第三話 とりあえずする事がない二人
『やめて下さい! さすがにその行いは、人として問題でしょう!』
学校から帰った俺が、割り箸で愛犬用のトイレ砂を穿り返そうとすると、物凄い勢いで白いポメラニアンが抗議してくる。
まあ、普通のワンコがこんな楚々とした声で詰問するはずもない。
その実が、この天の川銀河の公爵家令嬢、エカテリーナ・ヴィッチェーロ嬢の仮の姿なのだから、さもありなん。
「さすがに俺にもそういう性癖はない。これは男子としての興味ではなく、飼い主としての責任でしなくちゃならないことだ」
『その方面では、まったく信じられません! そのような性癖を持っていた方が、むしろ納得できるじゃないですか!』
「俺が信用できないのはわかる。だが、グ○グル先生を信じろ!」
だいたい、このお姫様が我が儘すぎる。
身体がワンコなのだから、小型犬用のドッグフードを食べてくれれば心配はない。
なのに断固拒否で、俺と同じ食事しか口にしない。
そればかりか、辱めを受けている慰謝料だと、ケーキやら、シュークリームやらまで要求しては、嬉しそうに舌鼓を打ってさえいる。
そんなものばかり食べて大丈夫なのかと、不安になるのが当然だ。
「病気になったらどうするんだ? 動物病院か? 人間用の内科か? 宇宙人専門病院があるなら教えてくれ」
『そんなの、私が知りたいです。 ああっ! ダメですって……変態!』
「ペットの健康状態を知るには、便の具合を調べるのが一番なんだと。……うん、合格。健康そのものだな」
『嫌ぁぁぁっ! そういう変態行為は、せめて私の見てない所でして下さい!』
痛切な悲鳴を上げて、クルッと後ろ向きになり、後ろ脚を使ってゲシゲシと蹴りを入れてくる。
最近のお姫様の得意技だ。
実は輝石を透かして人間形態を見ると、スカートがはしたないことになっていて、下着が丸見えなのは黙っておこう。
基本が清楚な美少女だから、充分すぎる目の保養だ。
「それよりも、ネットを使っての探索は成果があったのか?」
箸で摘んだ物を、トイレ砂にナイナイして問いかける。
ワンコながら、器用にタブレットを使いこなすので、留守中は面白動物動画を中心に情報を探してもらっているのだ。
何でも、
もし自分と同じ状態なら、地球の人に見つかれば、必ず面白動画がアップされる筈と。
まあ、このお姫様もかなりの面白動物だしな……。
『そう簡単に成果があがれば、苦労はしません……』
「深刻そうに言ってるけど、何でミルク皿の横に動画配信サービスのリモコンが転がってるのかな?」
『さ、さあ……先程、暴れた拍子に落ちたのかと……』
「じゃあ、視聴履歴にロマンチックラブコメ映画の原語版が並んでいるのも、気のせいなのかな?」
『そ……そのくらいのレクリエーションは許されるべきでしょう?』
「今日増えてる分の上映時間を足すと、丸一日観ていた計算だけどね」
こら、目を逸らすな。
退屈そうだったので、ご機嫌取りに一度見せてやったら、すっかりハマりやがった。
もう操作は完璧にマスターした上、字幕すらいらない原語版を観てるのもムカつく。
この面白ポメラニアンめ……。
「そうだ……逆にお姫様の動画をアップして、誘き寄せる手もアリか?」
『凡庸な私では、バズったりしませんよ?』
「……その手はアリでも、本人の自覚はナシか」
『……あなたは私を何だと思ってるのですか?』
「面白ポメラニアン(きっぱり)」
『あなたには一度、きっちりと私という者を教える必要がありそうですね……』
フンと鼻を鳴らし、俺を睨めつけながら、タブレットを操作する。
そういうところが面白ポメラニアンなのだが、やはり自覚がないようだ。
何やら知らない画面にアクセスして、勝手に何かをダウンロードしてるし。
