8月

『見て。今日月がきれいだよ。』

月を見てはしんたろうくんを思い出した。その度このような連絡をした。

『俺も今家から見てた。同じタイミングでビビったんだけど』

『夕方の白い月もきれいだったけど、今きれい。すごいよね』

会っている時間のほとんどは夜だったため、よく一緒に月を見ていた。わざわざ月がきれいに見える場所に行ったりもした。会わない日には当たり前のようにそんなやり取りをした。

8月、学生生活最後の夏休み。私は少しでもしんたろうくんと一緒にいるために、沢山バイトを入れていた。

「なんかこの頃よく会うね。」

「夏休みだもん。働き放題。」

「本番はバイト後だけどな。」

「当たり前。今日準備運動時間長いね。」

私たちだけの会話。そんな会話だけでバイトも楽しい時間でしかなかった。

「ね、今日あそこ行こうよ。」

「え、どこ?もしかして思い出の地?」

「そうそう。俺そこで良い所見つけてさ。行ってみたいんだよね。」

思い出の地というのはふ頭のことで、私が大学初めてできた彼氏とドライブした場所だった。過去の思い出まで共有しては面白がり、二人でネタにしてケタケタ笑っていた。

「本当に久々じゃない?はじめの頃よく行ってたよね。」

「結局静かで景色綺麗だもんな、あそこ。」

ふ頭は広く、ドライブし初めのころは何日もかけて全部の場所を見て回った。そんなふ頭もこの頃は行ってなかったため久しぶりだった。

「るー、見て。水キラキラしてるよ。」

私は水面に光が反射してキラキラしている景色が好きだった。昼でも夜でもキラキラはすごく輝いていた。そんなことを知っていたしんたろうくんは、少し馬鹿にしながらいつも私に教えてくれた。

「本当にきれい。だからここ好きなんだよね。」

「俺が見つけた場所も絶対きれい。あれだけ全部回ったつもりだったのに、まだ行ってないところがあったんだよ。」

そう言って案内してくれたのは、車を止めて海の真ん中に細くある堤防を渡っていく場所だった。

「もしかして怖かったりする?」

「ううん。こういうの大好き。」

二人で落ちないよう、でもふざけながら堤防を渡っていった。堤防の途中でも海に浮かんでいるみたいできれい。でも、渡り切った先には、そこでしか見ることができない、まるで海の真ん中にいるような景色だった。

「すごい。こんなの初めて。」

「ね、すごいよね。」

「よく見つけたね。」

「この前上にある橋を車で通ってたらさ、堤防見つけて。行ってみたいって思ってたんだよね。」

しんたろうくんが見つけて私を誘ってくれた。こんな素敵な景色を一緒に見ようとしてくれた。そのことも加わり、私の中に深く刻まれた。

「今日月がないから、星もきれいに見えるよ。」

「本当だ。絶対流れ星ある。」

バイト先の駐車場も星がきれいに見える場所で、私たちは流れ星を見たことがあった。

「そうだ、見に行こうよ。」

「いいね、景色巡りするか。」

こんな素敵な景色を見た後すぐにお別れしたくなかった。なんだかんだ月の半分以上いて、いつでも会える、何なら明日もあるのに、今日はこれで終わってほしくなかった。

「どこに見に行く?」

「んー、流れ星探し結構行ったもんね。」

「あ、じゃああそこは?温泉があるところ。」

「いいね。まだ行ったことないもんね。」

やった!素敵な夜はまだ続くんだ。

「俺ね、ここら辺小さい頃よく来てたよ。」

流れ星を見に行っている温泉の場所はしんたろうくんの地元。彼から聞く小さい頃の話や家族の話は自然となんでも面白かった。

「ここに停めとく?」

「そうだな。ちょっと歩いてみようか。」

街灯もほとんどなく本当に静かで暗くなった場所に車を停めた。

「どっちが先に流れ星見つけれるか勝負ね。」

そう言って私たちは星空を見上げた。なんとなく喋るのが勿体ないような気がして、沈黙の雰囲気を味わった 。沈黙が心地よかった。二人だけの時間が流れているような気がした。その時、

「あ、流れた!」

「俺も見た!すげーな。」

私たちの真上に流れ星が流れた。一瞬で、でもとてもしっかり目にうつった。

「本当にきれい。すごいね、テンション上がる。」

「いいこと起きるよ。しっかり見えたもんな。」

二人して流れ星を見たことに興奮した。

「もう一回見たい。もうちょっと待っていようよ。」

もう朝を迎えそうな時間。私は夜の延長を望んだ。それからも数回、二人で流れ星を見つけた。

「なんかこれ、最終回みたいじゃない?」

「なにそれ?」

彼の言葉に私は少し笑いながら言った。この時間が愛おしいとともになぜか寂しくも感じた。

「キラキラも見に行って、こんなにも流れ星も見てさ。最終回並みに豪華じゃん。」

「そういうことね。素敵すぎるよね、本当に。でもまだまだ続いていくからね?」

「そうだな。俺たちの本番はバイト後だもんな。」

それから緩く会話をしながら、朝日が見える頃私たちはいつも通りバイバイした。


夏の間、バイト漬けの日々は続いた。ということはしんたろうくんと遊ぶ日は本当に多かった。

流れ星を見た日から変わったことが一つ。しんたろうくんを家まで送っていくことが増えた。しんたろうくんの家はバイト先から近く、自転車できていた。しかしどうせ朝になるからと、私と一緒のシフトの日は歩きか送ってもらってくるようになった。そしてしんたろうくんの家まで送ると、「ここも行ってみる?」と夜の延長が度々だった。

「せっかくの学生最後の夏休み、るーの顔ばかり見てる気がする。」

「なんか失礼な言い方。もうしんたろうくんの顔なんて目瞑っても書けそう。」

「書けるよ多分。今月の予定見たらさ、ぶっちぎりでるーと会ってる。地元の友達、サブキャラみたいになってるもん。」

同じ会話を幾度となくした。私の夏休みは、そんな何気ない時間でいっぱいになった。

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