第21話 こんな状況で現れる新顔は大抵黒幕

 激しい戦闘があったと推測される火竜の巣を出たボク達は、そのまま当初の目的通り『竜の塒』の中央区画を目指して進むこととなった。

 エリーさん曰く、中央区は強力な個体が絶えず縄張り争いを繰り広げている危険な地点であり、足を踏み入れて生還できる実力者が少ないことからどこにどのような個体が巣を張っているのか全くと言って良いほど情報がないらしい。

 そのため、今回はそのまま真っ直ぐ突っ切って強力な個体と遭遇した時には無理をせずに撤退する(当然倒せそうなら倒すが)方針で、それを繰り返しながら行方不明となっている冒険者の痕跡がないかを探っていく方針を考えていたそうだ。


 だが、肝心の中央区に足を踏み入れる前に予想外の痕跡を発見してしまったため、ボク達は大幅に方針の変更を余儀なくされていた。


「……中央に到達して少ししたところに数体確認されてる強力な個体を手当たり次第に確認して回ろう。……そうすれば、あの異変がこの『竜の塒』全体で起きているのか、それとも強力な個体が多い中央を避ける形で起きているのか判断が付くはず」


 そのエリーさんの提案にレンは若干不満があるような表情を浮かべたものの、他に提案できる案があるわけでは無いらしく声を上げることは無かった。

 そのため、ボクとしてはあわよくばここで果たせなかった火竜討伐…それどころかもっと強力な竜種を討伐出来るチャンスが巡ってきたわけなので全力でエリーさんの案に賛同し、ボク達は手当たり次第に確認されている竜の巣を巡り始めたのだった。


 それから4時間ほど時間が過ぎ、ボク達はこの異変が恐らく『竜の塒』全体で起こっているだろうこと、強力な個体すらも討ち滅ぼして死体すら残さない程の力を持った何者かがここで暗躍していること、そしてその一連の事件に行方不明になった冒険者達が関わっている可能性が高いと言う事が判明していた。


「……信じられないけど、ここまでハッキリとした痕跡がある以上この異変に行方不明者が関わっているのはほぼ間違いない」


 エリーさんは手に持った特徴的な装飾が施された槍の残骸に視線を落としながらもボク達にそう断言する。

 なんでも、それは行方不明になっている3級冒険者の中でもそれなりに名が知れた冒険者が愛用してた槍の特徴と合致するらしく、それがこの場にある以上少なくともその冒険者がこの異変に関係しているの事は確定するのだ。


「だが、妙じゃ無いか? 正直、今まで確認してきた3つの巣でそれなりの痕跡が残ってはいたが、こういった武具の残骸ばっかで犠牲者の遺体はおろか血痕すら見当たらないなんて流石に異常だろう」


「そもそも、武器も防具もこんなに壊れちゃってるんだったら間違いなくそれなりに死傷者が出てないとおかしいもんね」


 レンの言葉にボクがそう返事を返すと、この奇妙な状況を理解できないボク達は次の言葉を見つける事ができずに沈黙がその場を支配する。


「……それでこれからどうする? もっと奥まで進んで他にも同じ状況になっている巣がないか確認してみる?」


 沈黙に耐えかねたボクがそう問うと、レンとエリーさんはしばらく真剣な表情で悩む素振りを見せたあと、お互い視線で会話をしたかと思うとエリーさんが首を左右に振った後に口を開いた。


「……これ以上深入りすると集合時間まで戻れないかも知れない。だから、今日はここまでで一度引き上げる」


「まあ、それにもしかすれば他の班が何らかの手掛かりを掴んでる可能性もあるし、最低でも他でここと同じ異変が起こってるかどうかの確認はできるだろうしな」


 そうレンが告げた後、ボクは「そうだね」と返事を返し、結局異変が起こっている証拠はこうもハッキリと残っているのに何の手掛かりも得ることができず、更には目標だった火竜すら発見できなかったショックからガックリと肩を落とす。

 そして、そうやって高揚していたテンションが急落したせいか唐突に尿意を覚えたボクは「とりあえず、変える前にちょっとお手洗いに行ってくる」と告げると背後からレンの「気を抜くなよ! 何が起こるか分かんねえんだからな!!」と言う小言を受けながらそこら辺に丁度良い物陰がないか探して彷徨い歩く。


 余談だが、当然ながらこのような人が足を踏み入れない未開の地にトイレなんてあるわけが無いので、もしもしたくなったらそこら辺で用を足すしかない。

 そのため、ボクやエリーさんのような女性冒険者は必ずそう言った事態を想定した装備を必ず身に着けているし、用を足している最中に魔物や偶然居合わせた男性に襲われるなんて話は良くあるのでそう言った危険性を避けるための場所選びは慎重にしなければならないのだ。

 正直、ボクの場合は近くでレンが見張ってくれた方が早いと考えているのだが、一度それを提案したら『正気か? おまえには羞恥心とか無いのかよ!』と怒られたし、どうせ襲われても返り討ちにすれば良いと胸を張ったボクに『おまえなら本当に他人に見られるのを気にせずに戦えそうだが、流石に貴族令嬢として相応の羞恥心は持ってくれ』と説教を喰らったので面倒でもきちんとした手順を踏む必要があるのだ。


(ほんと、ボクみたいなお子様体型の女性に劣情を抱く男性なんていないだろうからそこまで気にする必要なんて無いのに。まったく、レンは心配性なんだから)


 そんなことを考えながら周囲を探していると、崖の間に人一人がやっと入れるくらいの丁度良さそうな穴を見付け、ボクはそちらに方に足を向ける。

 だが、数歩進んだところでボクはその穴から凄まじい腐臭が漏れ出しているのに気付き、思わず顔をしかめながら足を止めてしまう。


(うっ、この臭い……結構きついかも。竜の巣穴で腐った食料が放ってた臭いも凄かったけど、ここはそれ以上かも。ていうか、こんだけ臭いのになんでここまで近付くまで気付かなかったかなぁ)


 そんなことを考えながらボクは数歩後退ると、なぜかその穴から一定の距離まで離れると突然臭いが消えるという不自然な状況に気付く。


(あれ? なんかおかしいよね。……うん、臭いのラインがあそこを、正確にはもっと奥の方を中心に円形に仕切られてる?)


