第16話 作戦会議

 マリアンナがとった予想外の行動に頭を抱えながらも、このままではいけないと俺はなんとか思考を切替えることにする。

 そもそも、俺の予定ではバンダール様達の追っ手が掛らないように最初の1年くらいは目立たないように活動を続けるつもりだったのだが、今回の件で俺はようやくマリアンナが何を考えているのかを察し、その思惑について思考を巡らせる。


(これだけあいつが『竜の塒』へ向かうことに興味を示した理由は、間違いなく追っ手から逃げるときに言ってた『華々しいデビューを飾るために火竜を狩る』って言葉が関係してるよな。……てっきり俺はある程度階級を上げたところで火竜を狩って世間に名を売り、いずれ特級を目指す気なんだろうと考えていたが……こいつ、早々に火竜を狩って4級到達の最速最年少記録を塗り替える気だな)


 確か、現在4級到最速短記録は6年前にゼットとエリーという兄妹の冒険者組合が組合が発注した緊急任務で火竜を討伐し、その功績が認められて43日で到達した(その時エリーという女性冒険者が二十歳だったはず)記録が最速だったはずだ。


(普通、階級が6級以上にならなければ『竜の塒』の探索許可は下りないから最速で向かうには組合の緊急任務を受ける必要がある。だが、そう簡単に狙い通りの緊急任務が発注される可能性が低い以上、この初日のタイミングで『竜の塒』へ向かう緊急任務を命じられたのはこいつにとって渡りに船、と言うわけか)


 上機嫌の笑顔を浮かべながら俺の手を引くマリアンナに視線を向けながら俺はそんなことを考えながら、もはや手が付けられない暴れ馬の如く暴走するこいつをどう制御すべきか必死に思考を巡らせる。

 だが、もはやここまで来れば俺がどれだけ作戦と立てたところでこいつの暴走と奇妙な運命の流れで予想外の未来へ向かうビジョンしか見えないため、俺は『どうすればこいつの手綱を握れるか』から『どうすればこいつの好きにさせながらも被害を最小限に抑えられるか』に思考を切替える。


(恐らく、俺とマリアンナならばお互い1人であろうとレッサーフレイムドラゴン程度なら余裕で討伐出来るだろうし、流石にエルダークラスはきついだろうがレッサークラス以上の個体であっても油断さえしなければ余裕だろう。だが、今回の任務は1級冒険者を複数に特級まで投入される難度の任務だ。そうなると、俺達2人掛かりでも苦戦するクラスの化物が出現する危険性もあるわけか)


 そんな思考を巡らせながらも、俺はとりあえず落ち着いて思考を巡らせる環境を手に入れるためにも目の前にいる浮かれて周りが見えなくなっているマリアンナの暴走を一旦抑えるべく「そもそも、準備をしようにも俺達は金が無いのを忘れてないか?」と声を掛ける事で浮かれた思考を現実へと引き戻す。


「そうだった! ど、どうしよう!?」


 ほぼ予想したとおりの反応に軽くため息をつきつつ、俺は「それに、おまえは探索任務にどう言った物を準備すれば良いか分かってんのか?」と追加の質問を投げかけると、今度は胸を張りながら「流石にそれくらいは分かってるよ」と返事返してくる。


「ほう、それじゃあ何を準備する予定だったのか言ってみろ」


「当然、食料や水だよ! それに拠点を作るために必要なテントとかのサバイバル用品とかは必須だよね!」


「……おまえ、俺達が最初に提示された任務の内容って覚えてるか?」


 俺がそう尋ねると、マリアンナはキョトンとした表情を浮かべたまま何かを考える素振りを見せ、やがて俺が言いたい事を察したのかハッとした表情を浮かべて視線を逸らす。


「ようやく気付いたようだが、そもそも俺達が最初に提示された任務の内容は拠点の防衛と食事の準備などの雑用だ。つまり、拠点の設営に必要な資材や食料は組合側で準備されていると言う事だ。さて、それじゃあ俺達はこれからどんな準備をした方が良いか再び尋ねようか?」


「……き、傷薬とか」


「魔力で強化した俺や常人では考えられない回復力を持つおまえに有効な傷薬があるとは思えないけどな。てか、おまえの体質的に通常の薬にしろ魔力を含んだ物にしろほとんど効果が無いだろ」


 マリアンナは常人では考えられない強靱な肉体を持っているため、並大抵の攻撃や魔術でダメージを負うことはなく、毒や呪いと言った攻撃にも信じられないような耐性を持っている。

 だが、その反動として薬や加護と言ったプラスに働く効果もほとんど効力を発揮しないというデメリットも持っているのだ。


「とりあえず、一旦宿に戻って今後の方針をきちんと話し合わないか? おまえが一気に夢へ近付いた事で浮かれているのは分かるが、このままじゃせっかくのチャンスを失敗で終わらせるだけになる可能性だってあるし、最悪俺とおまえのどちらか、あるいは両方が命を落とす危険性だってあるんだぞ」


