第20話 異変の兆候

 『竜の塒』に到着した俺達は、キャンプ地の設営などを同行している組合職員に任せて早速捜索に掛ることになる。

 この『竜の塒』は文字通り多数の竜種が生息する危険な場所であるが、竜種はそれぞれ縄張りが決まっているのに加えてここは文字通り塒として利用されている場所なので早朝や夜間など竜種が自身の巣に戻っている時間以外はほとんど竜種と遭遇する事は無いため、俺達は完全に日が昇ってから捜索を始めて日が暮れ始めるまでに各個体が縄張りにしている地点に掛らない安全地対地に戻って来る形となる。


「……わたし達A班は強力な個体が多く生息する中央を中心に捜索を進めるから、北側をアルフレッド率いるB班とエイミー率いるC班が、南側をジャスミン率いるD班とステーシア率いるE班が、そして比較的安全なここら辺一帯の西側はダニエル率いるF班が担当でお願い。……それと、わたし達もよっぽどのことがない限り立ち入ることはないけど、あまり状況が分かってなくて危険な東側には絶対に立ち入らないように」


 エリーの指示の下、それぞれが自身の役割を確認しながら出発前に決められていたと思われる班ごとに分かれていく。

 どうやら一班に4,5人の1級冒険者が割り振られており、基本的に二班合同で捜索を行うため俺達の中央と比較的に安全な西側以外は10程度のメンバーで探索を行うようだ。

 そのため、中央に行く俺達だけ3人と危険度の割には極端に人員が少ないのだが、恐らく1級冒険者の精鋭達が集まっているこの場でも特級最強と言われているエリーの戦闘力は別格であるのに加え、マリアンナや俺でさえ恐らく1人で1級冒険者を10人ほど同時に相手取ったとしても負けることは無いだろう。

 ただ、流石に冒険者の中でも二番目に高い階級である1級冒険者である以上、それ以上の人数を同時に相手にするとなるとかなり厳しい戦いになることは間違いないだろう。(しかし、勝機がないとは言わないが。)


「……それと、基本的に今回の目的は行方不明になっている冒険者の捜索とここで異変が起こっていないかの調査だから、余計な被害を出さないように確認されている竜の巣には極力近付かないよう気を付けて」


 そうエリーが告げたあと、(言った本人であるエリーと恐らくバリバリ竜の縄張りに踏み込んで竜退治をするつもりだったのか不満そうな表情を浮かべているマリアンナ以外の)全員から返事や肯きが返って来たのを確認すると、「……それじゃあこれより捜索を開始する。竜種が塒に戻る18時半になる前にここに一度戻ること。もし、2日続けて戻らない班がある場合はその班員も捜索対象に加え、5日経っても見つからない場合は全滅したものと判断するからそのつもりで」と告げてその場は解散となった。


「さて、それじゃあ俺達もさっさと探索を開始しようか」


 他の班が散り散りになった後、俺は地図を広げながらマリアンナとエリーの2人そう声をかける。

 現在、最も危険とされる東側の情報はほぼ無いのは仕方ないとして、俺達が向かう中央の情報もそれほど多くはない。

 そもそも、中央で強力な個体と遭遇して生きたまま戻ってこれる冒険者などほぼいないため、中央で得た情報が組合に共有されることが少ないのだ。

 それに、余裕で戻って来ることができる実力を持つ特級が捜索を行った場合、ほぼ間違いなく遭遇した竜をその場で討伐してしまうので次に訪れた時には新たな個体がその縄張りを奪い状況が変化してしまうのだ。

 そのため、俺達はこれまで巣が確認された地点を極力避けながら探索を行い、新たな巣を発見した場合はその位置の記録と異常がないかを確認しながら慎重に進む必要があるのだ。


「中央に向かうルートは小型の飛竜が多数生息するが大型の竜種が確認されていないこのルートを使おうと思うが問題無いな?」


 一応リーダーであるエリーに俺がそう問うと、エリーは少しだけ考える素振りを見せた後に「……いや、こっちの方が近いからこっちを通ろう」と別のルートを提案する。

 すると、そのルートを確認したマリアンナが真っ先に「ボクもそっちのルートに賛成!」と声を上げる。


「あのなぁ……。このルートを通るってことは、思いっ切り火竜の巣の目と鼻の先を突っ切る形になるんだぞ!? おまえさっき、今回の探索では余計な被害を出さないように竜の巣に近付くなって自分で注意してたよな!?」


 そう告げながら俺がエリーに視線を送ると、エリーはキョトンとした表情を浮かべながら「……この時間ならほとんど火竜が巣にいることはないから。それに、もしいたとしてもわたし達の実力ならそれほど苦戦せず討伐出来るから問題ない」と言い切る。


