第18話 特級冒険者の実力

 探索任務出発の朝、ボクとレンは手早く準備を済ませると(ほとんど準備したのはレンで、ボクはレンに叩き起こされるギリギリまで寝てたが)急いで集合場所である東門前へとやって来た。


「ったく、おまえがなかなか起きないから結構ギリギリになっちまったじゃねえか」


「でも、まだ時間前だからセーフだよね」


「いや、新人の俺達がこんなギリギリにやって来るなんて普通に考えたらアウトだろ。普通、こう言う時は早めに来て挨拶と手伝いをして印象を良くしとくのが鉄則だからな」


 小声でそんな会話を交わしながらもボク達は準備で忙しそうに動き回る組合職員達の間をくぐり抜けながら、冒険者らしき一団が固まっている方に足早に向かう。


「すみません、遅くなりました。本日はこのパーティーでご一緒させていただきます新人冒険者のレオンハルトとマリーです。なにぶんこれが初の任務で不慣れなことばかりなため、皆様方には多分にご迷惑をおかけすることになるかも知れませんがご指導ご鞭撻のほどお願いします」


 ボク達の接近に気付いて冒険者一同がこちらに視線を向けると同時、レンがすぐさま頭を下げながらそう挨拶の言葉を告たので、ボクも合わせて「よろしくお願いします!」と大きな声で挨拶しながら頭を下げる。

 すると、20人ほどいた冒険者の集団(若干女性が多い気がする)の中心にいた黒髪の女性がこちらへと歩み寄ると、一瞬だけレンの方に視線を向けて少しだけ驚いたような表情を浮かべると、すぐにその視線をボクの方へと移して特に声をかけるでもなくこちらを値踏みするような視線を向けてきた。


(あれ? この人……どこかで見たこと有るような気がするんだけど……)


 そんなことを考えながら、ボクは目の前の女性をしっかりと観察してみる。

 まず真っ先に感じた感想は『あっ、この人強いな』というもので、正直ギルフォード団長と変わらないプレッシャーを感じるので恐らくボクもレンも本気になったこの人には勝てないだろうと悟る。

 そして、スラッと伸びた手足や若干近付きがたいクールな印象ながらも思わず目を引くような整った顔立ちから『わざわざ冒険者なんて危険な仕事をしなくても、これだけ綺麗なら女優とかでも行けそうなのに』と考え、その時になってようやくボクはこの人をどこで見たのかを思い出す。


(そうか、何年か前になんかの雑誌で掲載されてたインタビュー記事で見たんだ。この人、『美人過ぎる最強冒険者』として良くメディアとかに取り上げられてる特級冒険者のエリーさんだ)


 正直、メディアが取り上げるのもその美貌があってこそであり、『特級最強』の評価は過大評価なのではないかと疑っていたが、こうして顔を合わせてみて初めてその実力が本物であることを確信できた。


(……もし、この人がレンが危惧したように父上が用意した刺客だったら流石に厳しい戦いになりそうだなぁ)


 そんなことを考えながらチラリとレンの様子を窺うと、恐らくボクと同じ考えに至っているのかその顔には緊張の色が浮かべ、その頬には冷や汗が伝っていた。


「……なるほど」


 しばらく無言でボク達を(というかボクを?)眺めていた彼女はそう呟くと、真っ直ぐにボクに視線を向けながら「……とりあえず、場所を移そうか」とよく分からない提案をしてきた。


「え? ええ、分かりました」


 状況が掴めずにボクがそう返事を返すと、そのままエリーさんは町の外へと歩き出したので、とりあえずボクはその後ろについて歩いて行く。

 途中、呆気にとられて状況を見守っていたレンが正気を取り戻してこちらに追い付いて来たが、なぜかレンにしては珍しく状況を問う言葉をエリーさんに投げかけることもなく余裕の無い鋭い表情を浮かべたままボク達に付いて来た。

 そして、ある程度ハグジーナの町から離れた草原まで辿り着くと、歩みを止めたエリーさんはこちらを振り返りながらアイテムポーチから木剣を2本取り出し、その内1本をボクに投げて寄越した。


「???」


 状況が掴めない中、反射でボクがそれをキャッチするとエリーさんは木剣を構え、「……それじゃあ早速、その実力を見せて」と予想外の言葉を口にする。


「ちょっと待て!!」


 エリーさんの言葉を受け、ボクが木剣を構えようとしたところでとうとう我慢できなくなったのかレンがそう声を上げると、エリーさんは若干不満そうな表情を浮かべながら「……レオの実力は測るまでもなくそこそこ分かるから良いけど、マリーの実力は実際は未知数だからわたしが直接戦って把握する必要がある」と、まるで親しい相手に向けるような口調で返事を返す。


「……もしかして、レンとエリーさんって知り合いだったりする?」


 思わずボクはレンの方に視線を向けながらそう問うと、レンは少し気まずそうに視線を逸らしながら「ああ。と言っても、最後に会ったのは10年以上前の話ではあるがな」と返事を返した。


(10年以上も前ってことは、もしかしてまだレンがトワイライト家で暮らしてたときだったりするのかな? だったら、もしかして未だ過去が謎に包まれているエリーさんの過去って、トワイライト家と関係があったり?)


