第22話 死者の群れ

「遅い……」


 俺はそう言葉を漏らしながらマリアンナが姿を消した方向に視線を向け、彼女が戻ってくるのをじっと待っていた。


「……そんなに心配なら付いていけば良いのに」


「おまえもそんな常識知らずのことを……。良いか? 俺は男でマリーは女なんだから、普通に考えてそう言った状況で付いてくなんて有り得無いだろ」


「……レオとマリーは夫婦って事になってるし、それに設定じゃなくても本当に2人は婚約者なんだから・・・・・・・・問題無いでしょ? ……どうせ世継ぎを作るためにいずれはそう言った事をする関係になるんだし」


 元貴族令嬢とは思えない発言に俺はゲッソリとしながらも、どうしてマリアンナにしろエリーしろ力と権力を持った女性はこう常識が通じないのかと頭を抱えたくなる。


 だが、直後に感じた気配に俺は素早く思考を切替えるとホルスターから2丁の魔銃を取り出し、戦闘態勢を取りながらエリーに声をかける。


「気を付けろ。なんか来るぞ」


「……言われなくても気付いてる」


 エリーはそう返事を返しながら空間魔術を発動し、そこから刀身に青い炎を宿した身の丈ほどの大きさを持った大太刀を取り出す。


 特級冒険者エリーは『刀神』の名で知られている冒険者であり、その名の通り扱う武器は『刀』と呼ばれる独特の形状をした片刃剣だ。

 そしてエリーが扱う『焔』と呼ばれる妖刀はその巨大さから扱うのが非常に難しい代わりにその刀身を常に炎の魔力が覆っており、相応の実力者でなければその鋒が体に触れただけで傷口からその炎が肉体を侵食し、一瞬の内に灰へと変えてしまうと言われている。

 それに、高い魔力で大幅に強化された身体能力と長年研鑽されてきた刀術、並外れた戦闘センス、本来彼女が得意とする氷の魔術との組み合わせによる予測不能な爆発力などが合わさり、彼女はこのレイラント王国最強の冒険者と称えられているのだ。


「……来る!」


 妖刀『焔』を構えながらエリーがそう呟いた直後、突然強烈な腐臭が周辺を満たす。

 そして、それと同時に地下から巨大な魔力の気配が溢れ出し、それを合図とするように周辺の空間に裂け目が生じるとそこから人や獣など統一性のない無数の影が姿を現す。


「アンデット、か」


 それは人や獣の姿をしていたがその瞳には一切の生気がなく、酷いものになれば皮膚が裂けたり肉体の一部が欠損している状態だった。


「……こいつら、ただの端末だ」


「そうなるとこいつらをどれだけ倒しても無駄、って事か。そうなると、こいつらの本体である核は地下のやつってとこか」


「……魔力の繋がりが地下に続いているからそうだと思う。……と言うか地下のやつも何かと戦ってる?」


 エリーの問いに俺は言葉を返さなかったが、それの相手がマリアンナであることを俺は確信していた。

 正直、マリアンナは魔力を纏っていないので少し離れればその気配を探るのは非常に難しいのだが、なぜか昔から彼女は何らかの大きな問題が生じたときにその中心にいることが多いので、今回も間違いなくこの騒動の中心に彼女がいると確信していた。


(ったく、あれだけ慎重に動けと言い聞かせたのに何やってんだ! てか、突然こいつらが現れたのも絶対あいつのせいだな)


 もはや数えるのが馬鹿らしくなるほど大量のアンデットに囲まれながら、俺はそれぞれの個体へ瞬時に視線を向けながら情報を集めていく。


(人型のやつらは装備とかから推察するに行方不明になった冒険者達か? ……いや、それだけだと数が合わねえからここ以外からもかなりの数が連れ去られてるな。獣型のやつらもここら辺では見ないタイプもいるしな。だが、当然いるはずの竜型が1体もいないのはなぜだ? ……まさか、地下から感じるこの巨大な魔力は単体でなく無数の竜から放たれている物、だとか? ……いや、間違いなく単体の敵だろうが……まさか――)


 俺の思考がある可能性へと至ろうした直後、空間の裂け目から現れたアンデット達が一斉に俺達へと襲って来た。

 そのため、俺はいったん思考を放棄して一定の距離を保ちながら魔弾を放ち、こちらに飛びかかろうとしていた獣型アンデットの足を撃ち抜き、その横で武器を構えていた人型アンデットの腕を消し飛ばすことで脅威を排除する。

