来るものならやってみなさい。シャルロット」


 歯噛みするシマリスシャルロット様を、見下すようなポメラニアンカーチェ様。うっかり、同情してしまいそうになる。

 でも、カーチェに一矢報いるのって、そんなに難しいかな?


「キャア、何をするですか!」


 無造作にポメラニアンを抱っこしてみる。

 そして、前足の下(脇の下?)にかけた手を下に滑らせて……。


「わあ、結構プニプニしてきたな、これは」

「やめなさい! お腹を……お腹をつまむのは反則です!」

「お腹をつまめちゃうほうが問題じゃないか?」

「ひとでなし! 乙女にこんな恥をかかせるなんて……」


 身を捩って逃げ出したポメラニアンカーチェ様は、全身の毛を逆立たせて、フーッと威嚇している。

 その様子を見ながら、ぽつんと呟く。


「一矢報いてみたけど?」

「そうですわ! 人間体に戻れば、たかがポメラニアンです! カーチェに知られぬように何処かで人間体に戻ってからなら、いくらでも……」

「わークリスちゃん勇気あるぅ。どこかで人間体に戻ってから、この家まで戻ってくるなんてぇ。ロッティには、とてもできないわぁ」


 皮肉たっぷりなシャルロットの言葉に、クリスは頭を抱えた。

 カーチェの奥義【聖力崩壊】の影響で、聖力での衣服維持ができないクリスだ。猫なら目立たないが、人間体に戻っては致命傷である。


「だから、クリスちゃん。ロッティにそっと戻り方を教えてぇ? きっとカーチェにギャフンと言わせて、クリスちゃんのかたきを取ってあげるぅ」

「嫌ですわ! そうなれば、あなたが銀河聖妃になるだけでしょう!」

「バレたかぁ……いいアイデアだと思ったのになぁ」

「それは都合のいいアイデアっていうのよ……」


 どんよりと畳の目を数える二匹の前を、のたのたとジャンガリアンハムスターが横切ってゆく。やあ、とばかりに右前脚を上げたハムスターに、二人の声が重なる。


「「カテジナですわね!」」


 俺も慌てて輝石を透かして見る。スパッスパッと真っすぐ切り捨てたようなおかっぱ頭に、作業着風のツナギ。マニッシュながら、妙に色気のある少女の姿が重なる。


「みんな集まって遊んでるの、ズルい。私だけ仲間外れは無い」

「見つけるのに苦労しただけですわ! 真っ先に見つかったのが、あのカーチェで」

「最後に見つけたならぁ。一人だけ聖力分離の動物体で、どうにでもなったのにねぇ」

「それより、クリスは術を解く。この身体は不便」

「先にあなたが聖力分離を解きなさい! 私の輝石はどこにあるんですの?」

「普通は感じて、見つける。 ロッティだって持ってる」

「まあ、すぐに見つかったよねぇ」

「あなたも持ってないでしょう!」

「自分の技にかかるバカ、いない。……なぜ、クリスまで動物体なんだ?」

「自分の技にかかるバカがいたんだよぉ」


 ムキーッ! と怒るペルシャ猫クリス様。だが、その前にと、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませているのだろう。自分の輝石を探す。

 探し……探して……じんわりと汗が滲んでいるようだ。


「わかりません! 私の輝石はどこに?」


 混乱するクリス様。

 それにとどめを刺すように、シャルロットが思い出した。


「そう言えばぁ、クリスはカーチェの聖力崩壊も食らってたわよねぇ」

「あれは酷い。聖力を粒コショウ程度に砕く」

「そんなに砕かれちゃったらぁ、見つからないわよねぇ」

「その前に、大気圏で燃え尽きる」


 無邪気に語られる最悪の予想に、ペルシャ猫クリス様の目は真ん丸に見開かれ、大粒の涙が溢れた。


「カーチェエエエエエエエッ! 良くも私の聖力を!」

「うるさい。」


 また、タブレットでロマコメ映画に見入っていたポメラニアンカーチェ様は、面倒くさそうにレッグラリアット一閃!

 あっさりとペルシャ猫クリス様を沈めてしまった。


 さすがに、あまりに不憫すぎるので二人に訊いてみた。


「聖力って元に戻るの?」

「個人差はあるけどぉ、自然回復するよぉ。それを練ってぇ圧縮してぇ、溜め込んでぇ……今の私たちの聖力量になるんだよぉ」

「元に戻るには、十七年かかる。その時には私たちはずっと大きな聖力を持ってる」

「要するにぃ、クリスちゃんは全財産を失くしちゃったようなものよぉ」

「カーチェが悪いわけでもない、不幸な事故」


 あ~ぁ……。不幸な事故によって、クリス様はリタイアに近い状態か。

 あれ? でも待てよ……っていうことは……?


「ひょっとして、今、完全な聖力を持ってるのはカテジナ様だけ? 今ならカテジナ様はカーチェにも勝てるんじゃ?」

「この身体は動きづらいけど、勝機はある。でも、私は勝つ気はまったく無い」

「なんで? 一族郎党の期待とか背負ってないの?」

「今の代の銀河皇は、好みじゃない。あんなのの后になりたくもない」

「あはは……カテジナちゃんは、そうだよねぇ」


 なんだか今、ハムスターカテジナ様が、凄え嫌そうな顔した。

 誰がなんと言おうと、勝利を得る気がなさそうだ。


「でも、それなら何で奥義を使ったの?」

「クリスに気合が入りすぎ。バリア代わり」


 ……いろいろ人間模様があるものだ。

 お腹を空かしているだろうと、クッキーを出してやったら、カテジナ様が凄い勢いで食べ始める。ミルクも付けてやったら、本気で感謝された。

 とうとう面白動物が四匹揃っちゃったよ……。

 仕方ない。

 また風呂を沸かして、ハムスター洗って、シマリス洗って、病んだ目をしたシャム猫洗って……。天の川銀河系に名だたるお姫様たちのヌードを見てしまって良いのだろうかと思いつつ、ポメラニアンを呼ぶ。

 ポッコリお腹を気にしてか、今日のポメラニアンカーチェ様はバタフライの練習が激しい。

 大きくお湯を掻いて伸び上がった瞬間、ポメラニアンは全裸のカーチェ様に戻った。


「えっ!」


 全力で全裸のカーチェ様に抱きつかれる喜びに、つい抱き返してしまう。

 湯の中で俺の身体を跨ぐ形になったカーチェ様の下肢は、お尻がつるんと滑り落ちて……。

 俺の男そのものと、カーチェ様の女の子がコッツンこ。

 その堪らぬ感触に、つい我を忘れてしまう。


「あ~~~~~~~~れ~~~~~~~~~~」

「カーチェ様ぁっ!」


 我に返った時は、もうしっかりカーチェ様と一つになっていた……。

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