 その事に気付いたボクは、今まで感じていた尿意も忘れてその奇妙な状況に夢中になっていた。


(ここ……遠くから見たら小さな窪み程度に見えたけど、地下に向かって結構奥の方まで穴が続いてる? いったいどこまで続いてるんだろう)


 そんなことを考えながら深く闇が続く穴の奥を除いていると、思わず身を乗り出してしまったのが悪かったのか足を滑らせて穴の中へと落ちてしまう。

 そして、結構深く地中へと続く洞窟(と言うかトンネルと言った方が正しいか)を滑り落ちて行き、やがて視界が開けると同時に浮遊感を感じ、ボクの体が何も支えが無い空間に放り出されていること、それにボンヤリと天井のあちこちに光るがあるおかげで確認できる地面が10メートルほど下方に有ることに気付く。


「ッ!!?」


 咄嗟の事態に一瞬先程まで感じていた尿意を思い出しそうになりながらも、咄嗟に姿勢を整えてボクは難無く地面への着地に成功した(衝撃でかなりの音が響き、地面にそこそこ大きいクレーターができたが)。


「フゥ。……危なかった」


 当然ながらこの程度の高さで着地に失敗したくらいじゃ怪我をしないどころか痛いとも感じないだろう。

 だから、危なかったのは自身の体の問題では無く尊厳の問題だ。


(こんな地下なのにそれなりに明るいのは天井で光ってる無数の鉱石のおかげかな? それにしても、ここっていったい何なんだろう)


 そんなことを考えながら周囲を見回していると、ふとこちらに凄い勢いで近付く何者か(気配や足音から恐らく人間だと思う)が近付いて来るのに気付く。

 そしてボクは、その足音がこちらへ完全に近付く前に近くに落ちていた石を拾い上げ、それを足音の目の前に投げつける(地面を貫通していったが)ことでその動きを止めた。


「ま、待ってくれ! 俺は――」


「フ、フハハハハハハハハ!!」


 その聞こえた男の声をボクは高笑いを発することで遮る。

 そして、薄暗くて良く顔が見えないその男(聞いた事無い声なので恐らく捜索隊にはいなかった誰かだと思う)に向かって右人差し指を突き付けると、そのまま声高々に宣言する。


「ボクには全て分かっている! 行方不明となった冒険者や姿を消した竜。その原因はキサマだと、な!!」


 そう、こういったパターンで現れる謎の第三者など事件の黒幕だと大抵決まっているのだ。

 そして恐らく『俺はその行方不明になった冒険者だ! 頼むから話を聞いてくれ!』とか言ってボクを油断させ、そのまま不意を突くか毒を仕込むなんかの小細工を仕込んでくるに決まっている。


 だから、男が口にした予想外の返答にボクの思考はフリーズすることとなる。


「それも仕方の無い犠牲なんだよ! 君達冒険者はなぜそろいもそろって俺の話しを聞かない! 神の器が手に入らない以上、外法を用いてでも器を作り出す必要があるのだよ!!」


 何を言っているのかは分からないが、声に含まれる正気では無いことは正気では無いことは容易に感じ取れた。

 そして、ここでボクが何も言わなければ格好が付かないと判断して思わずボクはその場のノリで頭に浮かんだテキトウなセリフを口にする。


「フッ、無駄なことを」


「なっ!? おまえも、俺をバカにするのか!!」


 激昂する男に、ボクは(余裕の無い表情で焦りを悟られないよう)片手で顔を隠すようなポーズを取りながら、声だけは精一杯余裕のある雰囲気を演出しながら言葉を続ける。


「神の器などいくら用意したところではボクの前では無意味さ。なぜなら、ボクこそ聖と邪、対極の力を与えられた勇者であり魔王、つまりは神の化身なのだから!!」


 もはや自分でも何が言いたいのか分からなくなってしまったボクは、そう告げながら左の邪眼を隠す眼帯を外して引きつった笑みを浮かべながら「さあ、ボクの邪眼の前にひれ伏すがいい!!」と謎の決め台詞を口にする。


(ど、どどどどどどどどどどどうしよう!!? 勢いで眼帯外しちゃったし、パニックで意味不明はこと言っちゃった!! こう言う場合に格好良く決めるパターンはいくつも考えてたのに、完全に飛んじゃったぁ~~)


 そうやってパニックになっていると、男はしばらく無言のまま呆然とボクに視線を送っていたのだ、やがてその顔に狂気の笑みを浮かべながら「まさか、ここに器候補が……あれにこの少女の肉体を取り込めば、より完全な器が」とボソボソよく分からないことを呟くと、腰に下げていた短い杖状の魔道具を掴み、それを頭上に掲げた。


 直後、巨大な、そして強大な力を秘めていることが感じ取れる何かが目の前に出現したのを感じ、それと同時に体へ強力な衝撃が襲って来たのだった。

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