第五話 クリスの脅威

「また、面白動物が増えるのか……」

『また……という言い方には、抗議したくなります』


 自覚に欠けるカーチェ様ポメラニアンはともかく、イチョウの幹に凭れかかり、枝の上に腕組みして立つ、猫という意識すら無さそうなシャム猫が問題だ。

 クリス・トリスタニアとかいう、もうひとりの聖准聖妃せい じゅんせいきだという。

 その青く光る眼は、冷ややかに俺たちを見下している。

 その面倒臭そうなのはどんな風体だ? と輝石を透かして、奴を見た。


「あの……君はクリスちゃんと言ったっけ?」

『気安く呼んで頂きたくありませんわ? わたくしが新たなるトリスタニア家の栄光を掴み取る者……トリスタニア家第二令嬢クリス・トリスタニアです!』

「うん、それはわかったから。……一つ訊きたいのは、君はなぜ素っ裸なの?」


 思わずガン見してしまったんだが……。

 お風呂とかのシチュエーションでない限り、カーチェ様は普通に女子貴族院の制服姿なのに、何故かこの娘は素っ裸に見える。

 正々堂々、モザイクも無しに全公開である。


『な……なぜ、その殿方がカーチェの輝石を持ってらっしゃるの?』

『あのね、クリス。……それ以外に、私がこの婦女子の敵と一緒にいる理由が無いでしょ?』

「い……いけません! わたくしを ご覧になっては……」


 ああっ、そうでなくても不安定な場所で慌ててはいけない!

 まして今は猫の体をしてるというのに……。

 胸と下腹を隠そうとしたペルシャ猫クリスは、ヨロっとバランスを崩して枝から落ちてしまう。

 最後まで隠そうとするものだから、受け身も取れず、地面にまともに墜落した。


『残念……しぶとい奴ね。気を失っただけかぁ……』


 様子を窺いに行ったカーチェ様が、舌打ちをなさった。

 そして、何故か良い笑顔で俺を呼ぶ。


「何だよ……この上、猫まで飼わないぞ?」

『こんなのは放っておけば良いんです。 ……それより、ほら。女の子ですよぉ』


 絶賛気絶中のペルシャ猫クリスの後ろ脚を、グイグイと左右に押し開いて、千切れんばかりに尻尾を振った。

 そんな事されたら、反射的に輝石を透かして見てしまうではないか!

 ……体型だけでなく、いろいろ子供なカーチェ様に対して、クリス姫はダイナマイトバディの女性らしい体型をしてる。

 うん……いろいろな意味で大人の女そのもの。まだ、処女おとめだけど。


『ちょうど良い機会ですから、納得いくまで観察して下さいね?』


 なんか、いつもとカーチェ様の性格が違うような……。

 相性が悪いタイプだろうと思っていたが、ここまでとは。

 もうちょっと観察したかったのだけれど、クリス姫がパチンと目を開けた。

 そして、真正面に俺を見て、手に持った輝石を見て、自分の取ってるポーズを見て……最後に、良い笑顔のポメラニアンを見た。


『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 夕日に向かって猫まっしぐら。

 ひとまず、クリス・トリスタニアの脅威は去ったのであった。



「ところでカーチェ様?」

『はい、何でしょう?』


 今夜のカーチェ様は上機嫌である。

 湯船の中では、バタフライ泳法まで披露し(犬なのに……)、湯上りには、せしめたどらも○ちを満足気に頬張っている。


「輝石を透かして見るカーチェ様は制服姿なのに、さっきのクリス姫はなぜ、全裸だったんだろうね? ……嬉しいけど」

『おそらく、自分のとカテジナのに加えて、私の奥義が軽くヒットしたのでしょう。

 クリス自身の動物化、カテジナの聖力せいりょく分離に加えて……ウププッ。軽く私の聖力崩壊までかかったものだから、衣装を維持できなくなってるんです』

「わー、それは大変だー(棒)」

『どちらかというと、変態ですね。裸で街を駆けずり回って……』


 俺の棒読み感想に、上手いこと仰る。

 しょせん他人事と、素知らぬ顔でど○もっちを堪能。ご機嫌そのものだ。


『アレもその辺にいると解りましたし、いずれ嗅ぎつけて他の二人も来るでしょう。探す手間も省けて、一石二鳥ですね』

「ああ、あの性格のペルシャ猫は目立つだろうなぁ……」

『解りましたか? ああいうのを面白動物というのですよ? 私はまだまだ、その域にありません』


 などと、湯船でバタフライ泳法を披露していたポメラニアンカーチェ様が仰ってます。

 充分、あなたも面白動物ですよ。

 そんな穏やかな宵のひとときを、けたたましくブチ破ってくれる人が現れた。


『見つけたわよ、カーチェ! あなたは……よくも、よくも……』


 上品に網戸を開け閉めしてから飛び込んできたのは、もちろんペルシャ猫クリス姫である。

 身体に古新聞をぐるぐる巻きにした、さっきよりも愉快な姿でご登場だ。


『あらあら……クリスもすっかり、ホームレスが板についてしまって。トリスタニアの家名が泣きますよ』

『家名と貞操を秤にかければ、わたくしは貞操を選びます! だいたい、わたくしがこんな姿になったのも、あなたの奥義のせいでしょう!』

『良かったですね、クリス。自分の奥義を自分で受ける粗忽者で。猫の姿でなければ、もっと大変なことになっていたのに……』

『残念そうに言わないで下さいませ! そんな姿、殿方の目に晒せませんわ!』

『嫌だわ、クリス。……その方にさっき、しげしげと観察されてたじゃないですか?』


 カーチェ様、煽るのは良いのですが、いきなりこっちに振らないで下さい。

 ケバケバになった尻尾を真上に向けて、機械仕掛けのようにギギギと俺を振り向く。

 思わず俺は、正座して頭を下げた。


「大変結構なものを、どうもありがとうございました。……おかげさまで堪能させていただきました」


 シャム猫の悲鳴なんて珍しいものを、日に二回聞くとは思わなかった。

 再びの猫まっしぐらで、網戸を突き破って出ていくかと頭を抱えてしまう。

 だが、猫より犬の方が早かった。

 好ダッシュでピシャリとガラス窓を閉じるポメラニアンカーチェ様

 よりにもよって、サッシのアルミ部分にカミカゼアタックをかけるシャム猫クリス姫


『本当にしぶとい奴ね。また、気を失っただけかぁ……』


 また舌打ちしながら、至極残念そうに呟かれる。

 そして、トコトコと二階に駆け上がると、俺の部屋から持ち出したマグネシウムライトを投げ渡してくれた。

 何の躊躇もなく、舌を出したまま絶賛気絶中のシャム猫の古新聞を剥ぐ。

 またしても、グイグイと両の後ろ脚を開かせて、尻尾を振る。


『ほらほらぁ……女の子ですよぉ』


 カーチェ様、あんたは鬼か!

 はい。そして俺は思春期の男子です。


「わ~、ライトで照らすと良く見える(棒)」

『滅多にない機会ですから、よーく観察して勉強しましょうね』

「はーい、カーチェ様先生……」


 なんとなく学校的な雰囲気で誤魔化しつつ

 清楚系優等生のカーチェ様のもう一つの顔と、女子の深淵(物理)を間近に学びながら

 亀頭家の夜は更けていったのでした。

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