 そして、俺の背後ではエリーが一陣の風となりながらアンデットの群れへと突っ込み、そのまま彼女の進路上にいた無数のアンデットを火柱へと変えていく。


(こいつら単体ではそこまでの強さはないから俺達が遅れを取る事は無いだろう。だが、問題はこの数とその再生力だな)


 既に百を超えるかという無数のアンデット達と、俺達にやられて崩れ落ちたはずのアンデット達が再生する姿を確認しながら俺は軽く舌打ちを漏らす。

 アンデットとは死した生物の肉体に魔力が集まることで魔物化した物であり、本来自然発生したものであればその肉体を砕いて溜まっていた魔力を霧散させれば滅ぼす事ができる。

 だが、もしもそれが人為的に製造されたアンデットであればそう簡単には行かなくなる。

 人為的に製造されたアンデットは例えその肉体を破壊しようとも魔力によって何度でもその肉体を再生させる事が可能であり、その死体に魔力を込めた術者が魔力の供給を切らない限り死体を動かす魔力を完全に消し去る事は難しい。(一応アンデットを浄化する専用の魔術が存在するが、特殊な術であるためそれを専門に習得している術者でなければ扱うことが出来ない。)

 更に、今目の前にいる『端末型』と呼ばれるアンデットは更に特殊な存在であり、核となる1体のアンデットと魔力的に接続されることで術者が常時魔力を供給しなくても存続することが可能であり、その核となる個体が倒されない限り何度でも復活してくるのだ。

 だが、逆に言えばその核となる個体さえ撃破できれば魔力の供給が止まり、他の個体も一斉に消滅するというリスクもあるのだが。


(地下から感じる魔力……武器を持っていない今のマリアンナでは分が悪いか? そうなると、俺が取るべき行動は――)


 瞬時に俺がそう判断した直後、エリーが「ここはわたしが抑える! だからレオはマリーのところへ!」と声を掛けて来た。


「すまない!」


 俺は簡単にそう返事を返すと、地下からの気配を強く感じる先程マリアンナが向かったのと同じ方に向けて走り出す。

 そして、まるで俺の進路を妨害するかのように次々と現れるアンデット達を両手に構えた魔銃で蹴散らしながら先を急ぐ。


 それからしばらく走っていると、分かりやすいぐらいにアンデットが密集している地点を見付けたので魔弓へと持ち替え、『閃光』を使い一気に障害を取り除くと地下へと続く縦穴を見付ける。


(……まさかあいつ、ここに落ちたのか? それとも興味本位で自分から……いや、いくらあいつでもこんな怪しい場所へ俺達に何も告げずに入るほど常識知らずじゃない…………はず)


 明らかに他より強烈な腐臭が漏れ出す穴から、地下で何らかの戦闘が行われていることを示す轟音が漏れ出していた。

 そのため、間違いなくこの先にマリアンナがいると確信した俺は一切の躊躇無しにその穴へと飛び込む。


 しばらくの間重力に引かれるまま地下深くへと落ちて行くと、やがて広い空間の上空に俺の体は投げ出される。

 そして、眼下には6メートルほど大きさをした三つ首の竜(見た事も聞いた事も無い奇妙な形をしており、恐らくは竜の死骸を利用して作り出されたドラゴンキマイラと言ったところか)が屈強な爪やブレスで一人の少女に襲いかかっていた。


「ッ! 離れろ!!」


 俺が『閃光』を放つために矢を番えながらそう告げた直後、その少女、マリアンナはこちらに視線を送ることもなく素早く後方に飛ぼうとする。

 だが、なぜかその直前にビクリと体を震わせるとその動きを止め、そのせいで俺の存在に気付いたドラゴンキマイラがこちらに尾を鞭のように振り回してきたため、俺は回避のために奇襲をキャンセルされてしまう。


(あのアホ! 何やってんだ!? てか、なんで眼帯を外してるんだ? まさか、何らかの強力な毒や魔術で動きを制限されたり、不意を突かれてなんかされたんじゃ――)


