第二話 契約成立 ようこそ我が家へ

「か……可愛いじゃないか……」


 ため息とともに、素直な感想が零れ落ちた。

 まだまだ幼い顔立ちをしているが、何とも言えない気品というか、凛とした佇まいが少女を美しく、清らかに煌めかせている。

 しまったと眉を曇らせながら、少女も居住まいを正した。


「どうやら、相当の訳有りみたいだな……。教えてくれたら、力になれるかも知れないよ」

『誰があなたのような、乙女の敵に……』

「ほう……このワンコはオスかな?メスかな? もう一度確かめてみようか? 今度はこの石を透かして……」

『そんな事をされたら、私……舌を噛んで死にます!』

「気持ちはわかるが、ワンコのままでは穴が空くだけで噛み切れないんじゃないか?」


 俺の言葉に、美少女はこの世の終わりのような顔で目を剥いた。

 実際どうなのかはわからんが、信じさせてしまうことが大事。だいたい、舌を噛んで死のうとするワンコが過去にいたとは思えない。

 どういう呪いなのかは解らんが、なんだか面白いことになってきた。


「乙女の敵というが、この石を持っていて状況を知ってる俺は、君にとっての唯一の頼みの綱なんじゃないか?」

『う……っ』

「それに、この石が目の前にあるのに、君は元の姿に戻れていない。……つまり、君が元に戻るためには誰かの協力が必要になるんじゃないのかな?」

『……変態男にしては、状況判断ができてる』

「よし……お手!」


 にやりと笑って、美少女の前に手を出す。

 優美な眉を顰めて睨まれるのは、予想の内だ。


『何を期待しているのですか? 私がそのような真似をすると思ってるのですか』

「手伝って欲しいなら、ちゃんと頭を下げる。……ビッチ、お手!」

『勝手に人に妙な名前をつけないで! 地球言語のスラング翻訳もスキルは持ってます。その言葉の意味もわかっているのですよ! 厭らしい』

「名前も知らないのだから、勝手に呼ぶしかないだろう? 今はメス犬なのだから、ビッチと呼んでも、言葉上は問題がない」

『私にはちゃんと、エカテリーナ・ヴィッチェーロという名前があります!』

「ん? 『ビッチ』で『エロ』なら、そのまんまじゃないか?」

『天の川銀河でも由緒正しい公爵家の名を、勝手に二つに割るとはなんて無礼な! ヴィッチェーロ公爵家の名誉にかけて、抗議いたします!』


 普段は冷静でも、怒ると抑えが効かないタイプ?

 ポロポロと大事な情報を溢してくれる。

 ……しかし、公爵令嬢……貴族のお姫様かぁ。

 鞭の次は少し、情に絆してみるか。


「公爵令嬢なんてお姫様なら、早く元に戻らなきゃ拙いんじゃないの? さっきの食いっぷりからして、ずいぶん飯も食ってなかったんだろう?」

『そんな簡単に戻れるなら、とっくに戻ってます! 使い切ってしまった聖力せいりょくも、まだ回復していませんし……。ゴミ箱を漁るなんて真似は、死んでもできないもの……』

