第4話

 王侯貴族にスラムの人間が逆らえるはずもなし。

 僕は自分の目の前で繰り広げられる殿上人のやり取りを見ていることしかできなかった。

 

「そこらへんにしておきなさい」

 

 そんな中、新しい声が響いてくる。


「……ッ!学園長」


「何故このような場に?」


「ふむ。その身から溢れる気品と自信。無駄一つないその動き……あぁ、実に美しい」

 

 その声の主とはこの学園の頂点。

 既に齢百歳を超えているのにも関わらず、未だ存命どころか背筋が伸び、最前線で戦うことが可能という驚異的な女傑、カグラ・フォーエンスであった。


「ふんっ。お主らに絡まれとる哀れな餓鬼がいると聞いてな。既に授業が始まる時間じゃぞ。いつまでもそこの餓鬼を拘束しているでない。お主らと違ってそこのは立場が低いのじゃ……ほれ、この餓鬼は貰っていくぞ」

 

「うわー」


「あっ!?ちょっ!」

 

 学園長に首根っこを掴まれ、持ち上げられた僕は棒読みで悲鳴を上げる。

 はて?学園長が僕に何の用だろうか?


「それではな」

 

 僕の首根っこを掴んで持ち上げた学園長は抗議の声を上げる三人には目もくれずにこの場を後にするべく背を向けて歩き出す。


「……少し話がある。ヴァンパイア」


「ダンピールです」

 

 耳元で囁いてきた学園長の言葉に同じく小声で返した僕は自分の首根っこを掴んでどこかへと運んでいく学園長の魔の手に抵抗せず、そのまま運ばれていくのだった。


 ■■■■■

 

 王侯貴族に絡まれて途方に暮れていたところを助けてくれたのかは疑わしいけど、とりあえずあの場からは脱出させてくれた学園長に運ばれる形で学園長室へと僕はやってきていた。


「元アル・レテンの構成員であり、最後のヴァンパイア」


「ダンピールです」

 

 僕を立たせ、自分は学園長室にある高そうな席に腰を下ろす学園長の発する言葉を僕は一言で否定する。


「かつて、人類に対して大きな災禍をもたらしたヴァンパイアの力をもつ君への注目度はあのミリア・フランクロよりも高いかもしれない……何て言ったって彼女が注目されるようになった理由。優秀で美しくはあったが、後ろ盾がいなかったという致命的な弱点を半ば強引にお前は解決してみせたのだからな」

 

 だが、そんなことなど気にせず学園長は言葉を続ける。


「自分の力など些細なものですよ」

 

 ミリア・フランクロ。

 王宮において不遇の時を過ごしていた彼女ではあるが、本人の強さ並びに智謀も高く、見た目も美しい。

 不吉の子などという二つ名など些細なものである……ただ、彼女には後ろ盾がいなかった。

 彼女が不遇の時を過ごしていた理由はこの一つに尽きる。


「普通スラムの餓鬼は国境部の守りを固めるロイストル辺境伯に連絡をいれるなど不可能なのだよ」

 

 ミリアの味方となるはずであった母は死んでしまった。

 しかし、だからと言って彼女の味方が誰もいないわけではない。

 ミリアの母の父は、ミリアにとっては祖父に当たる男であるロイストル辺境伯は彼女の味方である。

 

 ちょっとロイストル辺境伯にミリアの現状を知らせる手紙が届いていないようだったので、ちょっと僕が伝書鳩になっただけ。

 僕は大したことなんてしていない。


「まぁ、あの王女のことは良い……本題は別にある」


「……本題」

 

 学園長の口から出てくる本題。

 どうしよう。内容を聞いてもいないのに逃げたくなってきた。

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