第14話
いそいそと逃げるようにしてこの場から立ち去ったロマルス。
残された女たち四人の間には気まずい沈黙が、重苦しい沈黙が降りていた。
「……お兄様は譲りませんので」
そんな中、真っ先に口を切ったのはアスカであった。
「お兄様は私の全てなのです。お兄様は私に唯一残された家族であり、唯一にして変えの利かないただ一人の大切な人なのです。私とお兄様は、お母様がつかめなかった分のごく一般的な幸せを手にし、生涯一生二人で楽しく暮らすんです。そうでなければならないんです。そうでなければ家計の負担のことを考え、家を後にしたお母様が報われないのです。何の意味もなくなってしまうのです。これがお兄様にとってただの呪いでしかないことはわかっています、それでも私にはお兄様しかいないんです。私にはお兄様しかいないです。譲れません。譲れるはずがありません。何も持たずして生まれ、親も居場所も何もかもを奪われて最後に残ったお兄様ですら私から奪うなんて認めません。お兄様はずっと私と一緒にいてくれると約束してくれたのです。許せません。許しません。嫌です。嫌です。嫌です。お兄様は私のものです。お兄様は私の者でいてくれているんです。そう誓ってくれたんです。そう約束してくれたんです。私の世界にはお兄様しかいない、お兄様だけで十分なんです。それ以外は要らないんです。嫌です。わかっています。自分がお兄様を一方的に縛り付けているだけであると。お兄様は私なんかとは違います。どこまでも美しく、どこまでも輝いているんです。いつまでも変われず、今でも底に沈んでいるような私とは何もかもが違うんです。役者が違うのです。お兄様はもっと輝ける。もっと上に昇れる。世界の頂点にさえ。ですが、私が許せません。どんなにもズルくとも、どんなにも愚かでも、どんなに醜悪であっても、私はお兄様を縛り続けます。お兄様の優しさを利用し、お母様の約束を利用し、お母様の死すらも利用し、私は甘えて理想を押し付けるんです。私にはお兄様しかいない。お兄様しか与えれていないんです。生まれながらに多くの物を持つ人なんかにお兄様は渡さない。私の何もかもを奪わせない。お兄様は私のものです。この世界の底辺で。私はお兄様と幸せな生活を作るんです。私とお兄様は愛し合っているんです。どれだけ歪んでいようとも。それでもこんな歪んだ世界で私が幸せになるには歪んだものを望むしかないのです。だってそうでもしなければ私は幸せになれないから。お母さんは私に幸せになるよう望んだのだから……私は、私は、私は、私は、私はお兄様との世界を作りたいんです。作れないなんて考えれない。考えたくはありません。どこまでも自分勝手で我儘な私を兄さまに押し付けます。私の世界にはお兄様しかいない。お兄様の世界に私しかいない。それ以外は認めません。好き、大好き、愛している。私は心の底からお兄様を愛しています。私は何もかもをお兄様に依存しています。この世界の誰よりも。自分の愛が歪んでいるとはわかっています。私とお兄様の関係が歪んでいるとは理解しています。それでも私とお兄様は愛し合っているのです。認め合っているのです。お兄様はどこまでも孤独で情けなくて、生きる価値もないような私を受け入れ、私はお兄様が好きで、お兄様も私が好き。それは永久に変わらぬ事実であり、私とお兄様はただ二人でこの世界を生きるのです。他の雌猫が介入してくるような隙はないのです」
依存。
妄信。
狂愛。
「……ッ」
どこまでも冷たく、どこまでも深い壁と拒絶感を持ち、すべてを飲み干すような静かな力を、そのどこまでも見えぬアスカという人間の中を浮き彫りしながらアスカは静かに視線をミリアへと向ける。
「絶対に許さない」
「……ッ」
ミリアの持つ真っ直ぐな恋慕は、アスカの持つ歪み、溺れ、狂った激情と真正面からぶつかることとなる。
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