「あの食いっぷりだもんなぁ……。相当、腹減ってたんだろう」

『鶏の唐揚げが、あんなに美味しいものだと……生まれて初めて知りました』

「元に戻れるまで、家で飼い犬になっていれば、もう飢えることはないぞ?」

『ううっ……ひもじいのは、もう嫌です……』

「だろう? だから、ビッチ。お手!」


 震える前脚が、おずおずと差し出される。

 形の上では、握手だ。

 ……よし、契約はこちら上位で結ばないとな。


「詳しい話は、おいおい聞かせてもらうとして……まずは風呂に入れないとな?」

『やはり乙女の敵です! この上、まだ辱めようと……』

「飯もそうだが、お姫様。ずっと身体も洗ってないだろう? さすがに臭うぞ」

『に、臭う……私が……臭う……』


 ショックを受けている内に、自動給湯のスイッチを入れておく。

 湯船の準備ができたら、有無も言わせずにワンコを抱きかかえた。

 ようやく、我に返ったビッチが暴れても離しはしない。


『お、お待ちくださいませ……お風呂くらい一人で入れます!』

「元の姿ならともかく、ワンコが一人で身体を洗えるか! それに、貴族のお姫様なら、他人に洗ってもらうのは慣れてるんじゃないか?」

『異性の目に肌を晒すことに、慣れているわけ無いでしょう! せめて、その輝石は置いて行って下さい!』

「これが無いと、ろくに話もできないだろう」

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 約三十分後、俺は濡れそぼって体積が四分の一くらいになったポメラニアンに、ドライヤーを当てて乾かしてやっていた。


「しかし不思議なものだな……。お風呂だとちゃんと裸に見えるのに、居間に戻ると服を着て見える」

『もう私……お嫁にいけません……』


 涙目で項垂れるポメラニアンというのも、滅多に見られるものではないと思う。

 俺は宇宙人とはいえ、エカテリーナの身体の作りが、俺たちと何も変わらないということをしっかり確認した。

 まあ、エカテリーナも美少女らしく、石鹸の匂いになったから許してくれるだろう。


『……勝手に決めないで下さい。あのような辱めを与えて……』

「気にしない。気にしない。……俺は幼児体型のエカテリーナを可愛いと思うから」

『体型を恥じてるのではありませんっ! それは……少し恥じてますけど……』

「まあ、エカテリーナが幼児体型なのは良いとして……」

『良くありません! 私だっていつかは……』

「だから、それは気長に待つしか無いけれど……今の問題は、お姫様の言う銀河聖妃ぎんがせいきを決める戦いのことだろう?」


 突拍子もない話だった。

 銀河皇の妃、銀河聖妃の座を巡る四人の聖准聖姫せい じゅんせいきたちの戦い。

 地球の衛星軌道上で決着をつけようと、それぞれが放った最終奥義。

 それが通りすがりの人工衛星に乱反射して、大混乱。

 エカテリーナはポメラニアンの姿になって地球に落下してしまい、自身から分離してしまった聖力の結晶である、この輝石を探していたのだと。

 他の三人も似たような状況だと推測される。

 彼女らの存在を、エカテリーナは認識できているそうな。


『決着は、着けなければなりません。……私達は、その為に育てられてきたようなものですから……』

「今のまんまじゃ、戦えないだろう? 今のエカテリーナは、聖力とやらも空っぽで、ワンコと石に分離してるわけだし」

『この姿は、トリスタニア家の奥義の影響……聖力の分離はヤムエル家の。本当に口惜しいです』

「できることは、他の三人の所在と現状を確かめることか……」

『あなたが首都圏と呼ぶ範囲に、存在しているのは確かです。詳しい場所まではわかりませんが……』

「わぁ……素敵な情報……」


 とりあえず、棒読みで感想を伝えておく。

 天の川銀河全体の戦いに比べれば、特定されているようなものかも知れない。

 だが、地球人の物差しでは、広すぎるわ……。


「気の長い話だけど、他の三人を探しつつ、お姫様の聖力の回復を待つ……てな方針?」

『悔しいですけど……他に何もできません』

「じゃあ当分は、俺の家のペットでOK?」

『……不本意ですが』

「ご飯、食べたいもんな? ……そんじゃ、明日はお姫様用の首輪とリード、ワンコトイレとトイレ砂、ワンコ用シャンプーも買ってこよう」

『……辱める気、満々じゃないですか!』


 そうは言うけど、エカテリーナ姫。

 君は輝石越しに見る分には、柔らかそうな美しき公爵令嬢様なのだけど。

 触った感触は普通にワンコだから、あんまり嬉しくないんだぜ……。

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