第一話 モテない男とポメラニアンとピンクの輝石

 どこにでもいる男子高校生、亀頭 勃起きとう たつおきは悩んでいた。

 なぜに自分は女子に縁が無いのだろうか、と。

 身長だって一七一センチと人権。中肉中背、肥満体型でもない。

 成績だって、常に平均点をキープしている。

 学費の安い公立校で、やたら可愛い女の子が多いと評判の県立西校に入学して二ヶ月。

 三人の女の子に告って……いや、今また……もうひとり増えた。


「普通は礼儀として、少しは考えてから、ごめんなさいするよなぁ……」


 なのに、誰もが即答で断ってくれる。

 切り替えは早い方だが、傷つかないのと同じ意味ではない。

 ちゃんと魅力を感じ、ちゃんと付き合いたいと思って告白するのだから。


「あぁ、あれはもう絶対にやってるよなぁ」


 羨ましげな男子の声に目を向ければ、中庭のベンチで、二年生の男子と新入生の女子が、ベッタリと身体を擦り合わせるようにして、動画撮影している。

 あれは先月


「まだ男の子と付き合う気持ちになれなくて……」


 と、告白を拒否った芙美香ちゃん……見間違えるはずもない。

 男の子の膝の上に乗る気持ちには、なれたんですね? と訊いてみたいが、虚しいだけだ。

 自分のものよと、マーキングする子犬のように、先輩にスリスリしている。

 ……ああ、絶対にもう済ませちゃったよね? 大人の階段登っちゃったよね?


「いいなぁ……」


 悔しいのではなく、羨ましく思ってしまう自分が情けない。

 だって、あの可愛らしい芙美香ちゃんを抱っこしたり、キッスしたり、裸にしたり……と、色々な事をしちゃったんだぜ……。

 想像するだけで、ズボンの前が突っ張ってしまう。

 しょうがないじゃん……ヤりたい盛りの男子高校生だもの。

 どこかの歌のように、涙がこぼれないように上を向いて歩きたいけど、状況的に前屈みにならざるを得ない。

 でも、下を向いて歩いていたら、何かが落ちてるかもしれない。

 ほら、何か綺麗なテニスボールくらいの石を見つけたよ。

 透明感の凄いピンク色で……何かの宝石かもしれない。ポケットに押し込んで教室に帰ろう。

 恋愛成就の宝珠だったりしたら、嬉しいなっと。

 ささくれた気持ちを無理やり持ち上げて、何とか午後の授業をクリアする。

 ちなみに芙美香ちゃんの席は俺の前。

 授業中ずっと、ピンクのブラが透ける背中に、さっきの光景が重なって堪りませんでした。

 そこは帰宅部。

 さっさと帰って、芙美香ちゃんをオカズにしてしまう暗い復讐を誓おう。


☆★☆


 とりあえずスッキリした後は、虚しさを噛み締めながら商店街に歩く。

 家に晩飯は無い。買い物に行くと、晩飯が揃う。

 外食も毎日だと飽きる。

 父親はカンボジアにダムを造りに長期出張だし、アツアツの母親はそれに付いて行っちゃったし。

 教育環境は日本の方が良いのだからと、一軒家に気楽な一人暮らしだ。

 レンチンする気にもなれず、唐揚げ弁当とカップ麺を確保して、エナジードリンクを飲みながら帰る。

 鼻歌のアニソンに、合いの手がキャンキャンと入るんだけど……。

 なんか、足元に白い毛玉がまとわりついているよ。

 毛の長い小さなワンコで……チワワだっけ? 教えて、グー○ル先生。

 スマホで写真を撮って、画像検索。……そうだね、ポメラニアンていうのもいたね。

 お前も唐揚げ、食べたいのか?


「ん? お前、首輪をつけてないな。 保健所に連れてかれちまうぞ」


 雑種ならともかく、こういうお座敷犬は血統書付きだよね、普通は。

 引っ越しをした飼い主に、置いて行かれちゃったのかな?

 どこまで着いてくるのかと思ったら、しっかり俺の家まで着いてきた。

 野良っぽいし、飼ってみる?