 そんな考えが頭に浮かび、そこら辺の詳しい事を聞いてみたい衝動に駆られたが、レンの過去についてはそう軽々と踏み込んで良いような軽い内容ではないためボクは浮かんだ好奇心をグッと心の奥底へと押し込む。


「……レン? レオとかレオンとかの愛称じゃなくて?」


 妙なところに食い付いたエリーさんは、不思議そうな表情を浮かべながら相変わらず視線を逸らしたままのレンに視線を向ける。

 正直、レンと過去に会ったことがあるのなら本名も知っているはずなので多少無理があっても『レオンハルト』を『レン』の愛称で呼んでいても納得してくれそうなものだが、良く考えれば身分がバレないように偽名を使うのであれば偽名での愛称を呼ぶのが自然であることも納得できるので、ボクは未だ冷や汗を流しながら黙っているレンに代わってフォローを入れる。


「知り合いってことは、レンの本名を知ってるんだよね? だったら分かると思うけど、レオンハルトって言うのは偽名だから多少無理があるかも知れないけど本名のレンって名前を愛称として呼んでる、って設定なんだよ」


 ボクがそう告げると、なぜかエリーさんは『よく分からない』と言った風の表情を浮かべていたが、すぐにその話題はどうでもよくなったのか再び木剣を構えると「……そこまでゆっくりしている時間はないから、手早く要件を済ませよう」とボクに告げた。

 そして、ボクがまともに木剣を構えるのを待つことなく、今度は余計な横槍が入る前にエリーさんは地面を蹴り、1秒にも満たない刹那の間にボクとの距離を一気に詰める。


(早い!! だけど!)


 振り下ろされる木剣を最小の動きで躱し、その衝撃で地面に亀裂が生じるのも無視してボクは即座に彼女の背後に回る。

 そして、木剣を振り下ろした直後のその無防備な背を目掛けて自身が手にする木剣を振るう。


 しかし当然ながらそんな簡単に特級最強と呼ばれる彼女にその攻撃が届くはずもなく、彼女は咄嗟に身を屈めながら横薙ぎに振るったボクの木剣をまるで後ろにも眼があるかのように避けると、そのまま体を回転させながらボクの脇腹目掛けて木剣を振り上げる。


「っと!」


 その一撃をボクは体を逸らす事で紙一重で回避し、同時に生じた風圧を利用して大きく後方に飛ぶことで距離を取ると、すぐさま体勢を整えてエリーさんさんの下へと斬り掛かる。

 だが、勢いに乗って距離を取り過ぎたのか0.01秒の差でボクの攻撃はエリーさんに届かず、彼女が振り上げた木剣によって防がれる。


 更に、ボクの魔力による強化が全く施されていない木剣とエリーさんの魔力で鉄よりも強固に強化された木剣が衝突した直後、凄まじい轟音と共にボクが持つ木剣だけが粉々に砕け散る。


「あっ」


 思わずそう声を上げた直後、その致命的な隙を見逃してくれるほど甘くないエリーさんの鋭利な一撃がボクの首元目掛けて放たれる。


 そして、ボクは癖で咄嗟に放たれた木剣のブレード部分へと拳を叩き付け、凄まじい轟音を響かせてエリーさんの持つ魔力で強化された木剣を粉々に粉砕してしまった。


「……まさか、魔力も纏わずに素手でわたしが持つ木剣を粉砕するなんて……。やっぱりあなた、面白いわね」


 当初のクールなイメージからは想像のできない獰猛な笑みを浮かべながらエリーさんはそう告げると、恐らく空間魔術と思われる物を発動させて虚空から何かを取り出そうとする。


 だが、その何かが姿を見せる前に突如現れた数人の冒険者が必死に彼女の動きを封じたことでどうにかその動きを止め、同じくレンに羽交い締めにされて動けないボクとエリーさんの模擬戦は呆気なく幕を閉じるのだった。

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