『専用ブラウザーです。銀河ネットにアクセスしますので』
「繋がるの? 普通の回線で」
『もう繋がっているじゃないですか……』
ブラウザーを切り替え、ドロップメニューを選択する。
バグったような文字列が日本語に翻訳された。
銀河聖妃選定戦特設サイトにアクセスすると、いきなりお姫様のアップで驚く。
『御覧なさい。この人気投票と予想投票の結果を……』
「おぉ……お姫様、エカテリーナがダントツじゃん」
『当然です。同じ公爵家とはいえ、ヴィッチェーロと他の家では歴史も格式も違います。その家で私は次代の銀河聖妃となるべく、厳しく育てられたのですよ』
なるほど、お姫様が得意になるのも納得。
並んだプロフィールを読んでも、一段も二段も抜けている。
ちょっと気になったから、エカテリーナ様ファン交流掲示板のリンクに飛んでみた。
『か……勝手に操作しないで下さい!』
「いいじゃん、エカテリーナ様のファンの声を聞いてみたいし」
ちなみに真っ先に表示されたのが、【永久保存】ファミリーカラーに反してカーチェ様の下着は白【禁断】というスレ。
バトル中にドレスが翻り、ショーツが覗けているSSが添付されている。
他には『カーチェ様の微妙な胸元を愛でるスレ』『カーチェ様、今日の健気さ報告スレ』『スイーツ大好きカーチェ様』等々……。
「……で、カーチェ様って?」
『エ、エカテリーナと言う名の愛称です……』
「ファミリーカラーは?」
『家ごとに決まっていて、ヴィッチェーロ家はイノセントピンクです……』
「……これって、アイドルファン交流掲示板?」
『本来はこういう趣旨の掲示板じゃないのに、私のだけいつの間にか……』
だんだん声が小さくなってゆく。
こんなはずでは……と、何度も首を傾げているのが可笑しい。
理解した。
カーチェ様は、なし崩し的にアイドル視されてるわけね。
「くぅ……もし輝石越しの映像を撮影できたら、ここに投稿して神降臨なのになぁ」
『恐ろしいことを言わないで下さい……』
試してみたが、残念なことに輝石越しの姿は、目視できても撮影はできない。
モニターにポメラニアンの入浴姿が映っていた時の俺の悔しさを、誰が解ってくれようか……。
ちなみに、普段のセーラーカラーのワンピース姿は私服ではなく、銀河女子貴族院の制服なのだとさ。
「さて……カーチェ様のお椀型の微妙な胸元について、みんなと語ってこようか……」
『微妙と言われるのも遺憾ともし難いですが、詳細を語るのはやめて下さいね?』
「笑顔なのに目が怖いですよ、カーチェ様。……それよりも、今のポメラニアン姿の動画の方が受けるかな?」
『誰も信じませんって、私が子犬になってるなんて』
「普通のポメラニアンなのに、仕草が絶妙にカーチェ様なのが面白いんだよ」
『……中身は本当に私ですからね?』
「面白いのに……」
お互い顔を見合わせて、盛大なため息。
何とか少しでも状況を進めたいのに、如何ともしがたい虚しさよ……。
「仕方がない。……カーチェ様の幼児体型でも堪能するか?」
入浴の宣言にビクッと体を震わせ、上目遣いで威嚇するポメラニアン。
それでも逃げ出さないのは、御身の清潔と羞恥心の板挟みになっているからだ。
その逡巡にとどめを刺してやる。
「今日の辱めに対する慰謝料は、レディボー○ンのアイスクリームだが?」
『くっ……人でなしっ』
……堕ちたな、カーチェ様。
大好物だもんね、チョコチップのアイスクリーム。
また肌を見られる絶望と、その後に待つアイスクリームの甘美さへの期待に、身の置きどころもなく煩悶している。
そんな面白ポメラニアンを眺めるのも、また楽しい。
ありふれた日常の一コマだった。
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