第四話 宿命の出会い
『……そんな輝石越しに見てばかりいると、怪我をしますよ』
涼風が頬を撫でてゆく、梅雨晴れの夕暮れ時。
カーチェ様の声色は、季節を先取りしすぎて冷気を纏っている。
何と言われようとやめられませんな。
ようやく念願の
『その目つきが、なんだかとても嫌なのですけど……』
「やっと実現した、男のロマンだから」
『傍から見ると、小型犬に欲情している危ない男子ですよ?』
そこが困りものなのだが、この輝石を透かして見ようよ!
気品あふれる清楚な公爵令嬢に、首輪とリードを着けて町中を連れ回しているという、この上なく猟奇的な光景なのだから……。
それ故に、カーチェ様もずっと完全拒否の構えだったのだが……ついに陥落した。
そりゃあね……三度の食事にスイーツ付きで、配信映画にどっぷりハマった生活をしてりゃあ、体重が怖いことになるわけで。
ポメラニアンサイズの増加分を、本来のカーチェ様サイズに換算してやったら、断腸の思いでリードを持参なされましたよ……。
「スイーツを諦めれば、お座敷犬で問題ないのに……」
『……人生を捨てろと?』
「そ、そこまで……」
そういえば、銀河ネットのカーチェ様掲示板のスレにあったね。
【スイーツ大好きカーチェ様】って……。
そんな馬鹿話をしながら歩いていると、ふと、カーチェ様が足を止めた。
表情を引き締め、気配を窺う。
『殺気です……。私の側から、離れないようにして下さい』
「お、おぅ……」
ずいと、カーチェ様が前に出る。
絵的にはポメラニアンの背後に匿われているという、何とも情けない構図だ。
だが、醸し出す空気に、有無を言わせないものがある。
『来ますっ!』
ポメラニアンが地を蹴って跳ぶ!
そこに飛びかかってきたのは、ハチワレの猫だ。
さっきまでカーチェ様のいた地面を爪で掻く!
その前脚を踏みつけるように着地したポメラニアンが、くるりと跳ね、猫の鼻先に旋風脚を決めた!
そして、ハチワレの額を踏みつけて再び宙に舞う。
加勢に飛び込んできた黒猫の頭が、ハチワレに激突して悲鳴を上げた。
「ニャアッ!」
「ギャンっ!」
『ここでは地の利がありませんっ! どこか近所に犬族の集まる場所は?』
「その先のコンビニを右折した先の公園が、ドッグランになっているぞ」
『走ります! 着いてきなさいっ!』
猛然とダッシュをかけるカーチェ様に、俺は必死でついて行く。
くそっ。ポメラニアンなのに格好いい……。
その犬飼いの集まる公園にデビューして、可愛いポメラニアンをお披露目しながら、犬飼い女子とお知り合いになる計画だったのに……。
武闘派ポメラニアンでは、犬飼い女子が引いてしまうじゃないか!
走りながらも、次々と野良猫たちが襲いかかってくる。
それを躱しながら、スピンキックや旋風脚、トンボを切ってのサマーソルトキックで華麗に撃退するカーチェ様が凄すぎる。
ポメラニアンなのに……見た目は白い毛玉なのに……。
「蹴り技が得意なんだ?」
『体術に
それをあの、バトルドレス着てやるんだよね?
男性ファンがダントツに多い理由の一つが、わかった気がする。
さぞかし録画が捗ることだろう……口には出さないけど。
「でも、この町にこんなに野良猫がいたか? しかも、何で
『……心当たりが、三人ほどあります。周囲を扇動して戦うやり方は、二人にまで絞れますけど……どちらなのか?』
「三人ということは……他の
『クリスか、シャルロットか……いずれにしても、
……などと、武闘派面白ポメラニアンが言っています。
前に眺めた銀河ネットのサイトの情報では、高飛車悪役令嬢系か、あざとい無責任ロリ系のどちらかということだ。
どちらも面倒臭そうな相手としか思えない。
「この道路を渡ってすぐがドッグランだ。カーチェ様飛び込め!」
『まだ、赤信号です。信号が変わるまで凌ぎます!』
ええい、真面目か!
待っていられないので、カーチェ様を拾ってリードごと公園の中に放り投げる。
左右見ても、車は来てないから問題あるまい。
『あ~~~れ~~~』
お嬢様じみた悲鳴を上げて飛んでいくが、あの武闘派面白ポメラニアンなら、怪我なく着地くらいするだろう。
その後を追って、信号無視の二十匹ほどの野良猫軍団。……よく無傷でいられたな、カーチェ様。
後でクドクド叱られそうだから、信号が変わるのを待って公園へ急ぐ。
その俺の前を、しなやかな身のこなしでシャム猫が追い抜いていった。
忌々しげに、一瞬俺を睨んでいった蒼い眼。
間違いない。……こいつが、もう一人の聖准聖姫だ!
「カーチェ様、いたぞ! そのシャムね……えっ?」
息も絶え絶えにドッグランに駆け込み、叫ぼうとする。
だが、あまりに異様な光景に息を呑んだ。
ドッグランの犬たちが、大きく分けて三等分されていた。
『こんなにもか弱い小型犬を襲うなんて、太え奴らだ! 俺達に任せておけ!』
『ありがとうございます……なんて、頼れる殿方たちでしょう』
『なにさ……新入りの分際で、お姫様気取り?』
三か所の声を意訳してお送りしてみました。
最初は猫たちに襲われる薄幸の小型犬を救うべく、被保護欲を思い切り擽られたオス犬の皆様。
真ん中はもちろん、ワンコなのに猫を被ったカーチェ様。
一番最後は全オスを持っていかれて、やさぐれるメス犬のみなさんです。
正義は我に有りと張り切る、大型犬二匹を含むオス犬たちの猛攻に、野良猫たちはあっという間に蹴散らされてしまった。
凱旋してくるナイトたちを極上の笑みで迎えたカーチェ様は、抱っこをせがむなり、二の腕を蹴りつけて
『いきなり私を放り投げるとは、どういう了見ですか! ヴィッチェーロ家の娘として、正式に謝罪と賠償を要求いたします!』
「あの場合、そうした方が早かったろ?」
『いいえ! 私、とても怖かったんですよ! 賠償として、ロー○ンのど○もっちを二つ……いえ、三つ要求いたします!』
「そんなに食うと、また太るから……」
『あれは半分和菓子ですから、それほど太らぬはず……』
「……本気でそう思ってるか?」
可愛らしく、しなを作って目を逸らす。
……相変わらず器用なポメラニアンだ。
『ちょっと、そこ! せっかくわたくしが登場したと言うのに、いつまで漫才を続けるつもりですの?』
その声に、俺たちは公園のイチョウの木の枝を振り仰ぐ。
そこにはもっと、器用なのがいた。
枝の上で幹にもたれかかり、腕組みをしながら俺たちを見下ろす蒼い眼のシャム猫!
カーチェ様が、ギリッと歯噛みをした。
『やはり、あなたでしたね……クリス・トリスタニア!』
ファーストネームとファミリーネームを続けると、言い間違えが命取りになりそうな聖准聖妃が俺達の前に立ち塞がった。
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