 小型のワンコがいると、クラスで写真見せて、可愛いワンコ好きの女の子とお友達になれるかもしれないし

 女の子と付き合うきっかけが、朝晩のワンコの散歩で一緒になって……というのも良く聞く話だ。

 よし、飼おう! 今日から、ここが君の家だ。


 ウエットティッシュで足だけ拭いて……と。

 弁当のご飯半分と、唐揚げ二個を分けてやる。

 うわっ……その小型犬らしからぬ食いっぷりは、ちょっと引くわ。

 よほど、お腹が減ってたんだな。

 何か噎せてるから、皿に水を入れて……飲みっぷりも凄いぞ。

 弁当半分をカップ麺で補った晩飯を済ませてから、満足気に丸まった毛玉を眺める。

 ……名前、つけてやらなきゃな。

 それよりも、だ。


「お前はオスなのか? メスなのか? どっちだ?」


 捕まえて調べようとしたら、脱兎駆け出す。……ワンコなのに。

 逃がすものかと追いかけても、家から出る気はなさそうだ。鬼ごっこして遊んでるとでも思っているのか?

 だが、そこは俺も人間様だ。

 部屋の隅に追い込んで、白い毛玉を捕まえた。

 うわっ! こいつ毛ばっかりで中身、少なっ! 

 潰さないように、おっかなびっくり抱き上げて仰向けにする。

 キャンキャンと盛大に鳴いて抗議し、暴れる暴れる。

 可哀想だが、確かめねばならぬ……はい、後ろ脚開いて……。


「何だ、女の子じゃん。……って、痛てぇっ!」


 指先でチョンっと突付いてやったら、噛みつきやがった!

 一宿一飯の恩を何だと思ってやがる。……まだ、泊めてはいいないが。

 ワンコはすぐ忘れるから、悪いことをした時はすぐお仕置きするのが良いと、グーグ○先生が教えてくれた。

 そんな涙目っぽく睨んでも駄目っ! 本気で追いかけ回す。

 俺の脇を走り抜け、戦場を二階にまで拡大する気か?

 二階の最奥、俺の部屋に入るやいなや、ワンコの大暴走が始まった。

 ゴミ箱をなぎ倒し、帰宅直後の兵どもの夢の跡のティッシュを撒き散らす。ベッドに飛び乗り、ゲーミングチェアに引っ掛けた通学リュックも薙ぎ払い……。

 学校で拾ったピンクの丸石が転がる。

 これは危ないので拾った途端、頭の中に健気な感じの女子の悲鳴が弾けた!


『寄らないで下さい! 痴漢! 変態! 乙女の敵!』


 はぁ? と思わず石を落としてしまう。

 すると、普通にワンワンワン……。

 首を傾げつつ、拾い直してみる。


『覗き見られるだけでも恥辱の極みなのに……ワンワンワン……指で……指で触れるなど……キャンキャンワンッ……秘めやかな場所を……』

「何だこの石……犬語の翻訳機か?」


 石に触れたり、離したりしながら確かめる。触れてる間はワンコの言葉がわかるな。


『ああっ! その石は……』

「この石が何かな?」

『……何でもありません。ただの犬語の翻訳機でしょう』

「嘘をつけないタイプだな。言葉に焦りが滲み出てるぞ?」

『気のせいに決まってます……』


 いや、なにかある。

 こいつが俺の家まで着いてきたのも、この石の気配を感じて……なのかも知れない。

 単に唐揚げの匂いに誘われた可能性も高いけど。

 急にお澄ましして、ツンツンし始めたのも怪しい。


「そっか……ただの犬語の翻訳機なら別にいらないな」

『でしょう? ですから、私に返して下さいね』

「今、『私に返して』と言ったな? やっぱり、これ……お前関連のものじゃん」

『き……聞き間違えです! 私に貸してって言いました!』


 その焦り方は、ビンゴだろう。

 頭の隅の冷静な俺は、ポメラニアン相手に何やってるんだ? と呆れている。

 だが、こんな変なポメラニアンが、いるわけ無いだろう? とも思う。


「さて、どうしたものかな?」


 ワンコの目の前で、これ見よがしに、石を何度か掌の上で放り上げてはキャッチする。

 それを目で追いながら、ワンコも飛びついて奪う体勢でタイミングを図っている。

 なんとも、解りやすい奴だ。


「ええっ!」


 突然俺が大声を出したものだから、ワンコもビビってる。

 さっき、一瞬見えたものを確かめるように、俺はピンクの丸石を透かしてワンコを見た。


 そこに見えた姿は白いポメラニアンではなく、セーラーカラーのワンピースを纏い、セミロングの髪をボブカットにした美少女だった……。

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