 俺がそう告げると、マリアンナはシュンと肩を落としながら「ごめん、浮かれすぎて周りが見えなくなってた」と素直に謝罪の言葉を口にする。

 基本、マリアンナは向こう見ずで無鉄砲なところがあるが頭が悪いわけでは無いので、落ち着いて考えれば俺が言いたい事をきちんと理解してくれるのだ。


「それじゃあ宿に戻ったらまず、大体予想はついているがなんで勝手にあんな行動に出たのかを最初に説明してくれ。その後俺の考えなんかを説明するから、そこから今後の方針をきちんと2人で話し合って決めよう」


 その言葉にマリアンナが「分かったよ」と返事を返し、俺達はそのまま一旦宿に戻る。


 そして、やはりマリアンナは俺の想像通り最速最年少で4級冒険者に到達するために火竜が生息する『竜の塒』に向かいたかったこと、あの場で運良く『竜の塒』へ向かう任務を命じられた事でテンションが上がりすぎて暴走したことを説明され、俺もバンダール様に俺達がハグジーナの町で冒険者となっている事を悟られないようしばらくの間は目立たないように活動する予定だったことを話した。


「……レンの言うことは分かるよ。でも、ボクは……」


 そこでマリアンナは言葉を切り、表情を曇らせながら「やっぱり、これ以上ボクの我が儘にレンを巻き込めないよね」と呟いたので、俺は大きな溜息を漏らしながら彼女に話し掛ける。


「どうせ一気に名が知れ渡る事でバンダール様に居場所がバレ、どれだけ刺客を送り込んでこようとも返り討ちにすれば良いが、それに自分の我が儘で巻き込んだ俺を巻き込むのは悪いとか思ってんだろ?」


「……」


「いいか? 俺はおまえの我が儘にこれまで散々巻き込まれてきたが、それでも距離を置いたりせずにこれまで付き合ってきただろ。だから、今更この程度でおまえを見捨てたりなんかしねえから、せめて事前に何かやらかす前に相談だけはしてくれ。そうすれば最悪のルートだけは俺が全力で阻止できるし、何より俺の心労が軽く済むからな」


 俺がそう告げると、マリアンナは少しだけ表情を明るくしながら「ありがとう」と少し恥ずかしそうにお礼の言葉を口にする。


(まあ、こう言っといたところで今後も調子に乗ってとんでもないことをしでかすんだろうが、惚れた弱みかこういった表情を見せられるとつい甘くなるんだよな)


 心の中でそう呟きながらも、そんな素振りを微塵も表情には出さずに俺は話を先に進める。


「それじゃあ『竜の塒』で俺達がどう行動するかだが、普通に考えてハッキリとした実力が不明である新人冒険者の俺達が2人だけで行動するなんて認められない可能性が高い」


「えっ!? でも、組合長はボク達も探索隊に加わって良いって……」


「それはあんな恐喝紛い……いや、完全に脅迫されてる状況じゃああ言うしかねえだろ。たぶん、明日他の冒険者と合流したところで俺達に監視が付く旨の通達があるはずだ」


「だったら、その監視員に実力を示せば――」


「それだけは絶対に止めろ。最悪、相手に大怪我でも負わせれば冒険者の登録を抹消されるだけじゃ無くてお尋ね者になるからな。それに、大きな騒動にならないレベルで話が済んだとしても、我が儘を通すために仲間に決闘を申し込む冒険者なんて組合からの評価が大幅に下がるだろうから特級への昇格が大幅に遠退くぞ」


 絶対決闘を申し込んで実力を認めさせようと考えているだろうと予想して俺は、マリアンナの言葉を遮る形で考えていた言葉を即座に口にする。

 すると、先程反省した直後だからマリアンナはそれ以上食い下がること無く「うん、分かった」とおとなしく返事を返した。


「それと、組合事務所で言ったように本来俺達のような冒険者登録したばかりの新人に組合長が接触してくることも、こうやって高難易度の依頼を強制されることも本来だったら有り得無い事だ。だから、下手すれば昨日俺達を襲った刺客が組合内部に紛れ込んでいて依頼という形で俺達を逃げ場の限られる危険な土地に連れ出して襲撃する計画、って可能性もゼロじゃない。だから、いつ如何なる時でも警戒を怠らずに気を引き締めておけよ」


「それは同行するメンバーの全員が敵かも知れないと考えた方が良い、ってこと?」


「ああ。もっとも、その可能性は限りなく低いだろうが……それでも警戒だけはしといた方が良いだろう。だから、間違っても俺達の正体に繋がる情報を与えるのはアウトだし、できる限りで実力も隠しといた方がベストだろうな」


 こうして俺達は細かい項目についていくつか打ち合わせを行い、俺達が普通とは違う扱いを受けている原因についていくつか推論を出し合い、この緊急任務で俺達がどう立ち回るべきかについてを細かく詰めていくのだった。

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