第17話 面倒な任務
「――と言う事で、エリーくんには調査とは別に今回同行する新人2人の監視も行ってもらいたい」
早朝の5時、わたしは組合事務所の応接室で組合長のキースから一通りの説明を聞いたあとにそう告げられる。
わたしはこのハグジーナの町を拠点に活動する冒険者で、現在王国に10名しかいない特級冒険者の1人だ。
まあ、『エリー』という名前は偽名ではあるのだが、諸事情によって本名を明かすことができないわたしの正体を知っているのは行方不明になっている兄のゼットくらいなので、周りはわたしのことを『エリー』の名で呼ぶか二つ名として知られている『刀神』と呼ぶ人が多い。
「……新人のおもりなんてしてる余裕なんて無い」
正直、ただでさえこの捜索任務を受けるのが面倒で断りたかったわたしは、更に増えた余計な負担に顔をしかめながらそう言葉を漏らす。
だが、組合長は若干顔色を青くしながら予想外の言葉を口にする。
「いや、エリーくんがこの2人を助ける必要など一切無い。ただ、この2人がおかしな行動を起こさないか、そしてその実力がどの程度のものであるかをしっかりと見極めてもらいたいのだ」
「……それは、もしも2人が危機的状況に陥ろうと助けるのが面倒だったら見捨てても良いってこと?」
ほぼ返事が分かっているようなふざけた質問ではあるのだが、不本意な任務に不快なオマケが付いていたこと、更には早朝で機嫌が悪かったの合わせてわたしはあえて意地の悪い質問をぶつけてみる。
だが、帰って来た組合長の回答はわたしの予想とは正反対のものだった。
「ああ、構わない。……それどころか、キミが2人のことを危険だと判断したのならキミの手で2人を討ち取ってもらいたい」
想定外の返事に思わずわたしは言葉を失うが、普通では有り得無い返事の真相を知らないまま任務に挑むことはできないためすぐに思考を切替えて組合長へ疑問点を問い掛ける。
「……いったい、その2人は何者?」
「……分からない」
「……分からない? ……じゃあ、どうしてそこまで警戒しているのか教えて」
「機密事項であるため、詳細については語れないが……ランドルフ氏の予言に関わる者達だとだけ答えさせてもらおう」
ランドルフとは確か数々の世界的危機を予言し、その多くを的中させてきた予言者だったか。
正直、危機的予言が世に広まれば無用な混乱を招く恐れがあるとその予言の多くが国民に秘匿されているためわたしにはその予言者がどれだけ凄い人なのか分からない。
だが、国家の重鎮達や冒険者組合も彼の予言に大きな信頼を置いているため、相応の実績と実力がある人物ではあるのだろう。
「……予言の内容は教えてもらえないの?」
「……ああ。この予言は扱いを一歩間違えれば王国の、最悪世界の行く末すら左右しかねないものだ。だから、今はキミのような実力者へ監視と判断を任せるしか我々にできる対応は無いのだよ」
組合長のその言葉を受け、わたしは少しだけ思考を巡らせてみる。
(危険だと判断すればその命を奪えと言うが、最初は監視を命じると言う事はその2人が王国にとってプラスになるってこと? それとも、真偽がハッキリとしない段階で安易に命を奪うわけにはいかないという人道的な配慮から? ……ううん、もしも2人が王国にとって危険で有る可能性が高いならば実力に見合わない任務をこっそりと押し付けて始末した方が早いだろうから、それをしないって事は今後の状況次第でプラスにもマイナスにもなり得る存在、って可能性が高いかも)
正直、そんな超弩級の厄介事に巻き込んで欲しくは無いが、現在ここら辺で活動している特級冒険者がわたしだけである以上、わたしに押し付けるしかなかったのだろう。
「……もう一つ聞いて良い?」
「構わないが、私がキミに明かせる情報はそこまで多くない事を理解してもらえればありがたい」
ハッキリと言ってこんな面倒事を押し付けるのだから相応の情報を開示してもらいたいところだが、いくら相応の実績と信頼を得ている特級冒険者と言えど本名すら明かさず報酬のために働く契約社員に国家機密クラスの情報は開示できないという組合長の事情も理解できるため、わたしはこれくらいは答えてもらえるだろういう簡単な質問を投げかける。
「……わざわざ特級のわたしに監視を依頼するってことは、その2人はかなりの実力を持っているって事で良い?」
そうわたしが問い掛けると、再び組合長は顔を青くしながらも「ああ。少なくとも幼い少女のような外見をしているが、マリー・トロイアドの強さは異常だ」と震える声で告げる。