 風の魔術で空中での姿勢を制御し、ドラゴンキマイラの攻撃が届かない位置に着地しながら様々な可能性について思考を巡らせる。

 だが、直後に俺が着地した地点を狙うように無数のアンデットが召喚され、それに合わせて魔術による火球が降り注いだことで思考を中断せざる得なかった。


「邪魔はしないでもらおう。あの娘は我らが神を降ろす器となるため、これから混沌の竜カオスドラゴンと一つになるのだから!」


 ボサボサの白髪に、爛々と狂気に輝く瞳を持った痩せ形の男が俺にそう声をかけながら追撃の魔術を俺へと放つ。

 それを俺は難なく躱し、すぐさま魔弓から持ち替えた2丁魔銃で襲い来るアンデットを蹴散らしながら男との距離を詰めようとする。

 だが、男はアンデットを更に召喚することで俺の進路を塞ぎ、更には複数の魔術を放ちながら俺との距離を取る。


「おまえは何者だ?」


 距離が空き、睨み合う形で動きを止めたところで俺は男にそう問い掛ける。


「これから死ぬキミに、俺が何者か話した所で無駄だと思うが?」


 狂気に満ちた表情でそう語る男に、俺は対話は不可能と判断して2丁魔銃を構えるが、直後に男が歓喜の表情を浮かべながら「さあ、いよいよ神の器が完成するぞ!!」と、先程マリアンナがいた辺りに視線を向けながら叫んだため思わずそちらに視線を向けてしまう。

 直後、俺の目の前でなぜか動きが悪いマリアンナがドラゴンキマイラ(謎の男曰く混沌の竜カオスドラゴンか)のブレスを避け損ない、片膝を付いたところで3つ有る頭の一つに呑み込まれてしまった。


「マリアンナ!!」


 咄嗟にそう声を上げてそちらに駆け出そうとした直後、俺の脇腹に強烈な痛みと衝撃が襲い来る。

 どうやらマリアンナに気を取られている隙に謎の男が放った魔術が直撃したらしく、俺の方が魔力値が高いのか致命傷は避けられたものの無視できないダメージを受けてしまう。


「クッ!?」


「さあ、これで神の器が完成だ! ざまあみろ! やはり俺の理論が――」


 致命的な隙を与えてしまったために男が放とうとする止めの一撃を回避することは不可能なため、俺は狂気に満ちた言葉と共に男が放とうとする魔術に視線を向け、この場を乗り切るための切り札を着る覚悟決めるのだが、その前に突然混沌の竜カオスドラゴンが苦痛の咆哮を上げたことで俺も男もそちらに意識を奪われる。

 そして、しばらくの間混沌の竜カオスドラゴンが苦しむ素振りを見せたあと、突然先程マリアンナを呑み込んだ頭が大きく口を開け、そこから吐しゃ物を盛大に吐き出す。


 すると、それと同時に先程呑み込まれたマリアンナも無傷(服は多少ボロボロになっているが)で飛び出し、難無く地面に着すると吐しゃ物でドロドロに汚れているのになぜか晴れ晴れとした表情を浮かべてながら口を開く。


「レン! あれを!」


 その言葉を聞いた俺は、咄嗟にマリアンナが何を求めているのかを察してアイテムポーチを開き、その奥にずっと放置していた一振りの大剣を取り出す。


「グッ!!?」


 大剣の柄に手を触れた瞬間、体内の魔力を一気に持って行かれるのを感じながらも即座にそれをマリアンナへ投げ渡す。

 そして、回転しながら真っ直ぐに飛翔するその大剣をマリアンナは難無く掴み取ると、その鋒を混沌の竜カオスドラゴンへと突き付けながら声高らかに宣言する。


「さあ、遊びは終りだよ! 我が『邪竜殺しの魔剣』にて果てるが良い!」


 芝居が掛った(明らかに調子に乗っている)口調でマリアンナはそう告げると、その魔剣、バルムンクをまるで木剣でも構えるように軽々と上段に構えると地を蹴り一気に混沌の竜カオスドラゴンとの距離を詰める。

 その動きには先程までの調子の悪さはなく、間違いなく普段の彼女と変わらない圧倒的な力が満ちていた。


「我が一太刀は空間すら切り裂く! 邪竜、滅ぶべし!!」


 マリアンナの謎の掛け声と共に一切加減のない渾身の一撃が振り下ろされると同時にその場から一瞬全ての音が消え去り、次の瞬間には彼女が振り下ろしたバルムンクの延長線上にいた混沌の竜カオスドラゴンが切られたことをようやく思い出したかのように真っ二つに分かれながら鮮血を撒き散らすのだった。

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