「いや、それでも最大限リスクを避けるべきだろ!」


「いいや、ボクもエリーさんもそっちのルートに賛成だから、多数決にすべき!」


「おまえの場合は単純に火竜と戦いたいだけだろ! てか、いざ出会ったら『自分の実力を試すためにボク1人で戦ってみたい』、とかごねるつもりだろ!」


「そ、そんなわけ…ないじゃん」


「……とにかく、ここで言い合ってる時間も無駄だからさっさと出発する。あと、わたしがこの部隊のリーダーだから基本的にわたしの方針は絶対」


 そう言いながらさっさとエリーは歩き出し、マリアンナも「ほら、置いていかれちゃうよ!」とエリーに続いて行ってしまったので、俺は頭を抱えたくなるのを必死に我慢しながら2人の後を追うことにした。

 そして心の中で余計な強敵と戦わなくて良いよう、必死に火竜と遭遇しないように祈りながら歩き続け、30分ほどしたところで事前に渡された地図で火竜の巣が有ると記載された地点まで辿り着く。

 しかし、俺の祈りが通じたのか周囲に強敵の気配は一切無く、目の前を通るときにチラリと確認した巣の中は見事に空だった。


「とりあえず余計な戦闘は避けられたみたいだな」


 隣で不満そうに頬を膨らませるマリアンナに俺はそう告げるが、そこであることに気付いた俺は表情を引き締めながらそのまま高い崖の上に作られた巣目掛けて跳躍すると、そのまま俺が感じた違和感が勘違いで無いことを確認する。


「ちょっと、いきなりどうしたの!?」


 そう言いながらマリアンナも俺と同じく巣の中に飛び込んで来る。


「……この状況、結構激しい戦闘があった痕だね」


 そして、一番最後に跳躍してきたエリーは所々に切り裂いたような痕や焦げた痕、それに竜の血と思われる汚れが所々に残る巣の惨状を見て真っ先にそう断言した。


「どうやらこの状態になって数日は経ってるみたいだが……他の個体と縄張り争いに負けたんだとすれば死骸が残っていない事や、蓄えられた食料がそのまま放置されているのは妙だと思わないか?」


 俺はそれほど竜の生態に詳しいわけでもないため、冒険者として幾度もこの地に足を踏み入れてある程度竜の生態に詳しいであろうエリーにそう確認をとる。


「……そもそも、竜種は脆く不安定な足場である事が多い巣で戦闘を行うのを極端に嫌うはず。だから、縄張り争いを仕掛けるにしてもわざわざ巣を襲ってその場で戦うなんてしないはず。……そうなるとここで火竜と戦った相手は竜種じゃ無いか、それか常識が通じない新種かも知れない」


 エリーがそう告げた直後、すぐに何かに気付いた表情を浮かべたマリアンナが声を上げる。


「もしかして、行方不明になっている冒険者の誰かがここで火竜と戦った、とか?」


「……ううん、それは考えづらいと思う。そもそも、一番最後に行方不明になっているパーティーがこの『竜の塒』に入ったのはもう1月は前だけど、巣の状況から考えてここで戦闘があったのは精々1週間くらい前。……そうなると、まともにハグジーナの町に戻って来られない状態の冒険者がわざわざ危険を冒してまで火竜の巣に襲撃を仕掛ける理由がない」


「だが、ここを襲撃したのが人間だって考え自体は間違いじゃ無さそうだけどな」


 俺は明らかに人間の武器で付いたと思われる巣の傷や、その近くに落ちていた折れた剣や砕けた鎧の破片らしき物に目を向けながらそう告げ、2人に視線を向けながら更に言葉を続ける。


「武器や防具の残骸が残っているって事はここで火竜と戦ったやつもかなり負傷している可能性が高いのに、周囲にそれらしい血痕なんかが一切残っていないのは気になるな。それに、食料が腐ったまま放置されてるって事は間違い無く火竜は討伐されてるはずだがその死骸どころか残骸も残っていないのはなぜだ?」


 俺の問いに2人は答えを返さない。

 当然だろう。

 2人とも俺と同じくこの奇妙な状況を説明できるだけの考えが思い浮かばないのだろうから。


「とにかくここで何らかの異変が起こっているのは間違い無いだろう。だから、ここからは今まで以上に気を引き締めて行くぞ」


 俺がそう告げると2人は真剣な表情を浮かべて無言で肯きを返す。


 そして、より強力な個体が多数巣を作る中央に俺達は足を踏み入れることになるのだった。

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