「……いったい何があったの?」
組合長は今でこそ冒険者を引退して組合長の職に就いているが、現役時代は特級冒険者に上り詰めたほどの実力者だ。
そのため、衰えたとは言え今でも1級か2級の冒険者と互角に渡り合えるほどの実力を持っており、そんな彼が『異常』と告げるからにはその少女、マリーの実力は王国でもトップクラスの実力者であるわたし達特級に迫る、もしくはそれ以上の実力者である可能性があるだろう。
そして、案の定彼が語った話は俄には信じがたい内容だった。
「……組合長が全く動きを追えなかったって事は、少なくともそのマリーって少女の実力は特級冒険者なみ、って事で間違いなさそう。それに、魔力を通していなかったといってもオリハルコン製の短剣を素手で握りつぶすなんて……」
正直、組合長が幻術なんかで欺されただけだと思いたいところだが、実際にグシャグシャに握りつぶされた短刀を見せられた以上わたしはその話を全て事実だと信じるしかなかった。
それに、組合長の言葉を信じるのであればかなりの実力を持つ組合長でも見切ることができなかった少女の動きを相棒の青年、レオンハルト・トロイアドは正確に把握していたらしいので、最悪2人が危険だと判断した場合はわたし2人でその特級冒険者クラスの実力者2人を相手にしなければならないらしい。
(これは、もしも2人を相手取るとしても相応の準備と覚悟を持って挑まないと返り討ちにあう可能性があるわね。……やはり、早い段階でその2人の実力を確かめとく必要があるかも)
そんなことを考えていると、組合長が真剣な表情を浮かべながら口を開く。
「私が見た彼女の実力はほんの一部に過ぎない可能性が高い。だから、例え特級最強と呼ばれ、王国でも1,2を争う実力者といわれているキミでも決して油断しないようにお願いしたい」
恐らく、この表情から察するに最悪その新人2人の実力がそれぞれわたしと互角の可能性すら組合長が考えているのだろう。
だが、わたし以外の特級冒険者を急遽用意することもできず、かと言ってかなり前から準備していたこの調査任務を今更中止するわけにもいかないし、早い段階で予言にある2人の実力を測る必要があるためあるかも分からない次の機会に賭けることもできない。
(まあ、一応まだその2人が危険人物だと確定しているわけじゃないみたいだし、上手く行けば一気に特級クラスの有望な実力者が2人も増えるわけだから、将来的にわたしの負担も減ることになるかも知れないしポジティブに考えるしかない、か)
一瞬だけ多額の違約金を払ってでもこの任務を辞退しようかと考えたが、わたしが受けなければ最悪この調査任務が失敗してしまい、その影響で『竜の塒』へ調査に向かった冒険者に更なる行方不明者が出てしまう危険性を考えると辞退を告げる言葉がなかなか喉から出て来ない。
それに、もしもわたしが2人の監視を断った場合調査に参加する1級冒険者がその監視任務を引き継ぐことになるだろうが、そうなると最悪の場合に特級クラスの実力を持つ2人と戦う必要が出て来れば間違いなく返り討ちにあい、その命を落とすことになってしまうだろう。
(今回の調査チームに参加するメンバーとはそこまで面識が無いけど、それでも多少なりとも関わった人達がわたしの代わりに命を落とすって状況は目覚めが悪いのよね)
そんなことを考えながらわたしはひっそりと小さなため息を漏らし、組合長に「……わかった。決して新人2人と見くびらず、最大限の警戒心で任務に当たると約束する」と返事を返した。
「ありがとう、キミならそう言ってくれると信じていたよ」
「……その代わり、一つ条件がある」
「条件?」
「……出発前に直接わたしにその2人の実力を測らせて」
わたしがそう告げると、組合長は少しだけ悩む素振りを見せたあとに仕方ないといった表情を浮かべると「わかった。だが、これからの調査任務に支障が出ないようにお互い全力を出さないこと。それに最悪周囲に被害が出ることを考えてハグジーナの町からある程度離れた位置で戦うことが条件ではあるが」と返事を返した。
「……うん、それで構わない」
こうしてわたしは正体不明の新人冒険者2人の監視という面倒な任務を引き受けること、その実力を測るために特級冒険者と新人冒険者2人という本来なら有り得無い組み合わせで模擬戦を行うことが決定したのだった。
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