5月

バイトの後、2人で過ごすことが当たり前になって早一か月。最初の方こそ深い印象はなかったのに、こんなにも合う?というくらい一緒にいると面白く、楽だった。といってもまだ探り探り。誰とでも仲良くできるしんたろうくんだからこそ、何が嫌なのか、嫌いなのかが分からず、ある程度の距離感から縮めることができなかった。

「いらっしゃいませ。」

今日は珍しく私が先にシフトイン。ロングシフトだった。

「おはよう。」

しんたろうくんがシフトインする時間。店は夕方前ということもありゆっくりで、みんなで楽しく過ごしていた。

「じゃあ俺、休憩行ってくる。よろしくね。」

バイトリーダーであるしんたろうくんが休憩に行って少し経った頃、お客さんが驚くほど増え出した。どうしよう。できるはずなのにうまく回ってない。大学4年生になる前にこのバイトを始めた私は、学生ばかりのシフトになると歳は上だが、歴は浅い方であることが多かった。そのため、うまくどう頼ってどう引っ張っていいのか悩んでいる時期だった。自分だけのせいでも、みんなだけのせいでもなく、何かうまくいっていないな、そんな雰囲気のままピークは終わった。大きなミスをしたわけではなかったし、全くできていないわけでもなかった。しかし、反省や気になることが残り、同い年で学年が一個下のさくらと働きながら話し合っていた。

「休憩終わった。るー行ってきていいよ。」

そんな時、しんたろうくんの休憩は終わり。私はもう少しできるのではないか、そんな状況が悔しくて、逃げるように休憩に行った。裏に行くとわたしの仲良しの先輩、さつきさんがいた。さつきさんはななちゃんと同い年で私たちは三人でよく一緒にいた。さつきさんの顔を見た途端、何かが弾けたように涙が出てきた。

「るー?!どうした??」

「さつきさん……」

「話聞くよ?何かあった?」

話を聞いてほしいのになぜか涙が止まらずなかなか話せない。

「とりあえず外でよっか。」

気を利かせてさつきさんはそう言ってくれた。さつきさんは私がしんたろうくんに気があることを知っていた。私はしんたろうくんに弱い部分を見せることが苦手だった。そしてそれはお互い様だった。そのため、泣いているところを見せたくなかったのだ。

さつきさんに一部始終を話して落ち着き、休憩が終わる時間。

「私もう帰るけど、何かあったら連絡して。すぐに見れるようにしとくから。」

そう言ってくれるさつきさんのおかげで涙は止まり、バイトに戻った。しんたろうくんが私の泣いているところを見ていたのかわからない。しかし、見ていたとしても触れてくることはないと思った。話したことがあったら話す。無理に聞いたりしない。それが私たちの関係で、口にしなくてもお互い理解していた。

数日後。

「この頃さ、バイトより終わってからのほうが楽しい。」

「それずっとだろ?終わってからが俺らの本番じゃん。」

疲れたとか大変とかマイナスな言葉をあまり話すことがなかったが、珍しく話したくなった。

「この前のこと話す気になった?」

そんな会話の中突如言われた言葉。

「え?この前のこと?」

「さつきさんからすごい勢いで言われた。あの人るーのことになると心配症だから。」

そうだ、さつきさんはそういう人。どうやらしんたろうくんは私が泣いた件の事をさつきさんから聞いていたらしい。

「知ってたんだ。ばれてないかと思った。」

「知ってた。でもるーは話したくなったら自分から言ってくると思って。聞かなかった。」

ずるい。分かったように言ってくる。そして大正解。そんな言葉さえ嬉しくて、私は初めてバイトの相談をした。バイトで何かあってもこれまではしんたろうくんに言ったことがなかった。しんたろうくんも言ってきたことがなかったし、どう思うのか怖い部分もあった。最後まで頷きながら聞いてくれ、そのあと少しの言葉をくれた。私の気持ちに寄り添い、受け止めてくれた気がした。私が考えていた以上に真剣に向き合ってくれた。でもその真剣は重過ぎるものではなく、どこか他人事だった。

「ありがとう、聞いてくれて。」

「いーよお。また話したくなったら聞いてあげる。」

その日をきっかけにバイトでの自分のことを話すようになった。それはしんたろうくんも同じで、少しずつ言ってくれるようになった。相手が話したら自分も話だし、寄り添うけどどこか適当。そんなところが私たちの似ていた。

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